表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅶ vs海原北溟高校篇
39/53

36.『ありがとう』

 裕太郎のブロックポイントでブレイクした市立中央は、故障で倒れた裕太郎に代えて朱俐を戻した。残り四点。朱俐は外から試合を見ていた間に、頭の中で色々な策略を考えていた。リードしているとはいえ、その差は三点。いつひっくり返されてもおかしくない状況には変わりなかった。ただひとつ、有利と言えるのならば、先ほどの裕太郎のブロックでチームの士気がいっそう高まったことだ。

「裕太郎先輩、ありがとう」

 一セット目は及ばなかったブロック。今度こそは食らいついてみせる。そう意気込んで、朱俐は深呼吸した。

 そこからは互いに一点ずつ取り合い、市立中央が三点差のまま22-19となった。次のサーバーは祐飛。祐飛のサーブは晃大を避け、ライトの二年生を狙った。おかげでレシーブは少し離れて、セットアップが万全でなくなる。しかし、涼は万全な体勢でないにもかかわらず、スピードを衰えることなくトスを送った。

「くそ......あそこからもあのスピードかよ......!」

 朱俐は少し遅れを取ったが、必死にボールを追いかける。ここでやらなければ、一気に行かれる。手を伸ばせ、少しでも、数センチ先でも先に。全力で伸ばした腕の先に、大治郎の叩き込んだスパイクが当たる。

「チャンス!」

 休む間もなくすぐに間を取って助走に入る。裕太郎先輩が限界まで繋いでくれたこの試合を、最後までやり遂げるのが残された我々の宿命だ。全員で行こう。超えたことのない壁を超えて、見たことのない景色を見る。

「......全員で」

 朱俐が心躍らすのは、ここにあった。自分だけで飛んでいない。直接は見えないけれど感じる。全員で戦っているんだ。祐飛は朱俐の目の前にボールを丁寧に置き、そのボールを朱俐は確実に捉えた。笛が鳴り、歓声が沸く。朱俐は早まる鼓動を、深呼吸をして抑えた。

 次のサーブ、祐飛はもう一度ライトの二年生を狙ったが、惜しくもネットにかかってしまった。23-20。ここで相手に流れを渡してはいけない。チームの要であるセッターが焦らぬよう、寛斗は一層チーム内での声掛けを大事にした。

 相手のサーブがやってくる。フローターサーブで処理が難しい軌道だったが、航生がしっかりとレシーブして次に繋げる。先ほどのミスが少々応えているかと思ったが、寛斗の心配は杞憂だった。祐飛は冷静さを保ち、ライトに若干寄っている相手のブロッカーをきちんと確認して、レフトの朔斗へトスを送る。朔斗はテンポが遅れて間が空いたブロックの隙を狙って叩き込む。晃大がカバーに入るものの、レシーブは後ろへ弾き、市立中央のマッチポイントとなった。

「いったれ、朱俐」

 みなぎった笑顔で航生にボールを渡され、朱俐はサーブ位置についた。24-20、まさかこのタイミングでサーブが回ってくるなど思っていなかった。この感覚は懐かしい。思えば、中学最後の試合もこの展開だった。しかし、今は大きく違うものだった。会場の熱気が心地よい。朱俐は一度目を閉じて、ゆっくり開けた。来年も、そして自分たちの代もこんなチームを作ってきたい。今日はその決意を込めて、サーブを打つ。朱俐はボールを高らかと上げてそれを見上げた。光に重なって、まるで太陽のようなそのボールを追いかけるようにして飛び上がる。丁寧に力強く、全身の全ての力をこの球に込めて、朱俐は一心に腕を振り抜いた。球は立ちはだかる壁を砕いて、その先の地へ叩きつけられた。その瞬間、今まで見ることのできなかった世界が、市立中央の選手の前に広がった。

 体育館に一瞬の静寂が訪れる。コートの戦士たちの息遣いだけがただ聞こえて、ゆっくりと体の内から上がってくる感情が全身を包むまで、しばらく時間がかかった。裕太郎が足を引きずりながらエンドラインに並んで相手と向かい合った時、涼と再び目が合った。その目には涙が浮かんでいて、あらゆる感情が湧き出ていた。しかし、その中に一筋の希望も見えた。最後まで戦ってこいと力強く背中を押されるように、その瞳は裕太郎の脳裏に濃く焼き付いた。一礼をして握手をし、やがて現実がやって来て、体の鳥肌が地の震えとともに湧き上がる。気づいたら会場は割れんばかりの歓声に包まれていた。

「わああああ!」

「すごい! すごいよ!」

「とうとうベスト4か......!」

 観客席にいた健介と俊太郎もアリーナに下りてきて、歓喜の渦に混ざった。セットカウント3-2で、市立中央が駒を進め、初のベスト4入りを果たした。

「この試合は裕太郎のお手柄だな」

「......いや、みんなで戦った。そうだろ? 寛斗」

 寛斗はそれを聞いて、満面の笑みで頷いた。裕太郎の目の前に広がる見たことのない景色は、光り輝いていた。光り輝く世界に、信じてきた仲間たちが確かな強さを纏って笑みをこぼしている。この景色を眺めていると、裕太郎は今までの茨の道など忘れられた。

「裕太郎!」

 その時、突然後ろから名前を呼ばれ、裕太郎は振り返ると、スコアシートにサインを終えた涼がやって来た。裕太郎は涼に何と言われるのか想像がつかずにいた。なので、裕太郎は先手を取った。

「ごめん。今でもあのことは許せない。けど......分かってた。涼には涼の立場があるってこと。幼い頃のいじめなんて少し経てば何ともなくなる。だけど、俺はその少しが耐えられなかった。絶望して、何が本当か分からなくなった。でも、それでも涼にはバレーを続けて欲しかったんだ」

 涼は合わせられずにいた目線を上げ、裕太郎をしっかりと見つめた。

「その答え、ずっと探してた。それで、やっと見つけたと思う。裕太郎、答えは今日だろ?」

 裕太郎は、あの頃の言葉に出来なかった思いが形になった気がした。あの頃の自分が頑なに涼にバレーを続けさせたこと、その自信を支えるものは何なのか。そうだ、バレーを続けていたらまた会える気がしたから。初めてバレー教室に行って、二人でこの競技に魅了されたあの刹那をもう一度甦らせるためだ。

 涼は浮かべた涙を一筋垂らして、笑った。

「ありがとう、裕太郎」

 本当は謝ろうと思ってた。今日、試合が始まるその時までは。でも、自分が言うべき言葉は違った。謝罪なんて行先のない言葉を、きっと裕太郎は欲しくない。ここまで来れたのは北溟のメンバーだけのおかげじゃない。この試合で見つけたのは、自分をこの舞台に立たせてくれた人への感謝だった。

 裕太郎は何も言わずに足を引きずって二歩ほど前に出て、手を出した。涼はそれをしっかり握って、溢れ出てくる涙を必死に堪えた。

「涼!」

 後ろから名を呼ばれ、振り返る先にも、感謝すべき人たちがいる。もっとバレーがしたかった。人はいつも終わってから後悔する。ベスト8で終えたことの悔しさは拭えない。でも今は、八年間共に歩んできた仲間の肩をたたいて、軌跡を称えたい。

「あ......あ......」

 いざ目の前に立ってみると、言葉が続かなかった。伝えたい言葉を遮るように涙が溢れてくる。それは彼らも同じようだった。三人だけじゃない。後輩もマネージャーもみんなが悔しさを抱いている。でもこの悔しさが北溟を次のステージに進める。涼は涙を拭いながら後輩の背中をたたき、それから伝えた。「ありがとう」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ