21.2匹の怪物
試合後、昼休憩をとって午後から二回戦になる。今日は二回戦まで、明日は三回戦と準々決勝、五日後に準決勝と決勝という流れだ。
市立中央の選手たちは揃って、アリーナ入口に貼ってあるトーナメント表を見に行った。
「二回戦からシード校も登場ってわけだな」
全五十六校のうち初戦で去ったのは二十四校。ここからシード校も舞台に姿を現し、全国への一枚の切符を争う。
「俺たちの次の相手は……」
トーナメントの隣の島の勝敗を見ると、水名高校に軍配が上がっていた。水名と千馬西は実力もほぼ互角で、試合は両セットともデュースの末の結果となっていた。
そんな激戦を勝ち抜いてきた水名高校は初戦の千間台とは異なり、場数も踏んでいるため緊張はほとんど無く、やはり初めから勢いがあった。市立中央のスターティングメンバ―は朱俐が裕太郎の所にそのまま入った。
「あれ、裕太郎先輩どこに行ったんですかね」
「たしかに、公式練習でも見なかったな」
試合序盤は予想外の展開で、市立中央が水名を追いかける形になっていた。千間台よりも徹底されたリードブロックの水名にはセカンドテンポの攻撃が刺さりにくかった。
「朱俐、クイック行けるか?」
「合わせたことないので......でも、やってみます」
「最初の何本かは囮で入ってくれ。タイミングを調整する」
羽月は自陣の観客席から遠目で市立中央の試合を見ていた。
「......何してんだよ」
ひと足早く試合が終わった宮平高校は市立稲ヶ丘高校を下して、先に三回戦進出を決めていた。
朱俐のAクイックは水名の予想外の攻撃だった。そのおかげで厄介だった相手のブロッカーを散らすことができ、次第にスパイクが決まるようになってきた。そして、試合は市立中央の反撃で逆転し、一セット目は25-19で折り返した。
二セット目、相手も少しずつ対応し始めたが、朱俐のAクイックの方が冴えていた。囮としてブロッカーを惑わすだけでなく、自身もクイック攻撃で点を重ねた。
序盤から突き放した市立中央は十点差でニ十点台に突入した。
「風上!」
相手に一点奪われたところで突然弥生に呼ばれた郁瀬は、動機が早くなるのを感じた。あの練習試合以来、初めて名を呼ばれた。交代に向けて準備に入る。この状況だと交代するのは次のローテーションで前衛に上がってくる朱俐だろう。ついに、自分もこのコートに立ち、答えを見つけようといってくれた存在との最終章を紡ぐ。監督からもう一度与えられたチャンスに、どう応えられるのだろう。あの時11番に言われた傷は今でも耳に残っている。自分の弱さを蒸し返され、逃げてしまった。
朔斗のスパイクが点となり、ローテーションして朱俐が前衛に上がってきた。そして笛が鳴り、交代が執り行われる。
「前だけ見ろよ。めいっぱい楽しんで来い」
郁瀬は朱俐の言葉に大きく頷いた。背中を叩かれ、コートに足を踏み入れた時、前にいたのは戦場で戦う戦士たち。――そうか、戦いは始まってるんだ。自分の弱さと向き合うにはまだ時間が要るだろう。でも今は、戦士の一人として光に照らされることで、一つになることで、強くいられる気がした。
「郁瀬、アレやってみるか」
「了解です」
祐飛のいたずらな笑みに、いつも郁瀬の心は躍らされた。
サーバーは英成、笛が吹かれると、英成の鋭いジャンプフローターサーブが相手のレシーブを弾いた。
「チャンス、返ってくるよ」
自陣に戻ってくるボールをよく見てプレイヤーは数歩下がり、優斗の完璧なAカットを確認して、スパイクの助走に入る。今の前衛はレフトの朔斗、センターの郁瀬、そしてライトの祐飛だ。朔斗は大きく間を取りレフトオープン、郁瀬はAクイックの助走に入った。相手は完全に郁瀬のAクイック、そしてリードブロックで朔斗のオープンを対応しようと考えているはずだ。Aクイックかオープンか……。
(......どっちでもないさ)
郁瀬は両足ではなく右足で最後の踏み切りをして斜め左へ飛び上がった。水名のブロッカーは予想外の動きに混乱して対応が遅れている。その隙を見て、郁瀬は滑り込んできたトスを叩き込んだ。
郁瀬の鋭いクイックは相手陣地に刺さった。そして、会場が湧き上がるのに負けないようにと郁瀬も雄叫びを上げた。たまらない。繊細に繋がれたボールを打ち込む。その全ての歯車が嚙み合った瞬間の感覚はたまらないものだった。
「郁瀬、クイックとか打ってみたら?」
テーピングを巻いていた郁瀬に朱俐は突然提案してきた。あの総武学院との試合で打ったスパイク、そしてその後の11番の言葉。一瞬見えた光が瞬く間に暗闇に飲まれてしまったあの時から、郁瀬はまた思うように打てない時期が続いていた。大会も目の前に迫ってきたため焦りもあったのだろう、どこに行けばいいのかも分からずに闇雲に打つ日々で、中学の頃の全盛期の景色はまだ遠かった。
「クイックか……たしかに、ちょっとオープンに囚われすぎてたのかも......」
郁瀬は息詰まった未来に何か見出せそうな糸口を与えられ、はっとした。クイックは立派な攻撃のひとつだが、それだけでなく「打つ」という感覚を調節するのには丁度いいもので、スパイクの練習の最初に取り入れたりもする。どうしても、郁瀬はオープンのスパイクにこだわってしまっていた。しかし、一度見方を変えて、違う角度で向き合ってみるのもいいかもしれないと思ったのだった。
「それなら、練習付き合うぞ」
すかさず祐飛がその提案に乗ってくれたことで郁瀬のクイック練習は始まった。
しばらく練習して、ある日祐飛はさらなる提案をした。
「郁瀬、次打つ時、少し横にブロードして飛んでみて。俺がトス合わせるから」
郁瀬だって不調といえど、かつては監督の目を引いた実力派のエースだ。持っている才能が凡才ではないことは確かだった。特にジャンプ力は三年生にも劣らない。そのジャンプ力を活かしてクイック攻撃に色をつけたいと祐飛は考えた。
郁瀬は祐飛の言われた通りにクイックの助走に入り、最後の一歩で横に飛び上がった。すると、飛んだ先に祐飛の完璧に調節されたトスが滑り込んで来た。ボールが比例定数の小さい放物線の落下に入るその瞬間、腕を振り下ろしてボールを叩ききる。ミートの感触は上々だ。
「今のがブロード攻撃。ほら、春の大会で啓司が打ってただろ?」
春の大会でひときわ大会を沸かせたあの啓司のブロード。あれは郁瀬の脳にも未だ鮮明に記憶されていた。今、あの攻撃を自分が完璧でなくとも形にすることができた。それは暗闇の中に閉じ込められた郁瀬にとって確かな自信のひとつになった。
郁瀬は駆け寄ってきた寛斗や朔斗、そしてトスをくれた祐飛とハイタッチした。ベンチの航生や朱俐も大喜びしている。その時ふと郁瀬の脳であの言葉が再生された。
「先輩! ......先輩はバレー、好きですか?」
「......もちろん。新しい仲間たちと一点決める度にそれを噛み締めてる。そして今、俺たちはそんなチームを作ってるんだ。キャプテンとして見失うわけにはいかないだろう?」
郁瀬はじんわりと胸が熱くなるのを感じた。自分が信じた道はここだ。今はまだ何も見えなくても、どれだけ躓いても、この道はきっと......。
弥生は郁瀬のスパイクを見て少し口角を上げた。あの時見たお前はそんなもんじゃなかった。類まれなる才能を持っているのにどこか寂しさを抱いていて、まるでひとりぼっちの怪物のようだった。それは朱俐もそうだ。あの二人は怪物、でもその真の力はまだみせてないはず。うちには二匹の怪物がいるんだ。期待に満ちた未来は弥生の心を弾ませた。
郁瀬の得点は市立中央の勢いをさらに加速させた。後輩に負けじと朔斗や寛斗も果敢に攻め込み、一気にマッチポイントを握った。最後は相手のチャンスボールから朔斗が王道のオープンを打ち込み、相手のブロックを弾いた。水名のレシーバーも必死に追いかけるが叶わず、悲鳴と歓声が轟く中、決着が着いた。二セット目、25-12、セットカウント2-0で市立中央が駒を進めた。
「ナイスだったぞ、郁瀬!」
航生に背中を叩かれたけれど、郁瀬は上手く反応できなかった。荒くなった呼吸と心臓の鼓動が鳴り響き、全身から熱が起こっている。郁瀬は「勝ったんだ、勝ったんだよな」と自分の心に言い聞かせた。そして段々と実感が湧いてきて、周りの歓声が耳に届いてきた。いつぶりだろうか、勝利の舞台にプレイヤーとして立てているのは、たかが一勝、それなのに郁瀬の目頭は熱くなってきた。
「......郁瀬?」
寛斗はそこまで言って、それから何も言わずに郁瀬の頭を撫でた。
裕太郎は本部の部屋から出てきてみんなに合流する途中、階段の脇から鼻をすする音が聞こえてきた。ちらりと横に目をやると、先ほどまで刃を交わしていた水色のユニフォームの選手たちが座っていた。勝者が生き残れば、敗者はそこで終止符を打たれる。分かってはいたけれど、ひとつボタンを掛け違えたら崩れてしまう未来に裕太郎は震えそうになった。勝負の世界を目の当たりにして、裕太郎は手にあった氷嚢を強く握り直した。
「......終わらせるわけにはいかない……」
あいつらの悔し涙なんてもう見たくないから。心を固めた裕太郎はその場を後にした。




