24.心のキャンバス
「なぁ、ゆうた! 今日もバレーしようぜ」
「あぁ、ごめん、はづき。今日おれ、じゅくあるんだ」
「じゃあそうた、そうたはひまだろ?」
「んー、じゃあちょっとだけなぁ?」
「よーし、やろーやろー!」
なんで俺はバレーボールを選んだのだろう。じっとしているのは苦手な性分だから、きっと何らかのスポーツはやっていたのだろうけど、数多あるスポーツの中からバレーボールを選んだ時の記憶はなく、気づいたらすっかり虜になっていた。初めの頃はみんなとやっていて楽しかった記憶がある。けれど歩く道は人それぞれ。次第に周りの付き合いも悪くなってきて、せいぜい二人でパスするくらいしかできなかった。それでも決してバレーボールを嫌いにはならなかった。
中学に上がって、周りは部活動についての話題で持ちきりだったが、羽月は迷うことなく、心は一つに決まっていた。
「悠太、何部入るの?」
「ん-、俺はサッカーかなー。モテそうだし」
「創太は?」
「俺はまだ決めてないけど」
「じゃあ俺と一緒にバレー入ろうぜ!」
「バレーかぁ、バレーは遊びでいいかな」
男子バレーが周りで人気が無いのは羽月でも知っていた。そして、昔にみんなでバレーをしていたのも、あれはみんな好きでバレーをしているのではなく、自分に付き合ってくれていただけということも薄々感じていた。案の定、その年にバレー部に入部したのは羽月だけだった。
それから三年間、羽月は何も感じない日々を過ごした。かつてバレーをすることに夢中になっていた頃の熱を忘れ、ただ仕事のようにこなしている日々だった。初めの頃は勧誘もしてみたけど、少しの希望すら叶わなかった。合同チームを組んで大会に出たりもしたけど、羽月の描いていた絵は色が塗られずにいた。
しかし、最後の大会で羽月が決めた、たった一本のスパイクが宮平高校の監督の目に止まり、それが運命の始まりとなった。
「君、名前なんて言うんだい?」
「え......っと、黒田羽月っす」
「黒田君、君のスパイクはとても我武者羅で泥臭くて、私は好きだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「それで、よかったらうちの高校の練習に来ないか?」
「............」
「うちのバレー部は、今はあまり成績も残していないけど、これから盛り上げていきたいと思ってる。その中心としてうちのチームにぜひ来てほしい」
この言葉が耳に入った瞬間から、羽月の心のキャンバスに色がつき始めた。それから、宮平で出会った仲間たちとのバレー生活は今までのものとは一変した。一本打つ度、一本拾う度、心は高鳴り続けた。県大会で勝つことも増えていき、次第に強豪校とも張り合える実力がついてきた。一月の新人戦県大会では、県で最も強い総武学院にもフルセットの末に勝利を収め、その下剋上劇は瞬く間に宮平高校の名を高校バレー界に轟かせた。
しかし、たった一つだけ、羽月のキャンバスには白い部分があった。なぜ色が塗られずにいるのか、自分でも分からなかったけど、その理由は四月の大会で知ることとなった。
コートをぼーっと眺めていただけなのに、ふと一つのコートに目が留まった。動機が早くなる。タオルを握る手はよりぎゅっとなっていた。自分とは全然関係のないチーム、一度も戦ったこともない。それなのに、名も知らない彼らが放つ「何か」が羽月の心を捉えて離さなかった。
(俺は……ここと戦いたい......)
野生の勘というものだろうか。最強の総武学院を倒した時にも感じられなかったものをそのチームは持っていた。このチームと戦えば、俺たちはもっと強くなれる。そう羽月の体の内側が叫んでいた。
後でトーナメントを見ると、何の巡りあわせか、宮平の次の対戦相手だった。市立中央高校。初めて戦うワクワクだけじゃない高揚感を抱いて、エンドラインに並んだ。それなのに......。
いざ戦ってみると、その時には何も感じなかった。
(......俺が見たのは、感じたのはなんだったんだ......お前たちはこんなチームじゃないだろ......ふざけんな......)
自身が勝利に近づいて行けば行くほど、何故か悔しさが募っていった。そしてついに勝った時には、失望のひとつしか頭には残っていなかった。
このモヤモヤした気持ちは何だろう。この三年間、常に自分のキャンバスはアップデートされていたはずなのに、最後の三ヶ月で立ち止まることになるとは思っていなかった。
すると偶然、ロビーにいた市立中央の彼らと遭遇した。悔しそうな彼らの表情を見ると、募っていた思いがあふれ出し、気づいたら彼らにぶつけていた。
「ひとついいこと教えてやるよ。お前たち、目の前しか見てなかったよな。あの試合、戦ってて全然面白くなかったよ」
羽月はついうっかり口に出してしまった言葉を後悔した。本音だけど、そんなことを彼らに伝えたいわけではない。俺が伝えたいのは……。その時、先ほどの試合のコートに落ちていたタオルをを思い出した。
「篤、そのタオル心当たりあるわ」
篤から受け取ったタオルを握りしめて、もう一度羽月は彼らのもとに行った。そしてそのタオルを渡してから、もう一度気持ちを伝えた。
「......まあお前ら、こんなとこで負けるたまじゃねえだろ。......あと一枠、お前らが取ってこいよ。じゃないと俺たちだってやりきれねえから」
言葉を紡ぐのは苦手で不器用だけど、羽月の本音は今の言葉に込められていた。バレーボールはひとりじゃ戦えない。それを中学の三年間で知ったからこそ改めて強く思う。ともに飛びたい仲間がいるのはもちろんだが、それと同じくらいともにぶつかりたい相手がいる。それがお前たちなんだ。羽月は彼らの目の色が変わったことを確認して安心した。きっとお前らなら、勝ち上がってくる。そしてもし本当にもう一度戦えたら......。
羽月の目の前には白と朱色のユニフォームを着た者たちが立ち塞がる。ひとつのボールを通して彼らと繋がる時間は、羽月にとってあっという間に感じた。
羽月の放ったスパイクを寛斗の右腕がしっかりと捉えて叩き落した。ボールが地に着いた瞬間の歓声は一際大きく、今の一点がただの一点じゃないことを羽月は知った。振り返って得点版を見ると、市立中央の得点が25になっている。いつの間に、こんなに試合が進んでいたのだろう。地に足が上手く着かないような、でも確かな充実感は心の中に確かに在る、とても不思議な心地がした。
「羽月、次のセットは切り替えるぞ」
「あいつら今日調子いーじゃねーかよー」
「先輩、俺まだ不完全燃焼なんっすけど」
こいつらと勝てたら、あいつらを越えられたら......越えられたら? 羽月は自然と出てきた自身の言葉に笑ってしまった。それでは俺たちがあいつらの下みたいじゃないか。
「......当然。あいつらに見せつけてやろうぜ。俺たちの本当の力を、限界まで」
羽月の鼓舞する言葉を聞いて、衛士郎は笑みを浮かべて飛びかかってきた。楓雅はいつになくバレーを楽しんでいる顔をしている。篤はそう言うと思った、と言っているような瞳で冷静に二セット目の組み立て方を考えていた。
まだ飛んでたい、そうだろ? 最後に羽月は自身の体に問いかけて、勝負の舞台にもう一度出た。




