第33話 英雄の席
33話です。
席は、
最初から
決められていた。
広間の中央。
王族に近く、
だが、
触れない距離。
「……こちらへ、
閣下」
侍従が、
当然のように
案内する。
(……英雄の席、か)
⸻
宴は、
盛大だった。
戦の話は、
飾られる。
「血を流さず、
民を鎮めた」
「理想的な指揮」
「未来の戦の形だ」
言葉が、
重なり合う。
どれも、
自分の耳には
少し遠い。
⸻
杯が、
満たされる。
「……お見事です、
閣下」
王族が、
軽く杯を上げる。
それだけで、
場が静まる。
「……あなたの
功績は、
個人のものではない」
一拍。
「国のものだ」
拍手。
それで、
結論が出る。
⸻
音楽が、
再開する。
人の流れが、
変わる。
気づけば、
両隣に
女性が座っている。
片方は、
地方貴族の娘。
もう片方は、
王族の遠縁。
どちらも、
美しい。
どちらも、
役割を理解している。
⸻
香りが、
混ざる。
甘く、
重い。
視線が、
絡む。
言葉は、
少ない。
だが――
意味は、
明確だ。
⸻
「……閣下」
地方貴族の娘が、
小さく言う。
「……ご無事で
何より」
声は、
柔らかい。
だが、
背筋は伸びている。
(……準備は、
できている)
⸻
王族の遠縁は、
何も言わない。
ただ、
杯を差し出す。
その仕草が、
一番露骨だ。
(……選ばされる)
いや。
もう選ばれている。
⸻
会話が、
途切れる。
王族が、
再び口を開く。
「……さて」
「……後継の話を
進めよう」
誰も、
驚かない。
驚く者は、
もうこの席に
いない。
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「……閣下は、
若い」
「……だが、
責務は重い」
「……国は、
継続を望む」
継続。
それは、
命令だ。
⸻
「……まずは、
正式な
婚姻を」
「……時期は、
早い方がいい」
「……子が
生まれれば、
なお良い」
言葉が、
滑らかに
流れる。
種を播く話を、
制度の言葉で
包む。
⸻
視線が、
集まる。
反論を
待っているのではない。
同意を
確認している。
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「……異論は?」
王族が、
一応、
聞く。
沈黙。
それが、
答えだ。
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「……では」
王族が、
満足そうに頷く。
「……後は、
私的に」
その一言で、
宴は再び
動き出す。
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席を立つ。
背後で、
囁き声。
「……もう、
決まったな」
「……英雄には、
血が必要だ」
「……安心だ」
安心。
誰にとっての
安心かは、
言わない。
⸻
私邸に戻る。
夜は、
深い。
だが――
眠れない。
⸻
机の上に、
新しい書類。
「婚姻日程
調整」
「後継計画
初期案」
紙は、
すでに
書かれている。
空欄は、
名前だけだ。
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ふと、
気づく。
誰も、
自分に
「望むか」と
聞いていない。
(……そうか)
英雄は、
望まない。
⸻
窓を開ける。
夜気が、
冷たい。
遠くで、
王都が
眠っている。
その静けさの上に、
期待が
のしかかる。
⸻
翌朝。
公文書が、
発表される。
「北部安定化
功労者」
「準男爵家
次代計画開始」
英雄の席は、
空かない。
座った者は、
立てない。
⸻
そして、
理解する。
沈黙を
作る技術は、
外に向けたもの
だけではない。
自分を
黙らせるための
技術でもある。
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次に奪われるのは、
何か。
それは――
まだ、
名前がない。
誤字脱字はお許しください。




