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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅱ 始動篇
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5.6番のユニフォーム

 仮入部が始まって十日ほど経った放課後、郁瀬はゴミ袋を二つ持ってゴミ捨て場に向かっていた。


「黒沼のやつ、押し付けやがって」


 掃除当番が回ってきて、この前のツケがやってきた。及川はじゃんけんで勝ち、黒沼はミーティングに遅れると言って逃げて行った。


「ミーティングあるのはみんな一緒だっつーの」


 そもそも自分に非があることは棚に上げて、少々愚痴をこぼしながら歩いていると、ちょうど四組の教室から俊太郎が出てきた。


「おお、郁瀬。どうした? 一人でブツブツ言ってたけど」


 俊太郎に話しかけられて、自分の体裁がかなり恥ずかしかったことに気づいた郁瀬は顔を赤らめた。


「い、いやゴミ捨てジャンケン負けてさ」


「なんだそんなことか。郁瀬らしいね」


 そう言って俊太郎は笑った。郁瀬と俊太郎が話すのは、二日前の練習ぶりだった。


「そういえば、俊太郎は結局、部活決まったの?」


 俊太郎も健介も残りの男バレの仮入部日程は全て参加していたが、本人たちからきちんとした答えはもらっていなかった。


「うん、やっぱりここだなって思ったとこ見つかった」


 俊太郎がポケットから出した四つ折りの紙、それは本入部届と書かれていた。


 郁瀬はその紙に目を凝らすと、そこには俊太郎が望んだ部活名が記されていた。


「男子バレーボール部......おお! 俊太郎!」


「うん、これからよろしくね」


「なんだよー、回りくどい言い方して、ビビらせんなよー」


「そんな、怖がらせるつもりは。まだまだ下手だけど、色々教えてね」


「もちろん!」


 郁瀬と俊太郎はゴミ袋を捨てて、一緒にミーティングの教室へ向かった。


 やはり、他学年のフロアは空気が違う。それに今日は本入部の日でもあるので、少し雰囲気がそわそわしていた。二人は三階の奥にある二年九組の教室へ向かった。


「健介もいるかなー」


 郁瀬は期待を高らかに教室へ入ると、既に先輩たちは集まっていた。


「お、来たね。一年生は右側に座って」


「了解です」


 促された方には、先に朱俐が座っていたが、それ以外はいなかった。


「一年生、他にいないの?」


「いないな......正直、手応えあった人はあんまりいなかったしなぁ」


 他の日の仮入部には、健介と俊太郎の他にも数人来てはいたが、興味を持ってくれた感覚は薄かった。それに、健介に姿も見当たらない。


「健介、バスケ部にしたのかなぁ」


 郁瀬がそんな弱音を吐いていると、俊太郎は自信を持って否定した。


「健介は、きっと来るよ......!」


 しばらくして弥生先生がやって来た。もう間もなく、ミーティング開始の四時になる。


 時計を見た寛斗がミーティングを始めようと前に出た時だった。一人、駆け込んで来た者がいた。


「ま、まだ間に合いますか! 男バレ......!」


 そう叫んで教室に飛び込んだのは、健介だった。健介は右手握っていた入部届を前に突き出して頭を下げた。走ってくるときに力強く握りすぎてしまったのか、その紙は少しクシャっとなっていた。


「お、おう。全然大丈夫だよ」


 初回のミーティングとはいえ、受験とか面接のような厳かなものでもないので、寛斗は健介のあまりにも切羽詰まった登場に少々驚いたが、快く迎えた。


「健介! 来てくれた!」


「ヒーローの登場みたいじゃん」


「は、恥ずかしいからやめて……」


 郁瀬や俊太郎が少し茶化しながら歓迎すると、先ほどの威勢の良さはどこに行ったのか、いつもの内気な健介に戻っていた。


「じゃあとりあえず始めようかな」


 ミーティングはまず、自己紹介から始まった。


「じゃあ次、一年生お願いします」


 郁瀬、朱俐が初めに済ませ、二人も続いた。


「......朝日健介です。バレーは初心者です。緊張しやすい性格ですが、精一杯頑張るのでよろしくお願いします」


「あがり症で、口下手な奴はここにもいるから心配すんな」


 英成はそう言って、啓司を小突いた。啓司は少しムッとした表情をするも、文字通り口下手なので喋りはしなかった。


「柳瀬俊太郎です! 初心者なので右も左もわからないけれど、とにかく頑張ります! よろしくお願いします」


「なんとなく、雰囲気が裕太郎に似てる感じするね」


「確かに、優しそうな子だねー」


 一年生の初々しい自己紹介を祐飛と裕太郎は微笑ましく聞いていた。


 拍手が響き、それが止むと寛斗がその場を締めた。


「それじゃあ今日から新しく一年生も入ったことで、新しい環境になるけど、まずは来週の春季大会に向けて気合い入れていこう」


「えっ......」


 入部して早速大会と聞いた俊太郎は驚いて、思わず隣の郁瀬に視線を送る。それに気づいた郁瀬は細かく頷いた。


「じゃあ次に先生からお願いします」


 監督は廊下に置いていた段ボールを持って前に立った。


「じゃあ改めて、顧問の弥生です。今日からまた新体制になるとはいえ、やることはいつも通り、自分たちのしたいバレーを丁寧に形づくっていく。それを忘れないように」


 話の終わりと同時に、弥生は持ってきた段ボールを音を立てて開いた。


「それじゃあ、今回の春季大会のメンバーを発表する。今回は本入部してすぐだから、一年生にはサポートをお願いしたい」


 メンバー発表という言葉に、教室の中に緊張感が走った。皆、静かな闘志を燃やしている。その炎の滾りが聞こえてきそうなほどであった。


「では、呼ばれたら前に出てきてユニフォームを持っていくように。1番、青葉......」


 三年生を中心に順当に呼ばれていったが、6番のところで少しどよめきが起こった。


「6番、中村」


「は、はい!」


 航生は名前を呼ばれると思っていなかったのか、少し声が上ずっていた。


「いつも航生先輩が正リベロなのかな」


「......いや、違うっぽいぞ」


 朱俐は少し言いづらそうにして、視線で郁瀬を促した。郁瀬はその視線の先に目を向けると、優斗が俯いていた。


「団体競技といえど、スポーツに変わりはない。俺たちはそういう弱肉強食の世界にいるから、仕方ないよ......」


 弥生はその後も相変わらずして、レギュラー11人を呼び終えた。6番の航生以外は三年生から順当に呼ばれた。


「今回は、中村をリベロで入れたいと思う。中村はそのつもりで。じゃあ私からは以上」


 弥生からバトンを受け取った寛斗が、再び前に立ってミーティングを進める。


「じゃあ明日の練習からチーム練のAチームには航生を入れて……優斗はBチーム方に」


 寛斗の声色も決して明るいものではなかった。スタメンに選ばれた航生が悪いわけでは決してない。むしろ、目覚ましい成長が順当に評価された結果で、喜ばしいものである。しかし、三年生にとって残りの公式試合は片手で数えられるほど。そんな時に今まで正リベロとして、同期として一緒に戦ってきた仲間をBチームに入れると言うのは苦渋の発言だ。それでも、チームを一番に考える監督が選んだ選択に従うほかなかった。


「ってことで今日は解散。郁瀬と朱俐は帰る前に、二人に部室の場所を案内してくれる?」


 郁瀬と朱俐は「了解です」と答え、荷物をまとめた。


 寛斗に従って、他の部員もそれぞれ解散していく中、航生と優斗はしばらく座ったままで、誰も声をかけられなかった。


 郁瀬は何か声をかけた方がいいかと思ったが、朱俐が腕をつかんで制止した。


「今は、入ったばかりの俺たちにできることはない」


 非情だが、朱俐の言うことは正しかった。先輩との関係性を築き始めているとはいえ、部に来てからまだ二週間。本入部も今日からだというのに、二年三年と時を積み重ねてきた人に安易に物申すことなどできまい。


 郁瀬は自分の無力さと現実の厳しさを目の当たりにして、気が重くなった。結局、一年生の四人も挨拶だけして、寛斗に言われた通り、部室に向かうことにした。


 さっきまでは新しいスタートにワクワクしていた四人もいきなり現実に突きつけられ、さすがに思うことがあり、なかなか口を開けずにいた。


 部室までの道は沈黙が続いたが、しばらくして朱俐がその重苦しい空気を割った。


「俺も、ずっと見てたわけじゃないし、言える立場じゃないのは分かってるけど……優斗先輩、たぶん最近スランプ気味なんだと思う。何となくだけど……」


 郁瀬も頷く。この二週間、優斗のミスが目立っていたのは確かだった。レセプションはチームで一番の実力を誇っていたが、ディグに関しては朔斗や航生の方がよくあげていた。


「レシーブの要、頼られる存在、それが揺らいでしまうとチームが崩れる。だから、監督の判断も間違っていない。けどきっとそれは先輩自身が一番理解してることで……三年のこの時期のスランプ、しかも航生先輩の存在もあって、余裕なくなってた感じだった」


 優斗は給水時間もレシーブの練習をしていた。スランプへの焦りや不安を紛らわすためにずっと練習していたが、負のイメージは消えることなく、むしろ不安と焦りの色は募っていくばかりだった。


「......きっと他人事じゃないんだよね、俺たちも」


 俊太郎はそう言って気を落とした。すると、健介はこの重たい空気に風を吹かせた。


「......だからこそ、強くならなきゃって......そうやって成長していくんだよ......きっと......先輩も焦りながら気づいてたんだと思う。未来の種はもう種じゃなくて、立派な若木になってるってこと......」


 健介は仮入部の時を思い出して言った。アンダーハンドパスの練習をしていると、優斗が声をかけてきた。


「どう? やっぱり腕痛いか?」


「......まあ、まだ少し......」


 優斗は健介が赤くなった腕をさすっているのを見て、その初々しさに微笑んだ。


「レシーブって地味だよね。そりゃあ上手くなって強打とか取れたら見応えあるけど、それ以外はあんまり目立たないし」


 健介は直上パスをやめて、優斗の話に耳を傾けた。


「レシーブって守備だと思う?」


「......え、えっと……はい」


「だよな。でも、レシーブって勿論守備でもあるけど、仲間へと繋ぐ一本目、つまり攻撃の第一段階を担うんだ。バレーボールは三回しか触れない。そのうちの一回は必ずレシーブって考えると、レシーブは攻撃までの過程の三分の一に値するんだよ。大事でしょ? それに、相手にとって渾身のスパイクを拾われた時の精神的なダメージは大きい。レシーブって、実は攻撃でもあるんだよ」


「なるほど......」


「そう思えたら、レシーブって楽しいだろ? 奥深いというか、計り知れない可能性を生み出せる魅力がある」


 優斗は楽しそうにそれを話した。まだバレーに関してよくわからない健介も、それにつられて、つい頷いてしまった。すると、優斗はすっと顔色を変え、少し落ち着いた表情をした。


「リベロの俺もさ、時々レシーブの意義ってやつを見失う時があってさ......そしたら、さっきのことを思い出すんだ」


 優斗の目は澄んでいた。遠くを見つめて、まるで未来を見ているような瞳だった。健介はふと頭に降りてきた素朴な疑問を優斗にぶつけた。


「......せ、先輩」


「......あの、どうして......リベロなんですか」


 その質問に優斗は少し驚いたが、すぐに答えを出した。


「それは……もちろん」


 優斗と目が合って、健介はいつものように、目を逸らそうとした。しかし、その時は逸らせなかった。真っ直ぐで、汚れたものなどひとつもない純粋な気持ちが視線で伝わる。


「一番大好きだからに決まってんだろ」


 その答えに迷いがなかった。健介は、ふと中学のバスケ部時代の自分を思い出した。自分はバスケットボールに、こんなにも真っ直ぐ向き合えていただろうか。ずっと自信を持てずにいた過去の自分と比べると、目の前の優斗はとても偉大に見えた。


「先輩は……迷いとかないんですか」


 なぜ、そんなにも強くあれるのか。練習を重ねたからだろうか、それとも、才能があるからか。気づけば、思いが健介の口からこぼれた。


「......無いって言ったら噓になる。けど、もう俺たちには迷ってる暇なんてないから......」


 優斗はそう言ってからちらっとコートの方を見た。コートでは給水を終えた二年生たちがレセプションの自主練をしていた。健介は優斗の言葉に少しだけ憂いを感じたのだった。


 あれから二週間、健介の頭には今でも優斗のあの瞳が焼き付いている。愛するポジションだからこそ、迷いや不安、焦りもあって、でも前を向いていたい。そして、最後に優斗がコートを見ていた刹那。あの時、優斗には何が見えていたのか、健介には分からなかったが、大事な何かがある気はしていた。


「......未来へ繋ぐってことなのかな」


 郁瀬は部室のドアノブに手をかけて呟いた。初日にもかかわらず、皆の顔は重苦しい表情だった。







「なぁ、航生」


 しばらく席から動かずにいた航生を見て、優斗は痺れを切らして後ろから声をかけた。


「別に俺、悲劇のヒロインでも何でもねえから」


 その一言にはっとして、航生はとうとう顔を上げた。視線の先の優斗は怒っているわけでもなく落ち込んでいるわけでもなく、真剣に航生を見ていた。


「チームで戦ってんだ。誰だってやることは一緒だろ」


 優斗は少し口角を上げて、航生の肩に手を置いた。航生の後ろにはもう迷いも、戻る道も、なかった。


「もちろんです」


 その勢いに負けていられない。先輩だろうと容赦していたらあっという間に終わってしまう。優斗の視線に応えて、航生は強く頷き、教室を後にした。


 優斗は航生が去るのを見届けると、ため込んでいた気持ちがどっと溢れてきた。わかっていたはずの未来、だけどそれは想像よりもはるかに残酷だった。中身のない体が呆然としている感覚、不意に襲われた虚無感になかなか帰れずにいた。


「俺はあいつに繋いだんだ」


 そう自分に言い聞かせて、あふれる涙を必死にこらえた。まだ終わっていないのに、泣くわけにはいかなかったから。


「......これで良かったんだよな」


リュックを背負い、昇降口の前で航生は空を見上げ、優斗は教室の窓の外を眺めた。二人の目に映るのは同じ空。薄ら赤く夕暮れが近づいている。


 航生が手に持っている6番のユニフォームは遠い過去から繋がれてきた、市立中央の歴代のリベロの魂がこもっている。


(今、するべきことは何だ。考えろ)


 己の中で自問自答を繰り返して、二人はそれぞれ決意を固くした。


「繋ぐんだ......!」


 ユニフォームを握りしめ、二人はそれぞれ歩き出した。

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