37.エースの覚悟
試合後のダウンを終えて、郁瀬は応援に来てくれた晴と及川に挨拶をしに行った。
「出られなくて残念だったな」
「まぁね」
「俺、初めてバレーの試合見たけど、めちゃくちゃ面白かったよ」
バレーをこんなにも楽しそうに見てくれたことに、郁瀬は嬉しさと少し照れくささを感じた。決勝も応援に行くと聞いて二人とは別れ、郁瀬はチームの方に戻った。先ほどまで試合をしていたコートは役員の学生が整備に入っていて、静寂に包まれている。隣では女子の準々決勝が盛り上がりを見せていた。
身支度を終えて、寛斗たちは弥生監督の元へ集合した。
「今日はお疲れ様」
その一言から始まり、淡々と今日の振り返り、それから明日以降について確認した。
「さっき、準々決勝が全部終わって、ベスト4が出揃った。今年のベスト4は……」
大会二日目、男子の日程が全て終わり、16校の中から12校が涙を呑み、4校だけが残った。残った4校は、総武学院、市立中央、創明学園、星野済矢。ベスト4が出揃った時、市立中央は誰も予想していなかったカードで驚かれた。一方、対のトーナメントでも、創明学園が下剋上を果たし、優勝候補であった神佐総合や神葉西が姿を消すという波乱が起こっていた。
「市立中央の次の相手は……」
改めてトーナメントを確認しなくとも、チーム全員、無言の中で答えを共有していた。
「......総武学院」
その名に自ずとチーム内で緊張が走る。大会前の練習試合での苦い過去、そして王者の圧。中でも心配は朔斗に向けられた。しかし、朔斗はこの事実に顔色を変えることはなかった。皆の視線に応えるように朔斗は言った。
「とっくに覚悟はできてる。だから、俺は大丈夫。最後まで飛ぶぞ」
エースの力強いその言葉にチームの炎は盛んに燃え出した。
「そうだな......よし。明日俺たちは完全な挑戦者。だけどそれはこれまでも同じだった。何も変わらない、いつも通り、全力でぶつかるぞ」
全力でぶつかり合った戦いの後の澄んだ空気に、気持ちを一致させた気合いが溶けていった。
解散の指示を受けてアリーナを出た時、目の前には少し早めの夕焼けが広がっていた。昨日同じ夕焼けを見た時、今日の結果は誰も知らなかった。もしかしたら、涙を流して見ていたかもしれない。それでも、下馬評を覆し、それぞれが己の傷を乗り越え、良い顔をしてこの景色に戻ってこれた。三日後に見る夕焼けはどんなものなのか。誰も知らない。だから、良い。自分たちにも、王者を倒す奇跡を起こす可能性があるんだ。
夕焼けを見つめる朔斗先輩は今、何を見ているんだろう。俊太郎は、先ほどの朔斗の言葉を信じたい気持ちと、あの自主練で聞いた過去を乗り越えられるのか、少し心配な気持ちが入り混じっていた。そんな俊太郎を見て、朔斗は肩を叩いた。
「心配ないよ。ちゃんと最後まで見届けてくれ」
俊太郎は朔斗の覚悟がただの覚悟ではないことを悟った。きっと先輩にしか見えていない未来があるんだと。俊太郎は朔斗の言葉を信じると、堅く頷いた。
越えられずにいた壁を越えて、その先の景色を見た14人の瞳に映るものは輝いている。次はいよいよ、県大会最終日。三日後の決戦に向けて気合いを改め、歩き出した。
寛斗は最寄りの三つ前の停留所でバスを降りた。家の近い郁瀬は不思議そうにしていたが、あまり踏み込んで聞いてはこなかった。エナメルバッグを背負い直して、寛斗は歩き出した。それから数十分ほど歩いて、ある店の前で立ち止まった。エナメルバッグから今日までの結果を記入したトーナメント表を取り出して、鈴の鳴る扉を開けた。
「いらっしゃい。おっ、寛斗君」
「......お久しぶりです」
寛斗は厨房からエプロン姿で出てきた人に軽く会釈して、その人へ歩み寄った。




