第14話 沈黙は、最適解になる
14話です
変わったのは、
事故の数ではなかった。
変わったのは、
音だ。
坑道が、静かになった。
工具の音はある。
足音もある。
だが――
人の声が、減った。
「……今日の配置、確認したか」
「……ああ」
それ以上、会話が続かない。
冗談も、愚痴も、
相談もない。
皆、
命令を思い出す必要がないからだ。
(……広がったな)
自分は、
掲示板の前に立っていた。
配置表。
遵守率。
危険度。
数字が、
すべてを説明している。
説明している“ように”
見える。
⸻
「……教育官」
監督官が、
低い声で呼ぶ。
「最近、
現場からの質問が減った」
「……良いことでは?」
そう返す。
監督官は、
一瞬だけ考える。
「……そうだな」
だが、
納得していない。
「指示待ちが、
増えている」
(……当然だ)
指示を待てば、
責任を取らずに済む。
逆らわなければ、
切られない。
「……事故は?」
「減っている」
数字が、
そう言っている。
「……では、
問題ない」
自分は、
そう結論づけた。
監督官は、
黙って頷いた。
⸻
その日の午後。
小規模な崩落が起きた。
第二坑道・中層。
致命的ではない。
判断次第で、
被害は抑えられる。
だが――
誰も、動かなかった。
「……指示を」
現場監督が、
こちらを見る。
(……来たか)
坑道の入口で、
全員が立ち止まっている。
「……教育官」
誰かが、
慎重に声を出す。
「……どうすれば」
(……判断できる)
本当は、
彼ら自身で。
だが、
それを奪ったのは、
自分だ。
「……待て」
そう言った。
「状況を、
整理する」
数分。
その数分で、
崩落が広がった。
「……二次崩落!」
叫び声。
「……一人、
巻き込まれた!」
(……遅れた)
だが――
誰も、
自分を責めない。
「……教育官の、
判断待ちだった」
それだけだ。
⸻
医療所。
軽傷者。
一名。
助かった。
数字上は、
問題ない。
「……なぜ、
誰も動かなかった」
独り言のように、
呟く。
「……命令が、
なかったからです」
医療兵が、
淡々と答えた。
「……勝手に動くと、
処分されますから」
(……完成した)
制度が。
考えないことが、
最も安全な行動になった。
⸻
夜。
部屋に戻る。
机の上に、
報告書。
「事故対応時間
平均+三分」
小さな増加。
だが、
無視できる範囲。
「……許容内だ」
そう書き添えた。
ペンを置く。
(……これでいいのか)
問いは、
もう弱い。
強いのは、
数字だ。
⸻
翌朝。
坑道に、
張り紙が増えた。
「判断に迷った場合、
必ず教育官の指示を待て」
その一文が、
空気を決める。
人は、
迷わなくなった。
迷わない代わりに、
考えなくなった。
「……楽になりました」
若い坑夫が、
ぽつりと言う。
「……間違えなくて、
済むので」
それは、
感謝だった。
だが――
「……そうだな」
自分は、
そう返した。
否定できなかった。
⸻
夕方。
監督官が、
小さく言った。
「……最近、
誰も文句を言わない」
「……いいことだ」
自分は答える。
「秩序が、
安定している」
監督官は、
苦笑した。
「……安定しすぎて、
少し怖いな」
その言葉に、
何も返さなかった。
怖さを、
一番よく知っているのは、
自分だからだ。
⸻
夜。
坑道の闇を、
思い出す。
あのときは、
選ぶしかなかった。
今は――
選ばなくていい世界を、
作ってしまった。
それは、
優しい世界だ。
同時に、
残酷な世界だ。
誰も、
責任を負わない。
誰も、
間違えない。
誰も、
声を上げない。
沈黙が、
最適解になる。
その沈黙の中心に、
自分が立っている。
それが、
この鉱山の
新しい音だった。
誤字脱字はお許しください。




