第26話 名は、先に与えられる
2なです。
呼び出しは、
昼だった。
王宮の裏門。
警護は厚いが、
人目は少ない。
「……こちらへ」
近衛が短く告げ、
廊下を進む。
(……公式になるな)
足音が、
静かに響く。
⸻
通された部屋は、
小さい。
だが、
調度が違う。
椅子。
机。
壁の織物。
すべてが、
「選ばれた者用」だ。
「……教育官殿」
声をかけたのは、
以前会った近衛ではない。
文官。
年配。
目が鋭い。
「……本日は、
“準備”の話です」
準備。
その言葉で、
すべて察した。
⸻
机の上に、
書類が置かれる。
「功績確認」
「家格整理」
「後見人候補」
「……叙爵、ですか」
そう聞くと、
文官は頷いた。
「正式には、
まだです」
「ですが、
周囲が
そう扱い始めています」
(……外堀から、
埋める気だな)
⸻
「……あなたの問題は、
出自です」
文官は、
淡々と続ける。
「家名がない」
「血縁がない」
「派閥がない」
一つずつ、
弱点を挙げる。
「……それは、
利点でもあります」
「ですが、
貴族社会では
不安定だ」
(……だから、
縛る)
⸻
「候補があります」
書類が、
一枚めくられる。
地方貴族。
没落気味。
だが、
由緒はある。
「名を、
貸したいと」
「……条件は」
即座に聞いた。
「……忠誠」
「……後継」
言葉を、
選んでいる。
(……血だ)
⸻
「……すぐに
決める話では
ありません」
文官は、
そう言った。
だが、
視線が示す。
時間はない。
「……ただ」
続ける。
「殿下は、
あなたを
高く評価している」
「高く、
使いたい」
使う。
隠さない。
⸻
廊下に出る。
空気が、
少し重い。
(……鉱山より、
息苦しいな)
数字では、
処理できない。
だが、
断れない。
⸻
数日後。
変化は、
静かに起きた。
呼び方が、
変わる。
「教育官殿」
から
「閣下候補」へ。
冗談のようで、
冗談ではない。
⸻
会議。
席が、
一段前になる。
意見を求められる。
「……どう思われますか」
(……思われる、か)
答える。
内容は、
今までと同じだ。
効率。
沈黙。
最適化。
だが――
聞く側の目が違う。
⸻
夜。
私邸に、
招かれる。
今度は、
貴族の屋敷。
「……非公式です」
そう言われるほど、
公式だ。
「……先生」
声をかけてきたのは、
若い貴族。
男女は、
問わない。
「……噂に
なっていますよ」
「……何の」
「あなたが、
どこに
属するのか」
属する。
その言葉が、
胸に残る。
⸻
別の夜。
王宮から、
小箱が届く。
中身は、
指輪。
紋章は、
まだない。
だが――
サイズが、
ぴったりだ。
(……測られている)
⸻
文官から、
最後の確認。
「……叙爵の話、
進めますか」
「……はい」
答えは、
短かった。
もう、
戻る道は
ない。
⸻
机に、
新しい書類。
「準男爵位
内定」
「後見貴族
調整中」
「血縁整理
要検討」
血縁。
そこだけ、
赤線が引かれている。
(……次は、
ここか)
⸻
窓の外。
王都の灯りが、
遠い。
鉱山の闇は、
もう思い出だ。
代わりにあるのは、
人間関係という
別の闇。
数字では、
切れない。
沈黙でも、
止まらない。
⸻
翌朝。
呼び名が、
また一つ変わる。
「……閣下」
まだ、
正式ではない。
だが――
そう呼ぶ者が
増えた。
名は、
先に与えられる。
身分は、
後から
追いつく。
その順序が、
一番逃げられない。
誤字脱字はお許しください。




