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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅵ vs宮平高校篇
30/53

27.たった一人のリベロ

 それでも試合は止まらない。予測不能な衛士郎のスパイクばかりに気を取られ、楓雅のレフト攻撃、そして羽月のバックアタックと、先ほどまでは対応できていた攻撃が決められてしまうようになってきた。これでは完全に春季大会の時と同じだ。完全に主導権を宮平に持っていかれ、気づけば三点の差をつけられていた。

 楓雅のオープンスパイクで宮平との得点差が四点にひらいた時、弥生はタイムアウトを取った。

「焦るな、みんなで分析しろ」

 弥生は一言だけ残して、選手同士での課題解決を促した。

「負担は大きくなるけど、やっぱり朔斗が古谷のブロックにつくしかないか」

「米田を一枚にするのはさすがにきついもんな......」

「でも、そしたら朔斗はオープンしか打てないぞ。この先のことも考えると……」

「でも、ここで負けたら元も子もない。このセットは絶対に落としちゃいけない気がする。宮平はストレートで終わらせたい。セットも後半戦だ、これ以上の点差は危ない。俺が飛ぶ」

 応急処置のような策しか浮かばず、チームの雰囲気はあまり良いものではなかった。

「相手のスパイク、なんだよあれ」

 滞った空気感はギャラリーにも伝わっていて、及川や晴も初めて試合を見た人でさえ、緊急事態であるのは感じていた。

「これって、うちのチーム結構ピンチなんじゃ......」

 しかし、健介と俊太郎は一瞬も彼らを心配などしなかった。それは、突き放しているのではなく、自分たちのできることを全うしていた。二人ともバレーはまだ初めて二ヶ月。コートに立つなんて程遠いほどに実力はまだまだであったが、応援席からできることはある。二人の心は固く、ずっと信頼の眼差しを送っていた。

「きっと誰かが流れを変えてくれる」

「俺たちは応援して、ひたすら信じるだけだもんな」

 コートの雰囲気は良くなくても、健介や俊太郎は自分たちのやるべきことが分かっていた。コートの雰囲気に応援席まで飲まれちゃダメだ。どこだっていい、コートの中じゃなくたっていい、チームのどこかが自分たちを見失わずにいれば、光を失わなければ、きっと変わる。この四か月間、ずっとあの人たちの背中を見てきた二人は、そのことを理解していた。そして、及川と晴を巻き込んで、もう一度コートに向かって手拍子を送り、叫んだ。

 その声援は確かに選手の耳に届いていた。色々と思い詰めていた英成や朔斗は、それを聞いてまとわりつく重みがすっと消え、ただその声に応えるべく覚悟を決めて、体を叩いて自身を鼓舞した。あの時とは違う。全員が、狂った歯車に振り回されていない。背中を預けた新人たちがそれを教えてくれた。

 優斗は少し離れたところで目を閉じて深呼吸していた航生に近寄った。それに気づいた航生は、優斗が口を開く前に本音を吐いた。

「なんか......俺、震えちゃって......チームの状況が肌から伝わってくるっていうか……落ち着かせようって思えば思うほど焦って……」

 確かに、航生の手は震えて足がすくんでいるのは、優斗の目にもわかった。

「春の時だって......俺なさけ......」

 優斗は航生がその言葉を言うのを遮って言った。

「それ以上、言うな。足がすくんでも、手が震えても、航生、お前は今、市立中央のたった一人のリベロだ。六人のうちの一人なんだよ。胸張ってチーム支えろ」

 航生は、はっとした。今の言葉を聞いたのは初めてじゃない。




「バレーはみんなで繋ぐスポーツだってよく言うだろ」

 その人は、まだ幼い航生に優しく語りかけた。

「でもね、実際にボールに触れることが許されるのはコートの中の六人だけ。それはどうしても揺るがない事実」

「うん」

「リベロも、そのうちの立派な一人だ。航生も今はチームのリベロ、選ばれし六人のうちの一人なんだよ」




 あの頃はまだ幼くて、スパイカーになりたいって気持ちの方が大きかった。だからその人に言われた言葉も上手く理解できなかった。でも今、航生は大事なことを思い出した。それは、バレーを教えてくれた人に出会って、初めて見た時から憧れている優斗先輩に出会って、たくさんの人の土台として胸を張ってユニフォームを着てきたという自身の奇跡。この軌跡は誰にも譲れないし、誇らしく思える。

 もう一度深呼吸をして目を開けた時、航生の眼の色は変わっていた。すっと澄んで、確かな炎を灯した色だった。それを見て優斗は、安心と同時に覚悟も決まった。

「あとは任せたぞ。航生」

 優斗はそれから航生の肩を軽く叩き、戻って行った。ちょうどタイムアウトの終わりを告げる笛が鳴り、航生は再びコートに歩みだした。しかし今度のその一歩は揺るがぬしっかりしたものだった。

「ちょっと突き放しすぎじゃないか?」

 裕太郎は優斗の話が聞こえてきたようで、少し茶化した笑みで優斗を突っついた。

「リベロは一番エンドラインが見えるし、チームの最後の砦だから、怖いんだろうな。その気持ちはよくわかる。まぁでも、あいつは強い。だから俺は安心して任せられるんだ......」

 そう言った瞬間、裕太郎の右肩にどしっとした重りがのしかかった。反射で裕太郎が目にしたものは、数秒前には思ってもいなかった景色だった。

「優斗? ......優斗! 優斗!」

 航生はその騒がしさに気づき横目でベンチを見ると、次の瞬間、頭が真っ白になった。

「先......輩......?」

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