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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅶ vs海原北溟高校篇
34/53

31.起爆剤

 準々決勝は午後から。それまでの時間、篤の分析表をチームで共有して、最終調整に入る。


「サーブは前衛をよく狙ってくる......ってことは、前衛はオーバーカットも意識した方が良いってことか」


「後ろのラインを少し前寄りにして、前衛と後衛でレセプションの場所の前後差を減らせばいいんじゃない?」


「そうだな、うちはオーバーカットが若干弱点だから、そこを突かれるとまずいな」


「できるだけレセプションは一回で切って、ブレイクで重ねていくしかないな」


 試行錯誤しつつも、チーム練習を重ねるうちに何となく課題と対策が掴めてきていた。


「前の試合、二セット目の二十点台入りました」


「よし、それじゃあ行こうか」


 いよいよ試合の時間となり、選手たちはコートへと向かった。弥生は静かにそのうちの一人を見つめていた。


 午後3時20分。ベスト4を決める戦いの始まりの号砲が高らかに鳴った。市立中央のスターティングメンバーはレフトに朔斗と寛斗、センターに朱俐と英成、ライトは啓司、リベロは航生という布陣だ。相手の海原北溟高校は、前の試合で稲ヶ丘栄春とフルセットの末に駒を進めているため、コンディションはこちらの方が有利となっている。


「海原北溟の要注意選手は、まずレフトの堀河と綱島。この二人が基盤となって攻撃を作ってくるのは、前に練習試合した時と変わらない。オーソドックスなパワータイプって感じだよね」


「羽柴の情報によると、セッターの目黒、それからリベロの忠、それとさっきの二人はジュニアの頃からの関係らしいから、安定感が抜群らしい」


「そこまでの関係性となると、単なるオープンだけじゃなくて、細かい小技も入れてきそうだな」


「そうだね。さっきの栄春との試合、ちらっと見たけど、レシーブで耐えて、トスで揺さぶって決める感じだったよ」


「......となると、こっちとしては持久力と気力で負けないって感じだな」


 宮平戦をストレートで終えることができたため、チームの雰囲気はかなり余裕もあり、良かった。そして、監督の弥生が最後にチームを鼓舞して送り出す。


「俺たちの最高成績はベスト8まで。ここが壁だぞ。やることは分かってるよな?」


 問いに対して、部員全員の目が一つになっていることを弥生は確認した。


「よし、行ってこい」


 今までの市立中央の最高成績はベスト8で、いつもここで涙を呑んできた。近年は無名校だったチームが成績を残すようになってきて、強豪校を倒すことも稀ではない風潮にある。そんな中で、市立中央も無名校から次第に成績を残すようになり、昨年初めてベスト8まで勝ち上がれるようになった。次はこの準々決勝が肝だ。


 弥生はベンチに戻ろうとしていたメンバーの一人を呼んだ。


「......いけるか?」


 彼の答えは決まっていた。


「いつでも」


 固く返事をした彼は真剣な目で相手コートを見つめていた。


 サーブスタートの市立中央、最初のサーバーは寛斗。寛斗は笛が鳴ると同時に、狂いの無いジャンプフローターサーブを打ち込んだ。そのサーブをリベロの忠が落ち着いて処理する。さすが強豪と言わんばかりの美しいレセプションに会場が唸った。次に繋ぐのはセッターの目黒。無駄のない動作でトスの体勢に入った目黒はレフトへとボールを送った。しかしこれは予想通り......のはずだったが、ブロッカーの朱俐はすぐさま異変を感じた。


(速い......!)


 今までとは格段にトスの速度が速い。オープントスのはずなのに、それはまるでセミやクイックとほぼ変わらないスピードだった。


 そこに、相手の驚きを嘲笑うかのようにレフトの堀河が力強いスパイクを叩き込んだ。会場が沸いて点が決まったと分かるまで、一瞬のはずなのに時差があるような、そんな感覚に陥るほど圧倒されてしまった。


「朱俐、どんまい」


「すみません。やっぱり四強は一味違いますね......」


 ここで圧倒されていては相手の思う壺だ。朱俐は何とか切り替えて、冷静になることに努めた。


 しかし、厄介なのはスパイクだけではない。事前の分析通り、前衛を狙ったサーブも市立中央を苦しめた。男子の強豪校としては珍しく全員がフローターサーブで、無回転ゆえの読めないブレが市立中央のレシーブ陣を崩していた。


 なかなか自分たちからのアクションで点が取れず、嫌な雰囲気は続いていく。点差が六点になった時に、弥生はタイムアウトを取った。


「完全に主導権を握られてるな......」


「どこかで流れを変えないと、一気に持ってかれるぞ」


 結局、最適解を見つけられないまま、タイムアウトが終わってしまった。タイムアウト後、数本スパイクが決まったが、流れを変える契機にはならず、一セット目は14-25で大きく点差をつけられたまま落としてしまった。


 そんな滞った雰囲気の中、裕太郎は一人、頭の中を動かし続けていた。


 堀河大治郎は、タオルで汗を拭きながら、海原北溟の紺地のユニフォームの中にパタパタと風を送り込んでいた。


「完全に宮平だと思ってたからノーマークだったけど、案外行けそうじゃね?」


 スクイズで水分を取っていた綱島零士と、忠晃大が頷く。


「宮平はうちと相性悪かったからな。助かった」


 センターの二年生も一セット目の互いの活躍を語り合って、幸先の良いスタートに少し安堵しているようだ。しかし、セッターの目黒涼だけは試合前から目の色を変えずにいた。小学六年生の時に零士と晃大と大治郎がクラブチームに入ってから、今に至るまでずっと一緒にやって来たので、三人は涼の様子が一人違うことに気づいていた。


「涼、何もそんなに思い詰めた顔をしなくてもいいやろ」


「そうだぜ涼、ストレートで行ったろうやないか」


 しかし、依然として涼は顔色を変えなかった。


「そういや、涼、お前だけ試合の前から市立中央のこと知ってたよな」


「涼の知り合いでもいるのか? でも市立中央って南部だろ? 海原から結構遠くね」

 

 涼は真剣な顔を崩さぬまま、思いもよらぬことを口にした。


「......ここ、うちと相性悪いかもな」


 誰も予想していなかった発言に、選手の注目の的が一気に涼に集まった。


「......俺たちが着火させてしまう起爆剤がいる」


 涼はそれ以上何も言わなかった。当然のように他の人たちも涼の言っていることは理解できなかったが、涼の見つめる一点を追って、薄々見当がついた。


「あいつか……」

 

 彼らの目に映っていたのは、3と刻まれた数字を背負った男の姿だった。






 二セット目に入り、先ほどよりは点差も大きく開かずに食らいついてはいけたが、海原北溟が優勢の流れは変わらなかった。


 朔斗のスパイクはきちんとコースを狙っているが、晃大のディグがそれを上回る。そして、長年積んできた関係性から、ほとんど合図の無いコンビ技を仕掛ける。英成や朱俐も必死に食らいつくが、コートをめいっぱい使うトス展開に翻弄され、崩されてしまう。宮平の篤のセットアップと比べて、海原北溟の涼のセットアップは「のびのび」としていた。

 

 試合は16-13から三点連続で涼のサーブが市立中央の守備を崩した。一瞬のリードをひっくり返されては、取り返しがつかなくなる。少しでも暗雲が立ち込めた瞬間、弥生はその札をきると決めていた。


「......!」


 涼は交代を待つ者のその姿を見て、静かに動揺が走った。


「お、ここで3番入れてくるんだね」


「涼、変な真似すんなよ。まぁお前に限ってそんなことしないと思うけど」


 ネットの先、朱俐と手を合わせてコートに入ったのは、裕太郎だった。

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