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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革鉱山工業編〜』  作者: くろめがね


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32/48

第32話 勝利は、静かに加工される

32話です。

王都に戻ったのは、

三日後だった。


凱旋というほどの

派手さはない。


だが――

門は、

開いていた。



「……閣下」


城門の近衛が、

深く頭を下げる。


それだけで、

十分だった。


(……勝ったな)


誰に対してかは、

分からない。



王宮の回廊。


足音が、

やけに響く。


すれ違う者たちの

視線が、

一様に柔らかい。


恐れ。

尊敬。

期待。


その混ざり具合が、

一番扱いにくい。



最初に呼ばれたのは、

会議ではなかった。


宴席だ。



広間には、

酒と音楽。


笑い声。


叙爵の余韻と、

軍事成功の熱が

同時に漂っている。


「……お見事でしたな、

 閣下」


地方貴族が、

杯を掲げる。


「……流血を抑えた

 制圧」


「……理想的です」


理想。


その言葉が、

軽い。



「……民の被害は?」


誰かが、

一応聞く。


「……最小限です」


そう答えが返る。


それ以上、

話は進まない。


(……数字で

 終わったか)



楽士の音が、

少し大きくなる。


話題が、

変わる。


「……ところで、

 閣下」


声が、

落とされる。


「……お世継ぎの

 話は?」


早い。


だが、

想定内だ。



「……今回の功績で、

 家名は

 安定しました」


「……あとは、

 続きですな」


笑いが、

起きる。


下品ではない。


だが、

露骨だ。



「……血が

 落ち着けば、

 国も落ち着く」


誰かが、

そう言った。


それが、

場の結論になる。



宴の途中。


近衛が、

静かに近づく。


「……殿下が

 お呼びです」


(……裏だな)



小さな控えの間。


王族は、

一人だけ。


「……勝利、

 確認した」


形式的な言葉。


「……民兵の自害、

 聞いたか」


一瞬、

空気が止まる。


「……はい」



「……記録は」


「……恐怖による

 混乱死」


即答だった。


(……自害は、

 消されたな)


「……問題は?」


「……ありません」


それが、

公式だ。



王族は、

満足そうに頷く。


「……よい」


「……君のやり方は、

 後腐れがない」


後腐れ。


その言葉が、

すべてだった。



「……ところで」


王族は、

視線を上げる。


「……例の件だ」


例の件。


聞く前から、

分かっている。



「……血縁候補、

 絞ろう」


「……不確定要素は、

 減らしたい」


「……今回の功績で、

 正当性は

 十分だ」


正当性。


誰に対する

正当性かは、

言わない。



「……異論は?」


形式的な質問。


「……ありません」


答えも、

形式的だ。



部屋を出る。


廊下で、

あの女性貴族と

目が合う。


昨夜の匂いを

思い出す。


彼女は、

何も言わない。


だが――

理解している目だ。



私邸。


机の上に、

新しい文書。


「婚姻調整

 最終段階」


「叙爵家系

 正式登録準備」


「後継予定

 協議」


紙の白さが、

また眩しい。



そこに、

別の報告が

挟まっている。


小さな紙。


北部の村で

夜逃げが

出ています


――現地記録


夜逃げ。


数字にならない。


だが――

確実に増える。



紙を、

裏返す。


何も、

書いていない。


(……これも、

 沈黙か)



窓の外。


王都の灯りが、

揺れている。


誰も、

今日の勝利を

疑わない。


誰も、

代償を

数えない。



宴での言葉が、

蘇る。


「理想的だ」


その言葉が、

一番残酷だ。



翌朝。


正式な通達。


「準男爵閣下

 北部対応成功」


「王家より

 深甚なる

 謝意」


それで、

すべてが

固定される。



最後に、

追記。


「家名確定後、

 後継に関する

 手続き開始」


勝利の代償は、

罰ではない。


褒美だ。


だから、

拒めない。



書類に、

目を通す。


ペンを取る。


署名する。


その手は、

迷わない。


迷う余地が、

もうない。



勝利は、

加工される。


血は、

整理される。


沈黙は、

再配分される。


そして――

自分は、

その中心に

据えられた。



次に壊れるのは、

どこか。


それだけが、

まだ分からない。


誤字脱字はお許しください。

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