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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅷ vs総武学院高校篇
48/53

45.もう一枚の羽

 土曜授業があって、会場に行けなかった羽月は、片耳にイヤホンをして、スマホを見つめていた。画面の中では、アイツらが、目の離せない展開を繰り広げている。海原北溟戦の結果を聞き、そして今、前回の覇者を相手にフルセットまで粘っている。

「羽月、何見てんの?」

 クラスメイトが話しかけてきても、羽月は答えられなかった。それほど、この試合に夢中になっていた。

「さぁ、試合も終盤になってまいりました。第三セット、セットカウント1-1。現在17-18え総武学院が一点リードしている展開です」

 羽月は手汗を握りしめ、祈った。どうか最後まで、やりきってくれ、と。






 いいスパイクだ。無駄のない動き、しなやかな伸びとそこから繰り出される弾道。自分に比べればパワーもガタイも劣るけど、高い身体能力を余すことなく武器にしている。でもこれは、天性の才能じゃない。レシーブを受ければわかる。彼の強さは磨かれている。努力の結晶だ。

 でも、双子なだけで、中身は全然違う。弟みたいになりたいか? そう聞かれたら、きっと首を縦に振ることは無いだろう。尊敬はしている。強さも知っている。でも、自分と弟とでは全然違う。スパイクも、パワータイプの自分と頭脳タイプの伯斗では磨き方が違う。ならば、もう自分が導く時は終わった。それを確信したのは、中学の最後の学総だった。力の差を感じて、悔しかったし、比べられる怖さもあった。だけど、学総の最後の試合、一人最後まで粘り、必死に打っていたスパイクは、希望だった。可能性を感じる弟のスパイクは、少なからず朔斗の心も動かしていた。それと同時に、自分とはもう同じ舞台にはいないことも悟った。

 素直に応援できれば良かった。だが、試合が終わってアリーナ裏で大人の会話を耳にしてしまった。

「西村の双子、弟は良い選手になるんじゃないですか?」

「そうですね、弟には可能性を感じますね」

「それに比べると兄の方は、これ以上厳しいですね......正直」

 今まで何度も聞いた言葉、その日は何故かいつもより深く刺さった。そして思ってしまった。もう、伯斗に自分は必要ない。もう、伯斗とバレーをしなくていい。もう、比べられることはない。自分が導かなくてもいいというのは、自分が傷つかないための聞こえの良い言い訳に過ぎなかった。そして、自分勝手な考えで、伯斗を乱暴に突き放した。

 あれから三年、恐れていたのは自分だった。今、目の前にいるのは、自分で掴み取った弟の成長の姿。祐飛に励まされ、きちんと向き合った弟を見て、朔斗は自分自身にひとつ問いかけてみた。

「なぁ......まだ弟が怖いか」

 朔斗の答えはこの試合を通して変わりつつあった。伯斗は、食われる、比べられる存在ではなくて、一スパイカーとして賞賛できる、尊敬できる存在だと。ならば、もう弟には兄に執着して欲しくない。お互いのために決別しよう。突き放すのではなく、誓いをボールに込めて。

「じゃあな」

 朔斗のスパイクが決まり、18-18と並んだ。試合はクライマックスに差し掛かり、会場の熱気は一段と熱くなっている。その中で、市立中央の必死の応援も聞こえていた。

「ありがとう、みんな」

 ここでひとつ鼓舞しようと、朔斗は後ろから声を上げた。

「ここ一本だぞ、流れを取りに行こう」

 その声に他の選手たちは「おう」と声を揃えて応じた。チームの繋がりも最高潮に高まっているのを朔斗は感じた。

「頼もしいな、うちのエースは」

 寛斗は優斗に笑って言った。今、自分たちは最高潮に達している。でも、総武学院はまだまだ燃える余地があるように見えた。格上の相手なのは今にわかったことではない。自分たちの勝利の鍵は粘ること。スパイクはできるだけ打つ。ブロックは手を伸ばして少しでもボールに触れられるように。レシーブは相手に隙を見せぬように。耐えて、耐えて、耐えた先に自分たちの一点がある。そしてその一点を掴んだ時……。啓司のコンビ攻撃が決まり、六人は喜びを噛み締めた。


――今、自分たちは心の底からバレーを楽しんでいる。


「青葉、寛斗です。ここで一点を噛み締められるチームを作っていきたいです!」


 入部初日、意気込みとして言った言葉が今も頭の中に残っている。三年間ともに切磋琢磨して、ここまで来たこいつらを見れば、自信を持って言える。最高のチームだ。

 寛斗はベンチを見た。二年生、そして一年生もいい目をしている。どうか、この景色を目に焼き付けてくれ。この気持ちを繋いでくれ。そして、自分たちの手でもう一度ここの舞台に帰ってきてくれ。

 そして、郁瀬。少しでも答えに近づけてあげられただろうか。あの日、偶然が重なってここを選んでくれた。今はもうあの頃の迷う郁瀬とは全然違う。最高のスパイクにはまだまだ道があるかもしれないけど、彼のスパイクには強さが宿り始めた。自分たちが導けるのはきっとここまでだ。ここから先は、二年生と、一年生、監督、たくさんの仲間に支えられながら進んでいけ。寛斗のレシーブを祐飛が繋いで、朔斗へ。朔斗は残る力を振り絞って、ブロックの鉄壁を打ち砕く。喜びを噛み締める傍ら、23-23と得点板が示しているのが寛斗の目に入った。

 伯斗のスパイクが決まり、マッチポイントを先に握ったのは総武学院。弥生は最後のタイムアウトを取った。

 エースって何だろう。朔斗はずっと思ってきた。小さい頃は、よくエースになるんだと言っていた。でも、バレーの階段を上るほどに、その存在は分からないものになっていた。そして、三年間この白のユニフォームを着て飛び続けて、少し掴めた気がする。この大会が始まった時は、新鮮に感じたこの助走も今日で三日目。自分はこのチームの羽になれただろうか。

「落ち着いて行こう。まだ終わってないぞ」

「まず一点取ろう、一点」

 朔斗は仲間の目を見渡した。誰一人、光を失っている者はいない。背水の陣となった緊張と高まるエンジンが高尚な感覚をもたらしている。朔斗はもう一度自分の体を叩いて気合を入れ、コートに戻った。

 笛が鳴り、サーブがやってくる。容赦などない強気のサーブ、それでいい。優斗が崩れる体勢で何とかあげる。渾身のレシーブは祐飛の元へ飛んで行った。何度も何度も上げたトス。祐飛はいつもの体勢でボールに触れた。ボールは重く、熱かった。

 そして、美しい軌道を描いて、ボールはアウトサイドに飛んで行く。レフトだけじゃない、全員で攻撃態勢に入った。その中で選ばれたのは、朔斗だ。

 自分が何故、エースを目指したのか、今ならわかる気がする。小さい時に初めて見たバレーボール。その時のエースは、主人公じゃなかった。チーム全員で一人の主人公を作る。その中で自分は羽になりたかった。なぜなら、羽は一枚では飛べない。必ず二つ要る。ならば、もう片方の羽は……。

 一歩、一歩確かな道を踏み込んでいく。飛び上がった先、上空約3mの世界。白い光がコートを照らし、躍動する戦士たちの呼吸を輝かせていた。美しい景色だった。朔斗は最後の力を、繋いだひとつの塊に押し込めて打ち抜いた。

 総武学院のレシーバーは、重く沈み込んでくるボールを必死にあげるも、後ろへ弾いた。リベロが走ってそのボールを追いかける。伸ばした腕の先に落ちたボールは、その息を絶やさぬように、むしろ、もう一度息を吹き返すようにコートへ戻ってくる。そして、市立中央の六人の目の先には、一枚の羽が見えた。

「もう一枚の羽は……お前だ」

 総武学院、4番のスパイクが、光のように大気を貫いて、崩れる市立中央の陣に刺さる。必死に伸ばした優斗の腕のわずか数センチ先に、ボールは散った。

 何も感じない、何も聞こえない。聞こえるのは、荒い呼吸の音だけ。終わりを告げる笛が鳴るまでの刹那が永遠に感じられた。誰の目からも涙は出てこない。皆、いつの間にか辿り着いた白い光に包まれた暖かな場所に馳せていた。

 足だけが正気のようで、エンドラインに向かい、一列に並んだ。目の先に見える得点板、市立中央は23、そして総武学院に25の数字が刻まれていた。

 徐々に鼓動が聞こえてきて、現実がやって来た。笛が鳴り、頭を下げた時、汗なのか涙なのか分からない水が床にこぼれた。そして、体と心が重なって、白い戦士たちは一つの場所へ辿り着いた。後ろにはたくさんの思いが繋がったまま、終止符の上に立つ。そこは美しく、儚かった。

 午後2時30分。ベスト4の地で、三年生、八名の高校バレーの幕が下りた。

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