39.旧友
寛斗は腕時計を確認して、苦い顔をした。
「やっぱり、ダメか……」
「先輩、そろそろアップ行きましょー」
郁瀬に呼ばれて、寛斗は腕時計を外し、バッグにしまってサブアリーナに向かった。
体調が回復した優斗は復帰して、航生とともに最終調整に入っている。故障した裕太郎はベンチから見届けることなり、ユニフォームもそのまま着続けることに決めた。その他のメンバーも各々気持ちを引き締めてアップに臨んでいる。
「みんな、良い目してるな」
祐飛の言葉に寛斗は強く頷いた。市立中央にとってここからは初めての戦い。それぞれがこの先の戦いに闘志を燃やしていた。
「郁瀬、今日は格段と調子いいじゃん」
「試合でもこれくらい出せればいいんですけど……」
「今は見えなくても、自分の等身大で飛べばできるさ」
「あ、ありがとうございます!」
朔斗の助言は郁瀬に大きな自信を宿した。あとは、この自信の炎を消さないこと。あいつに言われっぱなしというわけにはいかない。一方の朔斗も、この前の試合の時にあった揺らぎは見えなかった。きちんと向き合う、そして、市立中央の羽になる。そう覚悟した眼を宿した。
前の試合がマッチポイントになり、寛斗たちは入り口に待機した。すると、寛斗はメンバーに向き直って、一言告げた。
「......ここから先はまだ見たことないものばかりだけど、このメンバーだったらどこまでも行けるって本気で思える」
言葉をストレートに伝えるのは少し恥ずかしかったけど、この気持ちは皆、同じようだった。扉の先で試合の終わりを告げる笛が聞こえた。いよいよ、出陣の時だ。
「よし、気合い入れてくぞ。せーの!」
「よーし!」
三年間共にこの光を浴びた白いユニフォーム。今日も変わらず光を反射して、輝いて見える。これまでにならないほどの注目を向けられ、緊張が高まるのを抑えながら、公式練習までこなした。
「どうだ、調子は」
祐飛は給水していた朔斗に声をかける。スパイカーとセッターの連携を崩したら一巻の終わりだ。祐飛は試合前のコミュニケーションを今日も欠かさなかった。
「問題ない。ありがとうな」
祐飛は昨日から朔斗がそう言う度に、少しばかり心配が募っていた。彼とは中学の頃からの付き合い。朔斗の優しさも抱えている気持ちも、祐飛には何となく分かっていた。
整列をして、改めて相手を前にしたとき、朔斗の目がピクリと動いたのを祐飛は見逃さなかった。
縁あって、祐飛と朔斗は中学三年間ずっと同じクラスになった。その頃朔斗は、クラスでトップクラスに運動神経の良いバレー部のエースであり、祐飛は勉強も運動もそこそこできるテニス部のただの部員で、朔斗みたいに突出したものは無かった。特徴で言えば何の接点もない二人であったが、三年間もクラスが同じなものだから、次第に話すようになり、三年の頃には修学旅行の班を一緒に組むくらい仲を深めていた。
晩秋の、三年生はそれぞれ志望校を決めて受験勉強に臨んでいる頃。帰りのホームルームの時に、一つ前の席の朔斗が振り返って、祐飛に話しかけてきた。
「なぁ、祐飛は志望校決めたか?」
担任が教室の前方で事務連絡をしていたので、朔斗は話しているのがバレないようにヒソヒソと言った。
「あぁ、俺は市立中央にしようかなって思ってる。文化祭行って、雰囲気良さそうだったし」
すると朔斗は何故か驚いて、傾けていた椅子から転げ落ちた。朔斗は担任から注意されて座り直し、もう一度振り返った。
「そこ、俺も考えてるんだよな」
「そうなの?」
祐飛にとっては、朔斗が公立高校に進学するなど少しも思っていなかったので、意外だった。
「てっきり、もう決まってんのかと思ってたよ。部活で推薦とか来てるだろ?」
それを聞いた朔斗は苦い表情をしていた。祐飛は不快にさせてしまったと思って話題を変えようとしたが、朔斗が先に話し始めた。
「まぁ来てたけど、伯斗が取るだろ」
うちのバレー部が有名なのは、朔斗が大エースであるからだけではない。朔斗の双子の弟の伯斗もエースで、双子エースとして有名だったのだ。実力は甲乙つけがたく、伯斗が推薦を取るというのも何らあり得ない話ではなかった。祐飛はこれ以上深く掘り下げても苦しいだけなので、適当な相槌を打った。
それから高校に進学して、祐飛と朔斗は二人揃って市立中央に入学した。伯斗は、これもまた朔斗の言った通りにバレーボールの強豪校の総武学院へ進学したそうだ。
入学してからほどなくして、隣のクラスだった朔斗が、放課後に祐飛の教室に飛び込んできた。
「なぁ、祐飛。バレー部入ってくれ!」
突拍子もない発言に少々呆れ気味の祐飛は疑わしい表情を浮かべた。
「何で急に」
「セッターがいないんだよ、セッターが!」
祐飛でもセッターという言葉は知っていたので、それがいないことの不利さも分かっていた。
「俺、全然やったことないし」
「あるじゃん。中学の時の授業でトス上げてくれたじゃん」
「あれは……それっぽくやってみただけだし」
それでも朔斗は引き下がらなかった。朔斗がそこまで粘る気持ちは無理もない。スパイカーはセッターがいなければ意味が無いから。
「頼む! 一生のお願い!」
しかし、何故だかお願いされる度に、祐飛の心は嫌な感じがしなくなっていった。元々、高校の部活に関してはノープランだったので、白紙に無理矢理色を塗られて、その色に染まろうとしていたのかもしれない。必死の頼み込みに折れた祐飛は、仮入部の後にバレー部に入部届を提出した。
バレー部に入った以上、生半可な気持ちで臨むようなことは祐飛のポリシーに反する。初めのうちは、テニス由来の癖が抜けずに苦戦していたが、何度も何度もスパイカーにトスを上げ続け、反復練習の成果で成長することができた。
もちろん、朔斗とも良好な関係が続いていたが、一つだけ触れてはいけないものがあった。それは弟の伯斗について。一度だけ触れようとしたが、朔斗はあまり良い顔をしていなかったので、それから金輪際話題に出すことは無く、それがお互いの暗黙の了解となっていた。
そして、六月。最後の大会も近づいてきた時、最後の大会も近づいてきた時に弥生監督が告げたのが、総武学院との練習試合だった。祐飛は朔斗の顔を見なくとも気持ちが伝わってきた。強豪の総武学院との試合は市立中央にとって光栄なことであり、成長できる絶好の機会だ。そんな機会を潰すわけにはいかないが、朔斗のことも心配だった。弥生監督の話が終わって、祐飛は監督に一つお願いをした。
「監督、総武学院と試合する時なんですけど。俺が言うのもなんですが……朔斗のことを気にかけてやってください」
弥生監督は少し考えて、祐飛の頼みの理由を察したようで、「わかった」と了解した。
案の定、総武学院との試合は厳しいものであった。祐飛は気を落とす朔斗に何か声をかけようと思ったが、やめた。自分が本当にセッターならば、スパイカーが崩れた時にはトスで手を差し伸べればいい。失った自信を取り戻すため、祐飛は何も言わず、しばらくの間、朔斗には得意のオープントスを上げた。




