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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅷ vs総武学院高校篇
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38.Re'Days

 六月の末だというのに既に三十度を超える日が出てきて、遠くで蝉が鳴いている。バスを降りて白い建物が目に入ると、体に少しばかりの緊張が走った。どうして自分が緊張するのか、今日の主役は自分ではないのに。

「前回はバタバタだったからな」

「今日はさすがに遅れられないでしょ」

 差し入れのビニール袋を両手に持って及川と晴が笑っている。横を歩く黒沼は、一昨日、郁瀬に結果を聞いてから興奮を隠しきれずにいた。

「あぁ。なんてったって、準決勝だもんな。このまま全国行けるかもしれないもんな! うわぁテンション上がってきた」

「何でお前が一番騒いでんだよ」

 いつもなら大笑いするところなのに、唯一湊の笑いはぎこちないものだった。

「どうした、なんか考え事でもしてるの? 湊」

 湊は及川の指摘にギクリとして、焦りを隠そうと必死に笑顔を作った。

「な、何となく緊張するっていうか……あいつの試合見るの、初めてだし......」

「まぁ大一番だしな。湊の気持ちもわかるぞ!」

 湊は黒沼に背中を叩かれて、少し勢いが強すぎるのではないかと思ったが、今は黒沼の能天気さに救われた。きっと、この気持ちは緊張だけじゃない。あの日、郁瀬と向き合うと決めて、手探りだけど自分なりに向き合ってみた。存続が危ぶまれた野球部の部員募集から、自主練、初心者指導、それから道具を整備してみたり。そして、今日初めて郁瀬たちの試合を見る。今までは話を聞いたりするだけだったけど、ついに目の当たりにするのだ。本当の「本気」を。自分はその時、どう思うのだろうか。

「うわ、凄い熱気だな......」

 アリーナに入ると、野球やテニスにはない屋内ならではの反響する会場の熱気や声援が一気に身を包む。さっきまで騒いでいた黒沼も、この雰囲気に圧倒されてしばらく言葉を失っていた。シューズの音とボールの音があちこちで鳴いていて、まるでライブ会場のようなざわめきだった。

 市立中央の席を探して、四人は健介と俊太郎に合流した。

「湊君、郁瀬の試合見るの初めてなんでしょ?」

「うん」

 俊太郎は手際よく、救急バッグの中身を確認しながら、会話を続けた。

「郁瀬、今日出るかもよ。練習の時、調子良さそうだったし」

 俊太郎は湊にそう言うと、荷物をまとめて健介と一緒にアリーナ一階へ向かった。

 湊は目の前のコートを見つめて、他の人に聞こえないように小さくため息を漏らした。目の前の試合はもう終盤に入っている。歓声が一段と大きくなって、一点取るたびに地が揺れるほどの声援が湧き上がっていた。

「こうなれるのかな......俺たちも......」

 すると、歓喜の悲鳴が上がり、目の前の試合に決着が着いた。手前のチームはメンバーで抱き合って笑いあっている。奥のチームはチームメイトの肩をそれぞれ抱えながら涙を拭っていた。湊たちは、大舞台の勝負を目の当たりにして、そんな舞台に郁瀬たちが立とうとしてると思うと、自然と口数が少なくなっていた。

 そこに、見覚えのある者たちが飛び込んできた。白に朱色のラインが入ったユニフォーム。彼らはチームを鼓舞するように声を上げながら、舞台に降り立った。四人は気づけば、保護者に渡されたメガホンを叩いて声を出していた。公式練習が始まり、健介と俊太郎が観客席に戻ってくると、湊たちは一通りの応援を教えてもらった。数分後、声援は静寂へと変わり、その静けさの中に両チームの選手たちは整列した。

 午後12時30分。主審の笛は高らかと鳴り、決戦の火蓋が切られた。両者の声援は一段と増して、火の粉を巻き上げる。湊も一度心の違和感を忘れて、負けじと声を張り上げた。







 時計の針を見て、10時を回ったことを確認した凛はモーニングメニューを回収してランチメニューに変えた。土曜日ということもあって、この時間帯は比較的店内も落ち着ている。カウンターでコーヒーを飲んでいたお客さんが店を去り、一時的に客がいなくなった店内は、ゆったりとしたBGMが流れていた。

 少しして、ランチメニューのスープの仕込みが終わった凛の兄が厨房から出てきてBGMを変えた。普段は滅多にBGMを変えないので凛が不思議に思っていると、耳に流れてきたのは懐かしい曲だった。

「凛、覚えてるか? この曲」

「え? あぁ。『Re'Days』だっけ。アニメの主題歌じゃなかった?」

「そうそう。昔、お前と寛斗君がここでよく歌ってた」

「そうだっけ。俺、あんまり覚えてないな」

 しばらく過去を振り返らないようにしていたから、昔のことはあまり覚えていなかった。でも、この曲は聞き覚えがある。

「この曲がどうしたの?」

 兄は厨房かに戻って乾いた食器を棚に戻しながら答えた。

「俺がバレーボールのアニメを見てて、一緒に見てたお前が突然、「俺もバレーやりたい」って言いだして、それでお前は、バレー始めたんだよ」

 唐突な過去のエピソードに脈絡が全然掴めず、凛は困惑するばかりだった。曲はラスサビへと向かってテンポを上げている。ちょうどラスサビに入った時、兄が手を止めてこちらを見た。

「お前、本当にいいの?」

「えっ?」

 兄はエプロンのポケットから四つ折りの紙を取り出して、凛に差し出した。

「一昨日、寛斗君が店に来てさ」

 凛は紙を広げると、そこには見覚えのある字で記された二日目までの結果が書いてあった。

「今日、県大会の準決勝なんだってな。すげぇじゃん」

 男子バレー部の結果は学校でも噂になっていて、凛も軽くは知っていた。でも改めてトーナメントを見ると、ここまで勝ち上がっていることに少なからず心が動いてしまっていた。それでもやはり......。

「俺はもう......」

 凛が紙を閉じて言いかけた途端、兄はもう一度厨房から出てきて、その言葉を遮った。

「父さんも! 母さんも......お前にそんなこと望んでない。俺も、望んでない」

 流れていた曲が終わって、店は静まり返った。いつもは静観するタイプの兄に初めて強い言葉を投げられ、凛は少し動揺した。

「もう一回聞く? 本当にいいのか? このまま終わりにして」

 凛は俯いた。色んな感情が蠢き、心が張り裂けそうになっている。こんな感情は、あの事故の日以来だった。

「俺は……」

 どれが答えなのか分からない。何を選べばいいのか分からない。しばらく凛は次の言葉が出せずにいた。そんな凛を兄は黙って見つめ続けた。

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