第11話 命令は、善意の顔をしている
11話です
命令書は、思ったより薄かった。
一枚。
署名二つ。
印章三つ。
それだけで、
人の生き死にに口を出せる。
「……これが、
正式な辞令だ」
監督官が、机の上に置く。
「教育官に、
現場への直接命令権を付与する」
紙の角が、
やけに鋭く見えた。
「……いつから」
「今日からだ」
即答。
「事故は、
待ってくれない」
(……そうだな)
反論は、
準備されていない。
「……拒否したら?」
一応、聞いた。
監督官は、
一瞬だけ目を伏せる。
「……君がいなくても、
教育は続く」
視線が戻る。
「だが、
今より悪くなる」
その言葉は、
脅しではなかった。
事実だった。
「……分かりました」
受け取る。
紙は、
軽い。
だが、
胸の奥に沈む。
⸻
最初の命令は、
小さなものだった。
「第五坑道、
作業人数を二割削減」
理由は明確。
遵守率が低い。
疲労が溜まっている。
「……人が足りません」
現場監督が、
食い下がる。
「減らしたら、
予定が……」
「予定より、
命だ」
そう言った。
自分の声が、
誰かの言葉の真似に聞こえた。
監督は、
黙って頷く。
命令は、
通る。
結果。
事故は、
起きなかった。
「……さすがだな」
誰かが言う。
「判断が、
早い」
(……偶然だ)
だが、
偶然は、
成功として記録される。
⸻
次の命令は、
もう少し重かった。
「第三坑道、
教育遵守率九割以上の者のみ配置」
「……残りは?」
「他に回す」
「……危険度が、
上がる場所ですが」
「数字が、
そう言っている」
その一言で、
議論は終わった。
事故は、
減った。
平均は、
改善した。
だが――
「……俺、
外されました」
夜、
声をかけられる。
若い坑夫。
「……遵守率、
足りないって……」
「……怪我、
治ってないだろ」
言い返す。
「……でも、
稼がないと……」
答えは、
用意していなかった。
命令は、
人を守る。
同時に、
人を切り分ける。
⸻
三度目の命令。
それは、
はっきりと線を引いた。
「事故発生時、
教育官の指示を最優先」
現場判断より、
上に置く。
「……待ってください」
現場監督が、
声を上げる。
「状況次第では……」
「状況を、
統一する」
そう答えた。
(……何を言っている)
状況は、
統一できない。
だが――
「……分かりました」
現場監督は、
従った。
その背中が、
少しだけ小さく見えた。
⸻
そして、
事故が起きた。
第二坑道。
規模は小さい。
だが、判断が割れた。
「……今、
動かせば助かる!」
現場の声。
「……待て」
自分の声が、
伝令を通じて返る。
「……順番を、
確認しろ」
数分。
その数分で、
天井が、
落ちた。
「……一名、
死亡……」
報告は、
短かった。
静まり返る。
「……教育官」
誰かが、
慎重に言う。
「今のは……」
「……規程通りだ」
そう答えた。
声は、
震えていなかった。
(……嘘だ)
震えは、
内部に押し込めた。
⸻
夜。
部屋に戻る。
机の上に、
新しい書類。
「教育官命令集(暫定)」
ページをめくる。
自分の言葉が、
命令文になっている。
「~せよ」
「~を禁ず」
「~を最優先とする」
(……善意だ)
全部、
命を守るために書いた。
だが――
善意は、
拒否できない。
拒否できないものは、
暴力に近い。
「……先生」
扉の外。
現場監督の声。
「……皆、
あんたの指示を待ってます」
その言葉で、
分かった。
もう、
戻れない。
自分は、
助言者ではない。
命令者だ。
「……分かりました」
扉を開ける。
廊下の向こうに、
人がいる。
皆、
こちらを見ている。
期待。
恐怖。
依存。
そのすべてが、
重なっている。
一歩、
前に出る。
教育官として。
命令を出す者として。
「……聞いてくれ」
声が、
通る。
「次の事故から、
迷う時間は、
俺が引き取る」
その言葉に、
誰かが安堵した。
誰かが、
顔を歪めた。
(……これが、
正しいのか)
答えは、
もう意味を持たない。
制度は、
動き出した。
善意の顔をした命令が、
今日もまた、
誰かの運命を決める。
誤字脱字はお許しください。




