第3話 眠るな、起こすな、数を守れ
第三話です
坑道の中で、時間は意味を失っていた。
明るさがない。
音も、少ない。
だから分かる。
人が、少しずつ壊れていく音だけは、はっきりと。
「……眠い」
誰かが、呟いた。
その一言で、空気が揺れた。
(まずい)
眠気は、救いの顔をしてやってくる。
だがここでは、眠る=呼吸が乱れる=死ぬ。
「寝るな」
短く言った。
「……無理だ……」
別の声。
震えている。
「目、閉じると……楽になる……」
「楽になるな」
言葉が、冷たく落ちる。
「起きていろ。
呼吸を数えろ。
吸って、止めて、吐け」
誰かが、苦笑した。
「……先生、
そんなの、続くわけ……」
「続けるんだ」
理由は言わない。
説明は空気を使う。
「三人一組を作れ。
起きてるやつが、真ん中。
両脇は、目を閉じてもいい」
ざわ、と小さな音。
「ただし」
続ける。
「真ん中が、数を数える」
「……数?」
「呼吸の数だ。
左右が、十数えたら交代」
沈黙。
「間違えたら?」
誰かが聞いた。
「間違えたら、起こせ」
「……起こすなって、言っただろ……」
「完全に眠るな、だ」
言い直す。
「揺らすな。
叩くな。
名前を呼ぶな」
一拍置く。
「数を、耳元で言え」
誰かが、息を呑んだ。
「……そんなので、起きるか?」
「起きる」
確信はない。
だが、試す価値はある。
(誰かが言ってた……
人は、音で戻れる……)
誰だったかは思い出せない。
「やれ」
短く言った。
しばらく、
坑道には数字だけが流れ始めた。
「……一」
「……二」
「……三……」
一定のリズム。
祈りより、ずっと静かだ。
だが――
「……九……」
声が、止まる。
「……おい」
誰かが、囁いた。
返事がない。
「……先生……」
胸の奥が、嫌な形で冷える。
「……呼吸を、見ろ」
言葉が、少し遅れた。
「胸……動いてねぇ……」
誰かが、そう言った。
(……一人、落ちたか)
数字を、頭の中で更新する。
十三。
十二。
「……起こすな」
そう言った。
「もう、戻らない」
誰かが、嗚咽を噛み殺す音がした。
「……続けろ」
残酷だと分かっている。
だが、止めれば全員が崩れる。
「次、交代」
声が、少しだけ掠れた。
(……慣れるな)
自分に言い聞かせる。
慣れた瞬間、
これは作業になる。
それだけは、避けなければならない。
だが――
坑道の闇の中で、
人は次々に、
数字として整理されていく。
「……先生」
小さな声。
「……俺たち、
どこまで、生きていいんだ……?」
答えは、なかった。
答えがないまま、
数字だけが進む。
坑道の中で、
教育は、命の管理になっていた。
誤字脱字はお許しください。




