第32話 勝利は、静かに加工される
32話です。
王都に戻ったのは、
三日後だった。
凱旋というほどの
派手さはない。
だが――
門は、
開いていた。
⸻
「……閣下」
城門の近衛が、
深く頭を下げる。
それだけで、
十分だった。
(……勝ったな)
誰に対してかは、
分からない。
⸻
王宮の回廊。
足音が、
やけに響く。
すれ違う者たちの
視線が、
一様に柔らかい。
恐れ。
尊敬。
期待。
その混ざり具合が、
一番扱いにくい。
⸻
最初に呼ばれたのは、
会議ではなかった。
宴席だ。
⸻
広間には、
酒と音楽。
笑い声。
叙爵の余韻と、
軍事成功の熱が
同時に漂っている。
「……お見事でしたな、
閣下」
地方貴族が、
杯を掲げる。
「……流血を抑えた
制圧」
「……理想的です」
理想。
その言葉が、
軽い。
⸻
「……民の被害は?」
誰かが、
一応聞く。
「……最小限です」
そう答えが返る。
それ以上、
話は進まない。
(……数字で
終わったか)
⸻
楽士の音が、
少し大きくなる。
話題が、
変わる。
「……ところで、
閣下」
声が、
落とされる。
「……お世継ぎの
話は?」
早い。
だが、
想定内だ。
⸻
「……今回の功績で、
家名は
安定しました」
「……あとは、
続きですな」
笑いが、
起きる。
下品ではない。
だが、
露骨だ。
⸻
「……血が
落ち着けば、
国も落ち着く」
誰かが、
そう言った。
それが、
場の結論になる。
⸻
宴の途中。
近衛が、
静かに近づく。
「……殿下が
お呼びです」
(……裏だな)
⸻
小さな控えの間。
王族は、
一人だけ。
「……勝利、
確認した」
形式的な言葉。
「……民兵の自害、
聞いたか」
一瞬、
空気が止まる。
「……はい」
⸻
「……記録は」
「……恐怖による
混乱死」
即答だった。
(……自害は、
消されたな)
「……問題は?」
「……ありません」
それが、
公式だ。
⸻
王族は、
満足そうに頷く。
「……よい」
「……君のやり方は、
後腐れがない」
後腐れ。
その言葉が、
すべてだった。
⸻
「……ところで」
王族は、
視線を上げる。
「……例の件だ」
例の件。
聞く前から、
分かっている。
⸻
「……血縁候補、
絞ろう」
「……不確定要素は、
減らしたい」
「……今回の功績で、
正当性は
十分だ」
正当性。
誰に対する
正当性かは、
言わない。
⸻
「……異論は?」
形式的な質問。
「……ありません」
答えも、
形式的だ。
⸻
部屋を出る。
廊下で、
あの女性貴族と
目が合う。
昨夜の匂いを
思い出す。
彼女は、
何も言わない。
だが――
理解している目だ。
⸻
私邸。
机の上に、
新しい文書。
「婚姻調整
最終段階」
「叙爵家系
正式登録準備」
「後継予定
協議」
紙の白さが、
また眩しい。
⸻
そこに、
別の報告が
挟まっている。
小さな紙。
北部の村で
夜逃げが
出ています
――現地記録
夜逃げ。
数字にならない。
だが――
確実に増える。
⸻
紙を、
裏返す。
何も、
書いていない。
(……これも、
沈黙か)
⸻
窓の外。
王都の灯りが、
揺れている。
誰も、
今日の勝利を
疑わない。
誰も、
代償を
数えない。
⸻
宴での言葉が、
蘇る。
「理想的だ」
その言葉が、
一番残酷だ。
⸻
翌朝。
正式な通達。
「準男爵閣下
北部対応成功」
「王家より
深甚なる
謝意」
それで、
すべてが
固定される。
⸻
最後に、
追記。
「家名確定後、
後継に関する
手続き開始」
勝利の代償は、
罰ではない。
褒美だ。
だから、
拒めない。
⸻
書類に、
目を通す。
ペンを取る。
署名する。
その手は、
迷わない。
迷う余地が、
もうない。
⸻
勝利は、
加工される。
血は、
整理される。
沈黙は、
再配分される。
そして――
自分は、
その中心に
据えられた。
⸻
次に壊れるのは、
どこか。
それだけが、
まだ分からない。
⸻
誤字脱字はお許しください。




