25.俺たちが愛すのは
及川と晴が駆け足で会場に入ると、アリーナはそれぞれのチームの熱気で蒸し返していた。
「市立中央......市立中央......あ、あった!」
「やべ、もう試合始まってるじゃん!」
観客席で応援していた健介と俊太郎は慌ててやってきた及川と晴に気づいて手を振った。二人とも直接話すのは初めてだったが、郁瀬から事前に、応援に来ると聞いていたので、合流することができた。
「今、一セット目終わったところでこれから二セット目だよ」
「郁瀬は、今日はまだ出てないね。もしかしたら昨日みたいに途中交代で出るかも」
晴は自分とはこれまで無縁だった景色が目の前いっぱいに広がり、圧倒されていた。どの試合もみんな本気で戦っている。そんな姿を見ていると、晴は何故かこそばゆい気持ちがした。
お皿とコップを厨房へ運んで、テーブルを拭く。あれからもう一年経ったので、この生活も慣れてきた。平日は学校へ行って、放課後や土日は喫茶店の手伝いをする。父と母が経営していた喫茶店は、調理師を目指して資格を取っていた兄が継ぎ、凛はそのサポートに入るようになった。弟や妹はまだ小学生なので、生計を立てるには稼ぎが必要だ。そうして兄がレストランへの就職を辞めて、実家の店を継ぐ決意をしたのだった。
「いらっしゃいませー」
近所の夫妻がやって来たので、凛はちょうど今片付け終わった席へ案内した。
「いやあ、今年の夏も暑くなりそうだねぇ」
「そうですねぇ」
外を見れば梅雨の空はどこかへ行ってしまっていて、夏の日差しが道路をジリジリと照らしていた。
壁に掛けられた時計を見ると、針はちょうど十二時を回ろうとしている頃を指していた。今日は時計を見る回数が多い気がするなと、凛は心なしかそう思っていた。
ちょうどその時、店の裏の扉がガラリと開いて、凛の兄が買い出しから帰ってきた。
「ただいまー。おっ、佐藤さん、いらっしゃい。今日もいつものナポリタン?」
「そうだね、それを二つお願いしようかな」
買い出しから帰ってきたばかりなのに、凛の兄は手早く注文を聞いて厨房へと入って行った。凛はおしぼりとお水を佐藤さんの卓に置きに向かう。
「そういえば今日の朝、散歩してたら市民アリーナに結構な人が集まってたな」
「へぇ、そうなんですか。なんか大会でもあるんですかね」
凛にはその人だかりが何なのか分かっていたが、あえて知らないふりをした。そんな弟の様子を凛の兄は厨房から見ながら、具材を炒め始め、厨房からおいしそうな音が聞こえだした。
とてもいい流れだ。春の大会では手も足も出なかったサーブやスパイクも今日はきちんと処理できている。25-19と点差を5点以上開いて折り返した結果は会場も予想していなかった展開のようで、及川や晴も含めてとても盛り上がっていた。
寛斗たちは点数を重ねるごとに自信が募っていった。しかし、裕太郎は一人、もどかしい気持ちでいた。
「俺は……何ができるんだ......」
ただ試合を見守るしかできない自分に対してふつふつと怒りが燃えてきて、裕太郎は自分の足を睨んだ。
「二セット目、たぶんアイツらもギア上げてくると思うから、この流れのまま、早いうちに点差つけよう」
「おう!」
寛斗の掛け声で改めて気を引き締めた選手たちは再びコートに出た。二セット目はリベロを優斗から航生に変えて臨むようだ。裕太郎は好調だった優斗をわざわざ下げる必要があるのか疑問に思ったのだが、どうやら本人から申し出たらしい。ちらりと優斗に目をやると優斗はその視線に気づいたらしく、コートを見つめたまま口を開いた。
「......裕太郎と一緒だよ」
「え?」
「見えてるんだろ?」
「............」
優斗に自分の全てが見透かされているようで、裕太郎はギクリとして言葉が出なかった。
「俺たちにできることって何だろうって考えて、出した答えだから」
「......うん」
「だって、俺たちが愛してるのは『市立中央高校のバレー』だもんな」
優斗の笑顔を見て、喉につっかえていた物がすんと落ちた気がした。バレーとは何か。どんなスポーツなのか。大切なものはすぐそばにある。
「一セットくらい、行けるだろ?」
そんなこと、聞かれるまでもない。もう足を睨むのもやめよう。そう心に言い聞かせて前を向くと、ちょうど航生がレシーブしたところだった。無駄なく冷静に、ブレることなくチームの土台を果たしている。美しく、どこか懐かしいその姿は……そうか。航生のレシーブはまるで優斗のようだった。
「優斗はやるべきことをやったんだな」
そのレシーブを受けて二本目、完璧な祐飛のトス。そして最後、威勢よく飛び上がった朔斗が送られてきたトスをしっかりと捉えて叩き込む。そのスパイクはこのチームの頼れる存在であることを象徴とした力強いものだった。
「うわああ!」
「今、点決まったんだよな?」
「あぁ、4番の先輩のスパイクでな」
「なんか迫力すげぇな、実際に目の間で見ると」
高まる会場の熱気に圧倒されながら、及川と晴も興奮を隠しきれずにいた。
しかし、朔斗が勢いづけば、同時に羽月も引くことなく攻め込んでくる。試合は一セット目よりも均衡した状態が続いた。一方が取れば、一方が取り返す。そんなシーソーゲームが続いて13点になり、WTOを迎えた。
「なかなか抜け出せねぇな」
「この状況だと、次ブレイクした方が有利だな......」
英成の発言は最もだった。このような両者譲らない展開の時こそ、ほんの少しの差から一気に試合を決める風が吹き始める。試合も後半戦に入れば、それは致命傷となる。何としてもそれは避けなければならない。
「ブレイクしねぇとなぁ」
「そーだよねー、この展開はつまんないもんねー」
市立中央の考えていることは、宮平にも共通していた。しかも宮平にとってこのセットは落とすことができない。落とした瞬間に宮平のその先の道は無くなる。背水の陣となった彼らは喉から手が出るほどに流れを掴みたかった。その時、
「衛士郎、もうこっからはサインも出さなくていい。好きに飛んでくれ」
「おっ、あっちゃんがそれ言うってことは、リミッター解除宣言だねー」
篤は目の奥を光らせた。彼がそういう仕草をするときはいつも何か企んでいる時だ。衛士郎は篤のこの目を見ると、とてもワクワクしてくる。新人戦の総武学院戦の時みたいに、普通を超えて、自分らしく、枠からはみ出したスパイクをしていいってことだ。
篤はベンチから対岸の市立中央の方を見た。春季大会の時とはまるで違うチームのように雰囲気が良く見える。
(でも、そこが弱点だよな......)
不敵な笑みを浮かべた篤は、スクイズを置いて、コートに戻って行った。




