第23話 物は、黙って流れる
23話です。
補給部隊は、
戦場よりも
汚れていた。
血はない。
叫び声もない。
だが――
数が合わない。
「……消えます」
補給官は、
疲れ切った声で言った。
「倉に入ったはずの物資が、
前線に届かない」
「盗まれている?」
「……証拠は、
ありません」
(……いつものやつだ)
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倉庫は、
広かった。
木箱。
帳簿。
人。
そして――
視線を合わせない人間。
「……管理方法は?」
「責任者ごとに、
任せています」
「……つまり」
言葉を切る。
「誰も全体を
見ていない」
否定は、
なかった。
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初日にやったことは、
罰でも監査でもない。
帳簿を、一冊にした。
誰が、
何を、
いつ、
どれだけ。
それだけを
書かせる。
名前は、
書かせない。
「……意味が?」
補給官が、
困惑する。
「……全体を、
見せる」
それだけ答えた。
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二日目。
倉庫に、
掲示板が置かれる。
・入庫量
・出庫量
・差分
数字だけ。
誰がやったかは、
分からない。
だが――
消えた量は、
誰の目にも見える。
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三日目。
倉庫が、
静かになる。
笑い声が、
消える。
雑談が、
消える。
「……減ってます」
補給官が、
小声で言う。
「……差分が……」
「……ああ」
見れば、
分かる。
盗みは、
怒られるから
止まるんじゃない。
意味がなくなると、
止まる。
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一週間後。
前線への補給が、
滞らなくなった。
「……奇跡だ」
誰かが言う。
「……いや」
否定はしない。
奇跡として
処理される方が、
都合がいい。
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王都への報告。
「補給効率、
二割改善」
「横流し件数、
事実上ゼロ」
「前線の士気、
安定」
軍部の空気が、
一段変わる。
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呼び出し。
「……教育官殿」
将校が、
姿勢を正す。
「補給は、
戦争の血管だ」
「あなたは、
それを詰まらせずに
流した」
その場で、
辞令が出る。
「軍後方統括官」
肩書きが、
また増えた。
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夜。
倉庫の前を、
一人で歩く。
物資は、
黙って運ばれていく。
誰も、
文句を言わない。
誰も、
疑わない。
(……楽だな)
考えなくていい。
疑わなくていい。
数字を見て、
動くだけだ。
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翌朝。
次の要請。
「都市工房にて、
生産効率が不安定」
「職人同士の衝突、
頻発」
封筒を、
開く前から
分かっている。
(……同じだ)
人がいて、
感情があって、
判断がある。
なら――
沈黙を入れる。
それだけだ。
ペンを取る。
署名する。
また一段、
上へ進んだ。
誤字脱字はお許しください。




