第18話 それでも、事故は起きる
18話です。
嫌な予感は、
当たるときほど
静かだ。
音もなく、
匂いもなく、
ただ――
**「今日は来る」**と分かる。
理由はない。
数字もない。
それでも、
胸の奥が重かった。
⸻
朝。
配置表を確認する。
第三坑道・深層。
作業人数、規程通り。
遵守率、九七%。
(……完璧だ)
完璧すぎる。
あの件以降、
現場は異様なほど従順だった。
質問はない。
雑談もない。
報告は、書面だけ。
「……教育官」
現場監督が近づく。
「……今日は、
規程通り進めます」
それは、
確認ではない。
宣言だった。
「……ああ」
そう答えるしかない。
⸻
午前。
第三坑道・深層。
空気が、
重い。
「……粉塵、
多くないか」
誰かが呟く。
だが、
誰も拾わない。
拾えば、
規程外になる。
(……言え)
心の中で、
そう思う。
だが、
自分からは言えない。
あの“首輪”が、
確かにそこにある。
「……教育官」
現場監督が、
一応、聞いてくる。
「……続行で、
問題ありませんね」
聞き方が、
すでに答えを含んでいる。
「……規程上は」
言葉を選ぶ。
「……問題ない」
それが、
事実だった。
⸻
事故は、
その直後だった。
音が違った。
いつもの
軋みではない。
「――伏せろ!」
誰かが叫ぶ。
遅い。
天井が、
面で落ちた。
崩落ではない。
崩壊だ。
視界が、
一瞬で白くなる。
⸻
「……閉じ込められた!」
「……三人!」
「……いや、
四人だ!」
混乱は、
最小限だった。
全員、
教育を受けている。
叫ばない。
動かない。
順番を待つ。
(……皮肉だな)
ここまで、
完璧に“機能”している。
「……教育官!」
現場監督が、
こちらを見る。
「……指示を!」
(……来た)
嫌な予感がする。
だが――
今回は、
感覚が曖昧だ。
粉塵。
音。
振動。
どれも、
決定打にならない。
「……状況報告」
時間を稼ぐ。
「……四人、
全員意識あり!」
「……怪我は?」
「……一人、
胸を打ってます!」
(……動かせる)
だが――
「……天井、
まだ不安定です!」
「……規程では?」
現場監督が、
即座に聞く。
「……二次崩落の恐れがある場合、
待機……」
「……何分?」
「……最低、
十分……」
十分。
その十分で、
胸を打った人間は
死ぬ。
それは、
分かっている。
だが――
単独判断は、
できない。
「……監督官に、
確認を」
言った瞬間、
自分の中で
何かが、
はっきりと割れた。
⸻
返答を待つ。
その間、
坑道の奥では
数字が数えられている。
「……一」
「……二」
「……三……」
規程通りの声だ。
(……あのときと同じだ)
最初の坑道。
違うのは、
今は“制度”の中だということ。
「……教育官!」
通信が入る。
「……規程通り、
待て」
監督官の声。
迷いは、
ない。
「……了解」
返事をした。
⸻
五分。
天井が、
きしむ。
七分。
「……苦しい……」
中から、
声が聞こえる。
だが、
誰も動かない。
動けない。
「……九……」
「……十……」
数字が、
乱れた。
「……教育官!」
現場監督の声が、
掠れる。
「……もう……」
「……待て」
自分の声が、
冷たく響く。
「……規程だ」
⸻
十一分目。
二次崩落。
今度は、
小さい。
だが、
致命的だった。
「……あ……」
短い声。
それで、
終わった。
⸻
救出後。
生存二名。
死亡二名。
数字上は、
想定内。
「……教育官」
記録官が、
淡々と聞く。
「規程通りですね」
「……ああ」
答えた。
喉が、
乾いている。
「……問題は?」
「……ありません」
それが、
公式見解だ。
⸻
夜。
一人、
報告書を書く。
「規程遵守
適切」
「判断遅延
なし」
事実だ。
嘘は、
書いていない。
だが――
胸の奥が、
はっきりと分かっている。
(……殺した)
止めることは、
できた。
罰を、
覚悟すれば。
だが――
選ばなかった。
選ばなかった結果が、
ここにある。
⸻
机に突っ伏す。
坑道の闇が、
脳裏に蘇る。
あのときは、
制度がなかった。
今は、
制度がある。
そして――
制度の方が、
人を殺す。
その事実を、
自分は
誰よりも
よく理解している。
理解した上で、
従った。
それが、
取り返しのつかない線だ。
⸻
翌朝。
掲示板。
「事故発生
第三坑道」
「原因
地質不安定」
「対応
規程通り」
誰も、
異議を唱えない。
唱えられない。
そして、
自分も――
もう、
唱えなかった。
(……次は)
心のどこかで、
分かっている。
次は、
もっと大きい。
数字と感覚が、
完全に決裂する。
その瞬間、
選ばされる。
もう一度。
今度こそ、
逃げられない形で。
⸻
誤字脱字はお許しください。




