第28話 選ぶたびに、何かが死ぬ
28話です
朝、
目を覚ましたとき。
まだ、
匂いが残っていた。
甘く、
重く、
どこか湿った空気。
昨夜の夜会は、
夢ではない。
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机の上に、
三通の書簡。
封の色が、
それぞれ違う。
赤。
青。
金。
(……三家か)
誰が出したかは、
見なくても分かる。
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赤は、
地方貴族の家。
若い女性貴族の家系だ。
文面は、
柔らかい。
正式な婚姻ではなく
まずは後見という形で
お互いの理解を
深められれば
行間に、
匂いがある。
豊満な沈黙が、
紙越しに迫る。
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青は、
王族遠縁。
簡潔。
家名を継ぐ必要はない
養子縁組を検討したい
立場は保証する
感情は、
ない。
その代わり、
逃げ場もない。
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金は、
王宮。
紙質が違う。
殿下のご意向
特定の血縁に
偏らぬ形で
王家の庇護下に
入る可能性
庇護。
聞こえはいい。
だが――
誰のものでもない代わりに、
完全に王家のものになる。
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書簡を閉じる。
(……どれも、
正解だ)
そして、
どれも――
終わりだ。
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昼前。
王宮から、
非公式の呼び出し。
応接室には、
三人。
文官。
近衛。
そして――
名を名乗らない人物。
視線だけで、
分かる。
王族だ。
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「……選択肢は、
理解しているな」
「……はい」
「……急がせる
つもりはない」
嘘だ。
時間は、
与えられない。
「……ただし」
王族が、
指を組む。
「選ばない、
という選択肢はない」
空気が、
凍る。
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「……理由は?」
一応、
聞いてみた。
「……人気が出すぎた」
即答。
「才能が、
個人に
属している状態は
危険だ」
「……だから」
一拍。
「血か、
庇護か、
縛りを入れる」
(……同じだな)
鉱山と。
沈黙か、
管理か、
排除か。
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部屋を出る。
廊下の窓から、
庭が見える。
穏やかだ。
だが、
その裏で
人は動く。
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午後。
別の訪問者。
反対派の貴族だ。
「……噂は、
聞いている」
声は、
低い。
「……血に
組み込まれるか」
「……それとも、
王家の犬になるか」
言葉が、
露骨だ。
「……どちらでも、
構いませんが」
一拍。
「選ばなければ、
消します」
脅しではない。
事務連絡だ。
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夜。
私邸。
火を落とし、
一人で座る。
(……考えろ)
いつもなら、
数字を出す。
効率。
安定。
最適。
だが――
今回は、
数字が出ない。
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ふと、
思い出す。
鉱山で、
天井の音を
口にしかけた
あの青年。
(……彼なら)
何を選ぶ。
答えは、
分からない。
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書簡を、
もう一度並べる。
赤。
青。
金。
豊満な匂い。
冷たい保証。
完璧な支配。
どれも、
甘い。
どれも、
苦い。
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そのとき。
小さな紙が、
机の端にあるのに
気づく。
夜会で、
誰かが
忍ばせたものだ。
開く。
選ばれる前に
自分で選べ
――友より
友。
その言葉が、
胸に刺さる。
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(……自分で、
選ぶ)
それは――
どれかを
拒否するという
意味ではない。
条件を、
付けるということだ。
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翌朝。
王宮へ。
文官と、
王族が待つ。
「……決めたか」
「……はい」
声は、
落ち着いていた。
「……どれだ」
「……条件付きで」
室内が、
静まる。
「……条件?」
「……血縁を、
一つに
限定しない」
ざわめき。
「……婚姻、
養子、
庇護」
「……どれか一つではなく」
一拍。
「段階的に、
組み込む」
王族が、
目を細める。
「……欲張りだな」
「……学びました」
沈黙の使い方を。
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数秒。
王族は、
笑った。
「……面白い」
それは、
了承ではない。
だが――
拒否でもない。
「……叙爵は、
進めよう」
「準男爵位」
「血縁の話は、
その後だ」
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部屋を出る。
背中に、
視線が刺さる。
だが、
今はまだ
斬られない。
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私邸に戻る。
新しい文書が、
届いている。
「準男爵叙爵
準備正式化」
名前欄は、
空白だ。
(……名を、
作るか)
血に与えられる前に。
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窓を開ける。
王都の空気は、
今日も匂立つ。
欲望と、
期待と、
所有の匂い。
その中で、
自分は
一歩だけ
先に進んだ。
選んだ。
だが――
何かが、
確かに死んだ。
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誤字脱字はお許しください。




