第13話 見せしめは、静かに行われる
13話です
見せしめは、
叫び声を伴わなかった。
処刑も、
投獄も、
公開の糾弾もない。
ただ――
配置表が、一枚貼り替えられただけだった。
⸻
朝。
坑道入口の掲示板の前に、
人が集まっていた。
誰も声を出さない。
だが、視線だけが、
同じ一点に集中している。
「……第二坑道・下層」
誰かが、
小さく呟いた。
そこに、
昨日まで監督だった男の名があった。
補足も、
理由も、
書かれていない。
ただ、
決定事項として。
「……下層か」
別の声。
「……あそこ、
去年、三人死んでる……」
言葉が、
それ以上続かない。
続ける必要が、
ないからだ。
⸻
「……教育官」
背後から、
監督官の声。
「見ておいた方がいい」
連れて行かれる。
第二坑道・下層。
湿気。
粉塵。
天井が、低い。
「……彼は、
ここに配置した」
監督官は、
淡々と言う。
「再教育の一環だ」
「……再教育?」
「そうだ」
「命令に従う現場を、
身をもって学ばせる」
胸の奥が、
小さく震えた。
(……殺す気か)
だが、
口には出さない。
「……彼は、
有能でした」
それだけ言った。
「有能だった」
監督官は、
訂正する。
「だが、
従わなかった」
それで、
十分だという口調だった。
⸻
作業が始まる。
下層は、
狭い。
人がすれ違うだけで、
肩がぶつかる。
「……順番を」
元監督――
今はただの作業員が、
声を出す。
一瞬、
周囲が静まる。
誰も、
従わない。
「……教育官命令を、
優先しろ」
現場監督が、
淡々と言う。
その声には、
迷いがない。
(……学んだな)
自分は、
何も言わない。
言えば、
この場の“意味”が崩れる。
⸻
事故は、
起きた。
予想通り。
予測可能な形で。
天井の一部が、
警告なしに落ちた。
「……伏せろ!」
誰かが叫ぶ。
遅い。
鈍い音。
骨が、
石に負ける音。
「……っ……!」
短い呻き。
それで、終わりだ。
血は、
少なかった。
下層では、
それすら珍しくない。
「……死傷者は」
監督官が、
確認する。
「……一名、
重傷」
返事。
誰かが、
目を逸らす。
重傷。
それは、
長く働けないという意味だ。
⸻
医療所。
元監督は、
担架の上にいた。
脚が、
歪んでいる。
「……先生」
こちらを見て、
小さく笑う。
「……分かりました」
何を、とは聞かない。
「……命令は、
守るべきですね」
声は、
静かだった。
「……そうでないと、
こうなる」
その言葉が、
刃のように刺さる。
(……違う)
違うはずだ。
だが――
「……回復すれば、
また配置される」
そう言った。
嘘ではない。
だが、
希望でもない。
男は、
目を閉じた。
それ以上、
何も言わなかった。
⸻
翌日。
掲示板に、
新しい紙が貼られる。
「教育官命令遵守率
九七%達成」
数字は、
誇らしげだった。
「……効果、
出てますね」
誰かが言う。
「……逆らう人、
いなくなった」
笑い声は、
起きない。
必要が、
ないからだ。
「……先生」
若い坑夫が、
小声で話しかける。
「……命令、
絶対ですよね」
「……絶対だ」
そう答えた。
「……じゃあ」
彼は、
ほっとした顔をする。
「……考えなくて、
いいですね」
その言葉で、
胸の奥が、強く締め付けられる。
(……それが、
目的だ)
考えさせない。
迷わせない。
疑わせない。
⸻
夜。
部屋に戻る。
規程書が、
また厚くなっている。
追記。
注釈。
例外規定。
すべて、
沈黙を前提に書かれている。
(……完成したな)
制度が。
見せしめは、
一度でいい。
あとは、
誰もが記憶する。
逆らえば、
こうなる。
命令に従えば、
守られる。
その単純な図式が、
坑道全体に染み込んでいく。
教育は、
もう不要だ。
残るのは、
服従の習慣だけ。
机に肘をつき、
目を閉じる。
坑道の闇を、
思い出す。
あのときは、
選ぶしかなかった。
今は――
選ばせない。
それが、
一番効率がいい。
その事実を、
自分が一番よく理解している。
それが、
何より恐ろしかった。
誤字脱字はお許しください。




