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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革鉱山工業編〜』  作者: くろめがね


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30/49

第30話 冠は授けられ、命は動かされる

30話です。

鐘の音は、

祝福のために鳴っていた。


王宮の中庭。

白い石畳。

整列する近衛。


空は晴れている。


(……良い日だな)


誰かが、

そう言った。



列に並ぶ。


自分の前後には、

名のある貴族。


家名。

血統。

勲功。


その中で、

自分だけが

昨日まで、無名だった。



「――進み出よ」


名を呼ばれる。


正式な名は、

まだ短い。


準男爵位。

仮の家名。


だが――

呼ばれ方は、

はっきりしている。


「閣下」


その一語で、

空気が変わる。



王族が、

玉座の前に立つ。


冠は、

小さい。


だが、

軽くはない。


「功により、

 ここに

 爵位を授ける」


儀礼の言葉。


何度も

聞いたはずの文句。


だが――

今は、

自分に向けられている。



冠が、

頭に触れる。


冷たい。


(……数字と

 同じ感触だ)


感情はない。

だが、

重みはある。



拍手。


祝福。


視線。


その中に、

値踏みが混じる。


誰が味方で、

誰が敵か。


もう、

分からない。



式が終わる。


一歩下がる。


その瞬間、

近衛が

耳元で囁く。


「……閣下、

 すぐに

 お時間を」


(……来たな)



控室。


装飾は、

ない。


地図が、

広げられている。


さっきまで、

祝福していた

王族が、

立っている。


「……おめでとう」


形式的な言葉。


「……だが」


一拍。


「軍令だ」



指が、

地図を叩く。


北部。


鉱山都市に近い。


「……反発が

 出始めている」


「……原因は」


「沈黙だ」


即答だった。


(……皮肉だな)



「兵を、

 動かす」


「だが、

 血を流す前に

 止めたい」


視線が、

こちらに来る。


「……あなたの

 やり方で」



叙爵の余韻は、

完全に消えた。


「……権限は」


「全権」


短い答え。


「……失敗すれば」


続きは、

言わない。


言う必要がない。



「……了解しました」


そう答える。


それ以外の

言葉はない。



外に出る。


中庭では、

まだ音楽が鳴っている。


酒が注がれ、

笑い声が上がる。


(……同じ日だ)


ここで

祝われ、

あそこで

命が動く。



馬車に乗る。


冠は、

箱に戻された。


代わりに、

軍の印章が

渡される。


「……閣下」


御者が、

声をかける。


「……どちらへ」


「……北へ」


即答だった。



移動中。


報告が、

次々に来る。


「……兵站、

 準備完了」


「……現地、

 緊張状態」


「……民兵、

 組織化の兆候」


数字に、

変換されていく。



ふと、

気づく。


自分の肩書きが、

変わっている。


「教育官」

ではない。


「産業監査官」

でもない。


「準男爵」だ。


それだけで、

命令の通りが

違う。



夜。


野営地。


兵が、

静かに並ぶ。


無駄な声は、

ない。


(……完成形だ)


鉱山で

始まったものが、

ここにある。



幕僚が、

近づく。


「……閣下、

 明朝、

 行動開始です」


「……犠牲は」


「……最小限に

 抑えます」


最小限。


それは、

ゼロではない。



天幕に入る。


机の上に、

二つの文書。


一つは、

叙爵証書。


もう一つは、

軍令書。


紙の質は、

違う。


だが――

重さは、

同じだ。



ペンを取る。


軍令書に、

署名する。


その瞬間、

遠くで

角笛が鳴る。


兵が、

動き出す。



冠を、

一度だけ

手に取る。


冷たい。


だが、

確かだ。


(……これが、

 代価か)


祝福と、

命令。


栄誉と、

犠牲。


その両方を

同じ日に

受け取った。



外に出る。


夜空に、

星がある。


静かだ。


だが、

この静けさの下で、

人が動き、

血が流れる。



「……進軍開始」


短く、

告げる。


その声で、

世界が動く。


叙爵された者の

最初の命令は、

平和を守るための

 軍令だった。


それが、

どれだけ

残酷かを知りながら。


誤字脱字はお許しください。

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