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葉月の奇跡  作者: 岩河尚輝
1st set
9/37

7.ボールがある場所

 各チームの第一試合は、公式練習とは別に数分間のアップの時間を設ける。それが終わると、公式練習に移るという流れにだった。公式練習は選手登録した人だけがコートに残り、ユニフォームを着ていない人は観客席に戻る。

 数分後、両チームのキャプテンが集められ、コイントスをした。先攻の魚海北から公式練習に入ることを主審が告げると、両チームともスパイク練習を撤収した。

「じゃあ一年生は観客席の方に戻って、応援よろしく」

「了解しました」

 郁瀬たちは観客席に戻ると、先輩の保護者たちが応援の準備を整えていた。

「さあさあ、一年生のみんなもメガホン持って」

 市立中央排球部と書かれた白のTシャツを着た父兄はメガホンをそれぞれ手渡した。

「なんか懐かしいな......これ」

「雰囲気も大会って感じだ」

 郁瀬や朱俐にとってこの視点から自分のチームの試合を見るのは久しぶりだった。初々しかったあの頃の記憶が全身を駆け巡り、今まで久しくしまい込んでいた感覚が呼び起こされる気がした。

 練習中に保護者たちが掛けてくれた横断幕を筆頭に、郁瀬たちは静かに選手の背中を見守る。

 白地に朱色の柄が散りばめられた横断幕には「繋げ」という一言のみが力強く刻まれていた。代々受け継いできた思いがその一言に込められている。

 寛斗を基準に選手たちがエンドラインに整列する。番号順に横一列になった先輩たちの後ろ姿は、四人の記憶に深く刻まれた。三年生にとって残りの大会は二つ。音の無い気迫を背中が物語っている。

 ネットを越えた先には魚海北の選手たちも揃った。青に黄色のユニフォームが息を殺して向かい合う。両者ともに勝つことだけを考え、そこに無駄な気持ちはなかった。

 主審が歩き出し、身を翻して笛を鳴らした。

「しやーす!」

 戦いの火蓋が切られ、両者の応援がどっと地に鳴り響く。

 郁瀬と朱俐は負けじとその空気に食らいついては、叫んだ。轟音に圧倒された俊太郎と健介も見様見真似で応援した。

「一年の声、めっちゃ聞こえるね」

「気合入ってんねぇ、俺たちも負けてられないな」

 スクイズで水分を取りながら観客席を見上げると、最前列の一年生が必死に声を出しているのが目に入った。

 監督の弥生は熱くなる選手陣に一言添えた。

「でも、冷静さも忘れるな。確実に勝ちに行くぞ」

「はいっ!」

 監督の鼓舞で士気は最高潮に達し、選手たちは良い目をしていた。

 副審によるポジション確認のため、それぞれの位置に着く。レフトに朔斗と寛斗、ミドルブロッカーに英成と裕太郎、オポジットに啓司、セッターに祐飛、そしてミドルブロッカーと交代でリベロの航生と並んだ。

 試合は相手のサーブスタート、したがって市立中央はレセプションから始まる。

 確認を終えて、航生と啓司がリベロ交代をする。二人はサイドラインを挟んで、顔を合わせた。

「いよいよだな」

「はい......」

 普段はバレーのことなら快活な航生だが、初めての試合ということもあり、少しだけ声が震えていた。

「......ちょっと緊張してる?」

「んなことないっす......」

 俯き加減の航生を見て、啓司は言葉を探した。感情をあまり表に出さない啓司にとって、人の気持ちに寄り添う言葉を紡ぐのは得意ではなかった。その時ふと啓司の頭の中に降りてきた。

(英成ならなんて声をかけるんだろう)

 そう考えると、自然と紡ぐべき言葉が見えてきた。

「......誰だって同じ舞台。ほら、顔上げて。......ボールがあるのはどこだ?」

 二人の視線が合致した時、「答えは分かっている」と、航生の瞳が言っている気がしたので、啓司はそれ以上何も言わずに、ただ頷いてベンチに下がった。

 航生は天井を見上げる。少しライトが眩しかった。その光の中に......。

「さあ、こーい!」

 笛が鳴り、相手のジャンプフローターサーブが緩やかな弧を描いてネットを越える。

「オーケー!」

 航生は先ほどまでの緊張とは裏腹に、堂々と声をかけてボールの軌道に入る。途端に無回転のボールがブレるも、丁寧に対応してレシーブした。

「ナイスレシーブ!」

 それを繋ぐのはセッターの祐飛。素早くボールの来る方を予想して、やって来たボールを優しくスパイカーへ送る。

「......ここだろ? 朔斗」

「任しとけ......!」

 綺麗に繋がれたトスに応えるのは、レフトで待ち構える朔斗。朔斗は大きく踏み込んで飛び上がった。何よりも、自信に満ち溢れた姿で放たれるスパイクはチームの軸であり、心の拠り所でもあった。

 魚海北もスパイクを受けようと構えるも、朔斗のスパイクが一枚上手で、ボールは後方へ弾かれた。

「っしゃあ!」

 点が決まった瞬間に朔斗をはじめ、チーム全員でガッツポーズをして喜びを爆発させる。それと同時に観客席も湧きあがった。

「ナイスキー!」

「朔斗先輩安定してるなぁ」

「すっげえかっこいい......」

 俊太郎が目を輝かせてるのを見て、郁瀬は自分の事のように嬉しくなった。

「祐飛、ナイストス」

「さすが、エース」

 二人の会話はいつも端的で、でも堅く通じ合っていて、それは決して揺るがなかった。だからこそ、あのスパイクが生まれる。二人ともそれをわかった上で、ここまでやって来た。

「このまま押してくぞ」

「よし!」

 チームの雰囲気はとても良かった。そんな姿を郁瀬たちはしっかりと目に焼き付けていた。

 その後、市立中央の優勢は続き、一セット目は25-14で折り返した。二セット目の序盤は少々流れに乗れず、一時は4点差まで開いたが、朔斗のスパイク、そして英成と裕太郎のブロックで取り返し、逆転。17点に抑えてマッチポイントを迎えた。

「寛斗、ナイスサーブ」

「おうよ」

 祐飛から受け取ったボールを抱えて、間合いを取る。寛斗は、いつもと同じ場所から、いつもと同じルーティンで呼吸を整えた。

 点差は8点。今のローテーションでの相手の弱点は後衛にいる4番か前衛の2番。4番のエースはどうやらレシーブが苦手なようでミスが目立っていたし、同時に次の攻撃への妨害にもなりうる。一方で2番はコンディションが悪いらしく、二セット目の中盤で交代していた。確実に決めるならそのふたつの狙いを選択するのが普通だろう。点差に余裕があるからといって、やることに変わりはない。自分の武器は確実さ。どんな状況でも冷静に、最大限の攻撃をする。

 その時、寛斗の耳に一人の声が飛び込んで来た。

「寛斗先輩! ナイッサー!」

 振り返るまでもない、郁瀬の声だ。すると、寛斗は中学時代のとある練習の時のことを思い出した。

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