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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅵ vs宮平高校篇
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29.篤と羽月

 自分がいつから、バレーボールという競技に憑りつかれたのか。篤にはとっくにその記憶がなかった。バレーボールは一人では成立しない。そんな競技を、人と関わることが苦手だった自分がどうして始めたのだろうか。幼い頃からどちらかといえばインドアで、兄弟は外でわんぱくに遊んでいる中、篤は本を読んだり勉強をしている方が楽しかった。そして、怪我をして泣きながら帰ってくる弟や泥まみれで親に叱られている兄を見ながら、馬鹿馬鹿しいと蔑んでいた。しかし、その感情と一緒にどこか「羨ましさ」も感じていた。自分が何者なのか、自分が何を求められているのか分からない。それなのに、まるで世の中のあらゆるものの答えを知っているかのように、何も考えずに人生を楽しんでいる人もいる。篤はそういう人を避けた。皆既日食で周りの光が日食の黒を際立たせているように、自分と彼らの差を明らかにしたくなかったからだ。でも、嫌っていたわけではない。少なからず興味はあったし、そんな人間になれるものならなりたいとも思った。でも、なれるはずもなく、段々と人と関わることを苦手にしてしまった。


 中学校の部活をバレーボールにしたのは、きっと惰性だろう。とりあえず何かしらの部活には入らないといけないし、親が文化部は許さないので、バレーボールならできるんじゃないかという安易な考えで至った結果だ。だから、いざ始めてみればチーム競技の勝手など分からないし、才能が特別に開花するわけでもなかった。ただ、セッターならば自らアクションを起こさなくとも司令塔としてチームの輪に入れるという理由で、入部した当初からセッターになりたいと思っていた。足を引っ張らず、調子にも乗らない並の努力と、適度に青春と自分を線引きして、単純な彼らを俯瞰するというそんな目的も願望もない三年間はどんな日もどんな試合も、何色にも見えなかった。


 篤のバレーボールの世界の色が変わったのは高校からだった。元々高校でバレーボールを続けたいと思ってはいなかったが、新しく何かを始めるほどの活力もなかったので、続けることにしたというまでのことである。しかし、ある人物を目にした瞬間、全てが色づいた。それが羽月だった。羽月は、篤と違って入部してまもなく即戦力として活躍していたり、その差は歴然としていた。


 それなのに、篤が羽月を追うようになったのは、ある日の部活前に羽月から話しかけてきてからだった。いつも羽月は先輩と混ざってスパイク練習をしていたから、篤が羽月にトスを上げたことは一度もなかった。しかしその日は、羽月と篤が早く体育館に来ていて、偶然二人きりだったので、声をかけてきたのだろうと篤は思った。


「そんなにうまいトス上げられないけど」


 篤は自分を謙遜するように言葉を並べた。羽月は憧れの人で、声をかけてくれたのは確かに嬉しかったけど、同じ土俵に立つことで明らかになる傷は、きっと簡単には癒えない。しかし、羽月はそんな篤に目もくれずにボールを持ってきた。


「普通のオープンで良いよ」


 その言葉を聞いて篤は安心した。そうだ、相手は自分と肩を並べるレベルではない。初めから期待などされていないのだ。そう言い聞かせれば、複雑に蠢く心情が落ち着く気がした。一度騒いだ心に平静を取り戻した篤は淡々とトスを上げた。それにしても、やはり羽月のスパイクは美しい形だった。どんなトスでも大きく己を魅せる。その全身から溢れ出る気迫が、篤の心を魅了した。


 しかし、スパイクを打ち込んだ後に羽月は首を傾げた。篤からしたら十分なスパイクだったので、もしかしたら自分のトスが良くなかったのではないかと焦りだした。すると羽月が打ったボールを拾ってズカズカと近づいてきた。篤は何を言われても仕方がないと覚悟を決めると、羽月の口からは意外な言葉が出てきた。


「お前、なんでそんなに怖がってるんだ?」


 篤はきょとんとして、言葉を返せなかった。すると、羽月はハッとして突然申し訳なさそうな表情をした。


「あ、もしかして俺、なんか態度悪かった?」


「いや! ......それは違う。絶対に」


「なら、なんで。スパイク打った瞬間、トスが怯えてるのがボールから伝わってきた。いいじゃん、自信持てよ」


 確かに羽月は図体も大きいし圧を感じることは否めない。けれどそれが原因ではないことは確かだった。それに、篤はその原因にとっくに気づいていた。だからこそ、心が定まらない。そんな簡単に言われたって、持つ者の持たざる者に対する皮肉にしか聞こえない。


「......そんな簡単に割り切れることじゃないんだよ......」


 そう言って俯く篤を見て、羽月は少し難しそうな顔をしたが、すぐに一言だけ言い放った。


「よくわかんないけど、お前は宮平のセッターだろ?」


 その言葉が篤の耳で受け取られた時、頭の中でいろいろ考えていたことが、全て浄化された気がした。残ったのは、澄んだ視界、そしてそれに映る羽月だった。不意に涙が込み上げてきて、それを隠そうと篤が後ろを振り向いた時、羽月が寄ってきて、篤の肩に腕を回した。


「俺たちの代になったら、俺とお前で“最強戦線”作ろうぜ」


 いつでも明るくて、少し乱暴で、率直な羽月の言葉は、路頭に迷う篤の心に火を灯してくれた。羽月は自分のことをセッターとして認めてくれていた。自分が何者なのか、何故コートに立っているのか、羽月が見つけてくれた。だから、篤は誓った。――羽月を高みへ連れていきたい。


 でも、違った。あの日、篤は確かに感じた。羽月の瞳が変わったことを、輝いていたこと、そしてそれは、宮平でプレーしてきた三年間で見せたことがなかったものであったこと。今までどれだけトスを上げても見せなかった。総武学院に勝った時の、あの瞬間にも見せなかったその瞳は、篤の火を曇らせた。


「俺、見つけたわ」


 篤は羽月の言葉に敏感になっていた。いつ捨てられてもおかしくない。それだけ羽月は彼らに釘付けだった。


「あいつらが勝てば、次、俺たちと戦える。そうだよな、篤?」


「あぁ......そうだな......」


「うわあ、マジで楽しみだ......!」


 相変わらず羽月は少年のような好奇心で溢れていた。彼の言葉に嘘はない。だからこそ、その言葉が篤を真っ直ぐに刺した。彼らの何が、羽月を変えさせたのか。考えても考えても、ただ負の感情だけが蔓延った。


「市立中央......」


 しかし、いざ対戦してみると、案外簡単に流れを掴むことができた。スパイクもサーブも容易く決まり、自分たちの思うように試合運びができる。羽月が目を輝かせるチームだから、もっと手強い相手かと思っていたので、篤は張り詰めていた気持ちを解いて、しばしば安堵した。しかし、羽月はそうではなかった。


「ストレートで取れたし、案外楽勝だったな」


 いつもの羽月なら、この言葉に喜びで返してくれる。それなのにその時の羽月は「あぁ」とだけ言って、全く嬉しそうにしていなかった。それどころか、悔しさのような雰囲気すら感じられた。そんな羽月を見て、篤は無性に怒りが湧いてきた。


 ロビーで市立中央の連中に偶然鉢合わせた時も、体裁は崩さぬように繕ったが、内心は怒りで滾っていた。幸い、羽月は市立中央に半分喧嘩を売るような捨て台詞を残しただけだったので、篤の燃え滾る気持ちをコントロールが効く状態に保てた。落ち着きを取り戻して応援席に戻った篤は、先ほどのコートで拾ったタオルを、片付け始めたキャリーケースの中から発見した。


「このタオル、見憶えないよな。楓雅、知ってるか?」


「いや、知らないっす」


 その時だった。聞きたくなかった声が後ろから聞こえてきた。


「篤、そのタオル心覚えあるわ」


 羽月はそう言って篤の手からタオルを受け取り、ロビーの方へ戻って行った。本当は篤もタオルの持ち主に薄々気づいていた。だから、羽月だけには渡したくなかった。だが、篤は羽月の後ろ姿を見つめることしかできなかった。悔しさなのか。いや、違う。これは……嫉妬だ。この怒りのあるべき矛先は、羽月でも、市立中央のあいつらでもなく、自分だ。






 気づけば、市立中央が逆転し、20点台になっていた。焦っているわけではない。でも、噛み合わない。相手のリベロの渾身のディグとそれを確実に紡いだトス、そして最後に圧倒的なスパイクで決め切ったあの一点から、奇策も通じず、流れは完全に市立中央のものだった。篤はただ、羽月と自分は、やはり釣り合わないんだということに寂しさを感じていた。その寂しさはセッターとエースを大きく遠ざけた。篤は次第にレフトのトスを上げなくなっていた。手を抜いているわけではない。負けたいわけでもない。ただ、届かないんだ。


 攻撃の手数が減れば、奇策だったはずのセンター攻撃も本領を発揮しない。相手のリベロの調子も見る見るうちに上がってきている。仲間がディグやレセプションをして、そのボールが篤の頭上に来る度に、いつも通りの動作をしながら、思った。


(何本目だろう、このトスは。センターもライトもマークされている。レフトは…………遠いな......)


 篤の親指と人差し指と中指にボールが触れる。そのボールは、ずっしりと重く感じられた。

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