第31話 最初に破れたのは、沈黙だった
31話です。
夜明け前、
霧が低く垂れていた。
野営地は、
驚くほど静かだ。
兵は、
動かない。
声も、
出さない。
(……よく仕上がっている)
沈黙は、
もう恐怖ではない。
手順だ。
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幕僚が、
地図を広げる。
「……民兵は、
村の中央に
集結しています」
「武装は?」
「農具が主です」
「……統率は」
「……弱い」
弱い。
それは、
数字になる。
(……なら、
やりようはある)
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命令は、
短く出した。
「……囲め」
「……声を
出すな」
それだけだ。
怒鳴る必要は、
ない。
沈黙は、
伝播する。
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進軍。
兵の足音が、
霧に吸われる。
遠くで、
犬が吠えた。
それだけだ。
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村に近づく。
民兵たちが、
ざわつく。
だが、
叫ばない。
(……慣れていないな)
恐怖が、
形になる前だ。
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「……閣下」
副官が、
小声で言う。
「……民兵の中に、
子供がいます」
一瞬、
胸が詰まる。
だが――
止まらない。
「……捕らえろ」
「……流血は
避けろ」
矛盾した命令。
だが、
沈黙の中では
両立する。
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最初に声を上げたのは、
兵ではなかった。
民兵の一人だ。
「……ふざけるな!」
怒号。
それだけで、
空気が割れる。
(……来た)
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次の瞬間。
兵が、
一斉に動いた。
殴打。
拘束。
刃は、
抜かれない。
だが――
倒れる音が
続く。
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「……やめろ!」
誰かが叫ぶ。
別の声が、
重なる。
恐怖が、
連鎖する。
沈黙は、
一瞬で崩れる。
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「……制圧完了」
報告は、
淡々としていた。
負傷者。
数名。
死亡者。
ゼロ。
数字だけ見れば、
成功だ。
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だが――
村の空気は、
死んでいた。
声が、
消えている。
泣き声すら、
上がらない。
(……鉱山と
同じだ)
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捕らえられた
民兵の代表が、
引き出される。
顔は、
怒りと恐怖で
歪んでいる。
「……閣下!」
叫ぶ。
「……俺たちは、
悪くない!」
「……話せば
分かる!」
(……話す、か)
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「……数字を
見ろ」
そう言った。
幕僚が、
板を掲げる。
収穫量。
徴税率。
未納分。
民兵の目が、
揺れる。
「……俺たちは、
知らなかった」
「……誰も、
教えなかった」
その言葉が、
胸に刺さる。
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「……だからだ」
静かに言った。
「……知らないまま
叫ぶと、
こうなる」
脅しではない。
説明だ。
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沈黙。
民兵の肩が、
落ちる。
「……帰れ」
そう告げた。
「……二度と、
集まるな」
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兵が、
引く。
村に、
沈黙だけが
残る。
勝利だ。
数字上は。
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夜。
野営地。
祝杯は、
ない。
歓声も、
ない。
兵は、
規程通り
眠りにつく。
(……理想的だ)
そう思ってから、
違和感に
気づく。
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「……閣下」
副官が、
ためらいがちに言う。
「……民兵の一人が、
自害しました」
「……捕縛後です」
言葉が、
続かない。
「……理由は」
「……分かりません」
分からない。
だが、
分かっている。
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天幕に、
戻る。
叙爵証書が、
机に置いてある。
その横に、
今日の報告書。
制圧成功。
犠牲最小。
完璧だ。
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だが――
目を閉じると、
あの最初の叫びが
蘇る。
沈黙を破った、
あの声。
(……次は、
どこで
破れる)
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外で、
兵が交代する音。
規則正しい。
世界は、
自分の命令で
動いている。
それは、
誇りだ。
同時に――
逃げ場がない。
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夜明け前。
王都から、
伝令が来る。
「……勝利報告、
確認されました」
「……殿下より」
一拍。
「お見事です、
閣下」
短い言葉。
だが――
それで十分だ。
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叙爵された者の
最初の戦いは、
成功として
処理された。
誰も、
異議を唱えない。
誰も、
責任を問わない。
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沈黙が、
また一つ
広がった。
だが、
確かに覚えている。
最初に破れたのは、
敵の陣ではない。
人の声だった。
それを、
自分が
踏み越えた。
誤字脱字はお許しください。




