第27話 血は、甘い香りで近づく
27話です。
夜会は、
非公式だった。
だからこそ、
招待状は少ない。
だからこそ、
視線は濃い。
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王都西区の私邸。
音楽は小さく、
灯りは柔らかい。
空気に、
甘い香が漂っている。
酒ではない。
花でもない。
人の匂いだ。
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「……閣下候補」
囁くような声。
振り向くと、
女性貴族が立っていた。
年若い。
だが、
目は計算している。
胸元は、
控えめに開いている。
それでも、
豊満さは隠れない。
「……お話しを」
拒否できない誘い方だった。
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別室へ。
扉が閉まると、
音楽が遠ざかる。
近づく。
一歩。
匂立つ。
香油。
肌。
体温。
「……最近、
噂になっています」
「……何の」
「あなたの居場所」
距離が、
近い。
触れない。
だが、
触れないことが
意識される。
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「……家名は、
大切です」
彼女は、
そう言った。
「能力は、
さらに大切」
「でも――」
一拍。
「血縁は、
すべてを安定させます」
(……来たな)
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「……私の家は、
古い」
「衰えましたが、
まだ根は残っています」
彼女は、
微笑む。
その笑みは、
武器だ。
「……あなたに、
名を」
「……私に、
未来を」
取引は、
明確だった。
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「……即答は、
求めません」
そう言いながら、
彼女は動かない。
距離は、
縮まったまま。
胸元の布が、
わずかに揺れる。
視線が、
自然とそこへ行く。
豊満という言葉が、
頭をよぎる。
(……分かっている)
これも、
政治だ。
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扉が、
ノックされる。
「……失礼」
入ってきたのは、
別の貴族。
男性。
年上。
「……話は、
終わりましたかな」
彼は、
女性の肩に
自然に手を置く。
所有の仕草。
「……殿下から、
お伝え物が」
小箱が、
差し出される。
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箱の中には、
細い鎖。
首飾り。
紋章は、
ない。
だが――
王家の細工だ。
「……意味は」
「……保護です」
即答。
「名を持たぬ者を、
裸のまま
歩かせるのは
危険ですから」
(……裸、か)
言葉選びが、
露骨だ。
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別の部屋。
今度は、
王族の遠縁だという
女性。
年齢は上。
落ち着いた仕草。
「……若い者は、
露骨で困る」
そう言って、
笑う。
だが――
距離は、
さらに近い。
「……あなたは、
血を繋ぐ価値がある」
その言葉に、
装飾はない。
「……婚姻でも、
養子でも」
「……形は、
問いません」
匂いが、
違う。
甘さの奥に、
重さがある。
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夜会の終盤。
視線が、
絡む。
誘いが、
重なる。
「……我が家に」
「……今夜は」
「……後日でも」
どれも、
断りにくい。
どれも、
条件付きだ。
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廊下。
一人になった瞬間、
空気が軽くなる。
だが――
背後から、
声。
「……閣下候補」
振り向くと、
近衛。
「……殿下が、
私的に
お会いになりたいと」
私的。
その言葉が、
一番重い。
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小さな控室。
王族は、
座っていた。
性別は、
今は問題ではない。
視線だけで、
場を支配する。
「……人気者だな」
軽い口調。
「……望んだ
覚えはありません」
「……望まれた」
それだけで、
十分だ。
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「……血は、
便利だ」
王族は、
そう言った。
「忠誠も、
継承も、
一度に手に入る」
「……だが」
一拍。
「血縁は、
縛る」
(……知っている)
「……それでも」
王族は、
微笑む。
「縛られる価値が、
あると思われている」
それが、
結論だった。
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夜。
私邸に戻る。
衣服に、
まだ匂いが残る。
甘く、
重い。
机の上に、
手紙が三通。
どれも、
家名の話。
どれも、
血の話。
(……数字じゃ、
切れないな)
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鏡を見る。
変わったのは、
立場だけではない。
見られ方だ。
欲望。
期待。
所有。
それらが、
絡みつく。
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翌朝。
呼び名が、
また変わる。
「……閣下」
今度は、
確信を持って。
血縁の話は、
もう裏ではない。
表に、
出始めている。
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机に、
新しい書類。
「婚姻候補
整理表」
「養子縁組
可能性」
紙の白さが、
眩しい。
(……選ばされるな)
拒否ではない。
選択だ。
そして――
どれを選んでも、
縛られる。
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窓の外。
王都は、
今日も賑やかだ。
だが、
その中心で、
血が動き始めている。
甘く、
匂立つ形で。
誤字脱字はお許しください。




