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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革鉱山工業編〜』  作者: くろめがね


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15/50

第15話 疑う者は、静かに消える

15話です

消えたのは、

声ではなかった。


人そのものだった。



「……あの人、

 今日は来てないな」


朝の点呼で、

誰かが小さく言った。


名前は出ない。

出す必要がない。


配置表を見れば、

分かるからだ。


一行、

空白がある。


昨日まで、

確かにあった名前。


「……再教育?」


誰かが、

確認するように呟く。


「……だろうな」


それで、

話は終わった。


誰も、

理由を聞かない。


理由を聞くこと自体が、

疑いになるからだ。



その男は、

反抗者ではなかった。


命令に逆らったこともない。

声を荒げたこともない。


ただ――

質問をしただけだった。


「……教育官」


数日前、

廊下で声をかけられた。


「……数字が、

 合わない気がします」


その声は、

慎重だった。


「……どの数字だ」


「……遵守率です」


男は、

板を指した。


「……最近、

 高すぎる」


「……だから、

 問題ない」


そう答えた。


だが、

男は引かなかった。


「……皆、

 命令を守ってます」


「……でも、

 現場で考えてない」


(……分かっている)


だが――

それを口に出すわけにはいかなかった。


「……それが、

 目的だ」


そう答えた。


男は、

黙った。


だが――

納得はしていなかった。



再教育は、

迅速だった。


理由は、

公式にはこうだ。


「判断に迷いが見られた」


「遵守率の低下が懸念された」


数字は、

完璧だった。


再教育後の配置は、

下層。


危険度が高く、

戻ってくる者が少ない場所。


誰も、

異議を唱えない。


異議は、

前例になるからだ。



「……先生」


夜、

別の坑夫が声をかけてくる。


「……あの人、

 間違ったこと

 言ってましたか」


視線が、

不安定だ。


(……これも、

 疑いだ)


「……間違ってない」


そう答えた。


坑夫の目が、

わずかに揺れる。


「……じゃあ……」


「……だが、

 正しいかどうかは、

 重要じゃない」


そう続けた。


「……重要なのは、

 制度が止まらないことだ」


坑夫は、

それ以上、何も言わなかった。


言えば、

次は自分だからだ。



翌週。


下層坑道で、

事故が起きた。


詳細は、

掲示されない。


ただ、

数字だけが貼られる。


「重傷一名」


名前は、

ない。


だが、

誰もが分かっている。


「あの人だ」


だからこそ、

誰も言わない。


言葉にすれば、

因果が見えてしまう。



会議室。


記録官が、

淡々と報告する。


「遵守率、

 九八%に上昇」


「指示待ち時間、

 安定」


「現場からの質問、

 ほぼゼロ」


「……理想的だな」


誰かが、

満足そうに言う。


「……教育官」


監督官が、

こちらを見る。


「君のやり方は、

 人を黙らせるのが上手い」


褒め言葉だった。


(……違う)


だが、

否定はしない。


「……必要な沈黙です」


そう答えた。


その瞬間、

自分の中で

何かが、

完全に固まった。



夜。


机の上に、

新しい規程案。


「質問の手順について」


内容は、

単純だ。


・質問は書面で提出

・即時判断は不可

・緊急時は命令優先


(……消す気だな)


疑問を。


考える時間を。


「……これで、

 安全だ」


自分に言い聞かせる。


安全とは、

事故が減ること。


安全とは、

従うこと。


安全とは、

疑わないこと。



翌朝。


坑道に入る。


誰も、

こちらを見ない。


視線を上げれば、

期待と恐怖が混ざるからだ。


皆、

数字を見ている。


配置表を見て、

命令を待つ。


それで、

十分だ。


(……疑う者は、

 もういない)


疑った者は、

再教育された。


消えた。


そして、

誰もそれを

疑問に思わない。


制度は、

完成に近づいている。


人が考えなくなり、

質問が消え、

沈黙が安定する。


それを、

成功と呼ぶ。


机に戻る。


今日の報告書に、

署名する。


迷いは、

ない。


迷いが、

存在しない世界を

作ったのだから。


疑う者は、

消える。


声も、

痕跡も残さず。


それが、

この鉱山の

最も効率的な教育成果だった。


誤字脱字はお許しください。

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