46.凪ぐ
「......惜しかったなぁ」
「でも、バレーボール、めっちゃ面白かったわ。今度の世界バレー、見ようかな」
「俺も。今すぐ体動かしたくなってきちゃった」
試合前と変わらず、黒沼は溢れ出る興奮を周りに振りまいていた。その様子を見て、晴と及川も笑っている。しかし、湊だけは一人、違う感情でいた。
「なぁ、湊。俺たちもあんな風に熱い試合やりてぇな」
黒沼が話しかけても、湊は答えることなく、ぼーっと試合が終わった後のコートを眺めていた。つい先ほどまで白熱していた舞台は、嵐が過ぎ去ったように凪いでいた。
「っておい、聞いてんのか?」
黒沼につつかれて、湊はやっと正気を取り戻した。
「......ん? ごめん、聞いてなかった」
黒沼は湊のいつもと違う様子に気づいていたが、敢えてその時は何も言わなかった。
「帰るぞ」
湊にはきっと、今、向き合う時間が必要なんだ。黒沼は、いつも気丈に振舞う湊の弱さを初めて目にした。その弱さは、今までの挙動の違和感と辻褄があった。
「郁瀬に伝言を頼んでもいいか?」
湊も、今は直接、郁瀬とは会えないと察した。逃げているかもしれないけれど、今、言葉を交わせば、自分が崩れそうだった。客席で試合後の片づけをしていた俊太郎と健介に湊は伝言を残し、晴と及川と黒沼と湊の四人は会場を後にした。
郁瀬と朱俐は荷物などをまとめて、コートから撤収した。アリーナから少し離れたロビーで三年生たちの後ろ姿を見た。顔を見なくとも、彼らの気持ちは痛いほどに伝わってきた。
「二人とも、行くぞ」
航生は場を察して、二人を促した。階段を登りながら、航生が口を開いて、言った。
「明日からは俺たちが繋ぐぞ。先輩たちの全部を」
静かで力の籠った言葉に、郁瀬と朱俐は固く頷いた。
客席に戻ると、健介と俊太郎が郁瀬たちの持つ荷物を受け取った。
「そういえば、郁瀬。湊から伝言あったぞ」
伝言と聞いて、郁瀬は笑みを浮かべた。
「かっこよかったってさ」
湊にバレーをしている姿を見せるのは初めてだった。たった一言の言葉を言った時の湊の顔を想像すると、嬉しさとともに笑いがこぼれた。直接伝えないで伝言という形なのが、湊らしい。郁瀬は、湊の複雑な心境を知る由もなく、見に来てくれた感謝を伝えるため、携帯のメッセージアプリを開いた。
「非常に見応えのある試合でしたね。今大会のダークホースとして格上の強豪を倒し、準決勝まで勝ち上がった市立中央でしたが、あと一歩のところで、絶対王者に屈しました」
スマホを持つ手が震える。自分事のように悔しく、そしてやはり、綺麗だった。開いていた数学のノートに滲む涙が、それを物語っている。
「え、羽月。なんで泣いてんの?」
授業中にこっそり見ていた時は、バレないように堪えていたが、休み時間になってその堰が切られた。
「......っ、あいつらと戦えて......っ、本当に......よかった」
クラスメイトから差し出されたハンカチで涙を拭った羽月を西日が差し込んで、カーテンの隙間から照らした。




