第25話 相談は、夜に来る
25話です。
最初の依頼は、
公式ではなかった。
昼間ではなく、
夜。
公文書ではなく、
手紙だった。
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封筒に、
紋章はない。
だが、
紙の質で分かる。
「……貴族だな」
封を切る。
短い文面。
夜分、失礼する
王都南区の屋敷にて
非公式に話を聞きたい
――友人として
(……友人、か)
肩書きは、
書かれていない。
だが、
拒否権はない。
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屋敷は、
静かだった。
門番は、
何も聞かない。
名前を告げると、
通された。
「……教育官殿」
迎えたのは、
中年の男。
服装は控えめ。
だが、
立ち方が違う。
(……地方貴族)
それも、
領地を持つ側だ。
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応接室。
酒は出ない。
茶だけ。
「……突然、
呼び立てて
申し訳ない」
「……構いません」
男は、
少しだけ間を置いてから
本題に入った。
「……領地で、
問題が起きている」
「……反乱ですか」
「いや」
即答。
「不満です」
(……一番厄介だ)
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話は、
よくあるものだった。
年貢。
徴税。
労役。
どれも、
制度上は正しい。
だが、
農民は不満を持つ。
「……軍を出せば、
鎮まる」
男は、
そう言った。
「……だが、
それは最後にしたい」
(……賢い)
「……あなたなら、
どうしますか」
ここで、
初めて分かった。
これは、
命令ではない。
相談だ。
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「……声を、
集めません」
そう答えた。
男が、
眉を上げる。
「……話し合い、
という意味では
ありません」
続ける。
「……数を、
見せます」
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翌日。
領地に向かう。
随行は、
最小限。
農村は、
静かだった。
だが、
視線は刺さる。
(……鉱山と同じだ)
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最初にやったのは、
説得ではない。
掲示板だった。
・今年の収穫量
・徴収予定量
・不足分
村ごとに、
数字を出す。
「……なぜ、
見せる」
男が聞く。
「……誰も、
全体を
見ていないからです」
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二日目。
農民たちが、
掲示板の前に集まる。
誰も、
文句を言わない。
だが、
計算している。
三日目。
村同士で、
小さな動きが出る。
「……こっちは、
余る」
「……あっちは、
足りない」
声は、
小さい。
だが、
確かだ。
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「……手を出さなくて、
いいんですか」
男が、
不安そうに言う。
「……はい」
そう答えた。
「……動かせば、
反発が出ます」
「……動かさなければ、
勝手に調整が
始まります」
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一週間後。
不足は、
消えた。
完全ではない。
だが、
暴発もしない。
「……奇妙だな」
男が、
呟く。
「……誰も、
逆らっていない」
「……逆らう理由が、
なくなっただけです」
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王都に戻る。
数日後、
別の手紙。
今度は、
紋章付き。
「……増えたな」
内容は、
似ている。
・領地経営
・工房の揉め事
・使用人の管理
すべて、
武力では解決したくない案件。
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夜。
書斎で、
一人考える。
(……使われ始めた)
軍でもない。
工房でもない。
貴族の私生活に。
それは、
意味が違う。
「……先生」
書記官が、
控えめに言う。
「……王宮から、
内々に
問い合わせが」
(……来たか)
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数日後。
王宮の、
小さな控えの間。
王族は、
現れない。
代わりに、
近衛の一人。
「……殿下は、
あなたを
“便利”だと
評価されています」
便利。
それは、
最大級の称賛だ。
「……近く、
正式な
地位を
与える可能性がある」
「……ただし」
視線が、
鋭くなる。
「貴族としての
責任を
負えるか」
(……責任)
数字では、
処理できない。
だが――
断れない。
「……はい」
そう答えた。
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屋敷を出る。
夜風が、
冷たい。
(……次は、
肩書きじゃない)
身分だ。
鉱山の教育官は、
もう遠い。
気づけば、
貴族と王族の間に
立たされている。
そして――
その位置こそが、
一番逃げられない。
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翌朝。
机に、
新しい文書。
「叙爵準備に関する
予備調査」
まだ、
称号はない。
だが、
道は敷かれた。
ペンを取る。
署名する。
また一段、
階段を上った。
誤字脱字はお許しください。




