第35話 守るために、壊す
35話です。
知らせは、
夜明け前に来た。
「……閣下」
伝令の声は、
低い。
「……婚姻候補の故郷で、
不穏な動き」
(……やはり)
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地図を広げる。
谷沿いの村。
細い街道。
倉が二つ。
「……内容は」
「……集会の兆し」
「……武装は」
「……確認できず」
確認できない、
という報告は
最も危険だ。
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「……対応は」
幕僚が、
視線を上げる。
答えは、
一つしかない。
「……封鎖」
「……夜明けまでに」
理由は、
問われない。
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進軍は、
静かだった。
兵は、
声を出さない。
足音も、
抑える。
(……沈黙は、
よく働く)
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村の外縁。
焚き火の痕。
人影。
「……閣下、
民です」
副官の声。
「……分かっている」
それでも、
止めない。
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「……散開」
命令は、
短い。
囲む。
逃げ道を、
塞ぐ。
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最初に声を上げたのは、
年配の男だった。
「……何の用だ」
敵意は、
薄い。
恐怖が、
勝っている。
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「……夜間集会は、
禁止だ」
理由は、
それで足りる。
「……聞いていない」
「……今、
伝えた」
言葉が、
冷たく落ちる。
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若者が、
一歩前に出る。
「……俺たちは、
ただ……」
その先は、
聞かなかった。
聞けば、
判断が揺らぐ。
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「……拘束」
兵が、
動く。
殴らない。
斬らない。
押さえる。
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混乱は、
短かった。
叫びは、
出ない。
沈黙が、
すでに
広がっている。
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「……倉を、
調べろ」
「……異物が
あれば、
押収」
異物とは、
武器ではない。
集まる理由だ。
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倉の中。
穀袋。
帳面。
そして、
手紙。
「……閣下」
副官が、
差し出す。
文面は、
短い。
ここは、
あなたの
家になる
(……誰だ)
署名は、
ない。
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「……煽動の
証拠になるか」
幕僚が、
聞く。
「……なる」
そう言った。
そうすると
決めたからだ。
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「……倉を、
封鎖」
「……帳面は、
押収」
「……代表者を、
連行」
夜明け前に、
すべてが終わる。
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朝。
村は、
静まり返っている。
誰も、
声を出さない。
「……閣下」
副官が、
躊躇う。
「……過剰では」
同じ問いが、
戻ってくる。
「……結果は」
「……反発は、
消えました」
「……なら、
過剰ではない」
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私邸に、
戻る。
婚姻候補が、
待っていた。
顔色が、
少し悪い。
「……故郷が、
静かだと」
「……何か、
ありましたか」
質問は、
慎重だ。
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「……安全は、
確保した」
それだけ答えた。
嘘ではない。
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彼女は、
視線を落とす。
「……ありがとう
ございます」
その言葉が、
刃のように
胸に刺さる。
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午後。
王宮。
報告は、
歓迎された。
「……迅速だ」
「……家名の
威光が、
効いている」
威光。
別の言葉で
言えば――
恐怖だ。
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「……見せしめに
なったな」
誰かが、
冗談めかして言う。
誰も、
笑わない。
だが、
否定もしない。
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夜。
机の上に、
追加の命令。
「婚姻候補の
故郷、
定期監視」
「常駐部隊、
配置」
守るための
恒常的な力。
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窓の外。
遠くで、
犬が吠える。
それだけで、
兵が動く。
(……完成した)
守るために、
壊す。
その回路が。
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ふと、
思い出す。
かつて、
問いで
世界を揺らした
「先生」の姿。
(……同じ道か)
いや。
別の完成形だ。
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翌朝。
村からの
嘆願書が、
届く。
開かず、
封を切らず、
回す。
処理は、
別部署。
自分の
仕事ではない。
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理解した。
血縁は、
盾ではない。
槍だ。
そして、
一度構えた槍は、
下ろせない。
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次に壊れるのは、
何か。
それは――
人ではない。
制度だ。
誤字脱字はお許しください。




