第37話 家名の戦争
37話です。
戦争は、
宣言から始まらなかった。
調整から始まった。
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王宮の小会議室。
地図は、
いつもより小さい。
議題も、
軽い。
「……北部の
物流再編について」
誰かが言う。
それだけなら、
ただの事務だ。
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「……再編の理由は」
そう聞くと、
文官は即答した。
「……安全確保です」
安全。
最近、
よく使われる言葉だ。
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地図に、
赤い点が打たれる。
村。
街道。
倉。
(……全部、
あの男の動線だ)
偶然ではない。
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「……兵の配置を
少し変える」
「……通行許可を
厳格化」
「……集会は、
事前申請制」
どれも、
合法だ。
どれも、
穏やかだ。
だが――
逃げ道が、
一つずつ消える。
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「……異論は」
形式的な質問。
誰も、
口を開かない。
口を開けば、
家名に触れる。
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会議が終わる。
廊下で、
文官が
小声で言う。
「……反対派は、
動きません」
「……動けません」
その言葉が、
一番正確だ。
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現地。
兵は、
静かに立つ。
検問。
書類確認。
声は、
低い。
怒鳴らない。
(……教育の成果だ)
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「……閣下」
副官が、
囁く。
「……元教え子が、
村に入りました」
(……来たか)
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「……拘束は」
「……まだ」
「……理由は」
「……正式な
違反がありません」
(……そうだな)
彼は、
ルールを
知っている。
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「……尾行」
それだけ言った。
捕らえる必要はない。
動けない状態に
すればいい。
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夜。
村の外れ。
灯りが、
一つ消える。
次に、
もう一つ。
人が、
減っていく。
逃げたのではない。
追い出された。
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「……閣下」
副官が、
躊躇う。
「……これは、
戦争ですか」
答えは、
すぐ出ない。
(……戦争?)
武器は、
ほとんど使っていない。
血も、
流れていない。
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「……いいや」
ようやく、
そう言った。
「……家事だ」
副官は、
何も言わない。
言えない。
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翌朝。
報告が、
並ぶ。
「……反対派の
集会、消滅」
「……資金経路、
遮断」
「……支持者、
離散」
数字は、
美しい。
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だが――
別の紙が
混ざっている。
夜、
子供が
泣いています
――現地記録
数字にならない。
だから、
会議には
出てこない。
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王宮。
王族が、
満足そうに言う。
「……よくやった」
「……家名は、
強くなった」
「……国も、
静かだ」
静か。
それが、
勝利条件だ。
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「……あの男は」
王族が、
何気なく聞く。
「……どうなった」
「……所在不明です」
それで、
話は終わる。
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夜。
私邸。
机の上に、
家名の紋章案。
洗練されている。
強い。
(……戦って
手に入れたな)
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ふと、
思い出す。
鉱山で、
数字を
初めて掲げた日。
あのときも、
静かだった。
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違うのは、
今は――
自分の名前で
それをやっている
ということだ。
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窓の外。
王都は、
平和だ。
人々は、
眠っている。
その下で、
家名の戦争は
終わった。
誰も気づかない
勝利として。
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だが、
戦争には
続きがある。
勝った側は、
次の敵を
必要とする。
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翌朝。
新しい議題。
「……家名拡張」
「……婚姻、
正式発表」
「……反対派残党、
監視継続」
紙が、
淡々と積まれる。
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理解した。
これは、
終わらない。
家名が、
生き物になった。
餌は、
沈黙。
血は、
命令。
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そして――
次に殺されるのは、
問いだ。
誤字脱字はお許しください。




