第15話 疑う者は、静かに消える
15話です
消えたのは、
声ではなかった。
人そのものだった。
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「……あの人、
今日は来てないな」
朝の点呼で、
誰かが小さく言った。
名前は出ない。
出す必要がない。
配置表を見れば、
分かるからだ。
一行、
空白がある。
昨日まで、
確かにあった名前。
「……再教育?」
誰かが、
確認するように呟く。
「……だろうな」
それで、
話は終わった。
誰も、
理由を聞かない。
理由を聞くこと自体が、
疑いになるからだ。
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その男は、
反抗者ではなかった。
命令に逆らったこともない。
声を荒げたこともない。
ただ――
質問をしただけだった。
「……教育官」
数日前、
廊下で声をかけられた。
「……数字が、
合わない気がします」
その声は、
慎重だった。
「……どの数字だ」
「……遵守率です」
男は、
板を指した。
「……最近、
高すぎる」
「……だから、
問題ない」
そう答えた。
だが、
男は引かなかった。
「……皆、
命令を守ってます」
「……でも、
現場で考えてない」
(……分かっている)
だが――
それを口に出すわけにはいかなかった。
「……それが、
目的だ」
そう答えた。
男は、
黙った。
だが――
納得はしていなかった。
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再教育は、
迅速だった。
理由は、
公式にはこうだ。
「判断に迷いが見られた」
「遵守率の低下が懸念された」
数字は、
完璧だった。
再教育後の配置は、
下層。
危険度が高く、
戻ってくる者が少ない場所。
誰も、
異議を唱えない。
異議は、
前例になるからだ。
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「……先生」
夜、
別の坑夫が声をかけてくる。
「……あの人、
間違ったこと
言ってましたか」
視線が、
不安定だ。
(……これも、
疑いだ)
「……間違ってない」
そう答えた。
坑夫の目が、
わずかに揺れる。
「……じゃあ……」
「……だが、
正しいかどうかは、
重要じゃない」
そう続けた。
「……重要なのは、
制度が止まらないことだ」
坑夫は、
それ以上、何も言わなかった。
言えば、
次は自分だからだ。
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翌週。
下層坑道で、
事故が起きた。
詳細は、
掲示されない。
ただ、
数字だけが貼られる。
「重傷一名」
名前は、
ない。
だが、
誰もが分かっている。
「あの人だ」
だからこそ、
誰も言わない。
言葉にすれば、
因果が見えてしまう。
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会議室。
記録官が、
淡々と報告する。
「遵守率、
九八%に上昇」
「指示待ち時間、
安定」
「現場からの質問、
ほぼゼロ」
「……理想的だな」
誰かが、
満足そうに言う。
「……教育官」
監督官が、
こちらを見る。
「君のやり方は、
人を黙らせるのが上手い」
褒め言葉だった。
(……違う)
だが、
否定はしない。
「……必要な沈黙です」
そう答えた。
その瞬間、
自分の中で
何かが、
完全に固まった。
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夜。
机の上に、
新しい規程案。
「質問の手順について」
内容は、
単純だ。
・質問は書面で提出
・即時判断は不可
・緊急時は命令優先
(……消す気だな)
疑問を。
考える時間を。
「……これで、
安全だ」
自分に言い聞かせる。
安全とは、
事故が減ること。
安全とは、
従うこと。
安全とは、
疑わないこと。
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翌朝。
坑道に入る。
誰も、
こちらを見ない。
視線を上げれば、
期待と恐怖が混ざるからだ。
皆、
数字を見ている。
配置表を見て、
命令を待つ。
それで、
十分だ。
(……疑う者は、
もういない)
疑った者は、
再教育された。
消えた。
そして、
誰もそれを
疑問に思わない。
制度は、
完成に近づいている。
人が考えなくなり、
質問が消え、
沈黙が安定する。
それを、
成功と呼ぶ。
机に戻る。
今日の報告書に、
署名する。
迷いは、
ない。
迷いが、
存在しない世界を
作ったのだから。
疑う者は、
消える。
声も、
痕跡も残さず。
それが、
この鉱山の
最も効率的な教育成果だった。
誤字脱字はお許しください。




