20.主人公じゃない
自分は人と関わるのが苦手だった。別に人が嫌いなわけでもないし、機会があれば関わりたいけれど、気づけば自分はスポットライトの外側にいた。残念ながらアイデンティティというのを見つけ出してあげられず、言葉を紡ぐのも不器用。そんな特徴もないありふれた存在に光が当てられるほど世界は上手くできていなかった。
「けいじは、すきなスポーツ、ないの?」
そんな啓司にも一人だけ気を許せる奴がいた。三つ隣の同級生、倉田英成。倉田家とは姉の代からの付き合いだったので、自分たちは仲良くなるべくしてなった存在だった。幼稚園からずっと一緒で、行き帰りも同じ道を歩く。唯一違うといえば、英成の方が愛想が良くて人気者だった。
啓司は少し悩んで、首を横に振った。
「おれはね、さいきんバレーボールをはじめたんだ!」
「バレーボール?」
「うん、バレーってすっげぇかっけぇんだよ」
すると英成はランドセルを背負ったままジャンプしてスパイクを打つ真似をした。
「けいじもいっしょにやる?」
「......ぼくが?」
「いいじゃん、けいじもバレーやろーぜ」
動機は何となく、誘われて断れなかったから。でも、この時のこの言葉が、数年の時を経て啓司にもたらしてくれたもの、そしてこのインターハイの県大会の舞台に至ること、それは計り知れないものだった。
あの日からの八年間は、今までスポットライトの陰にいた啓司に光を照らした。英成は順調に背を伸ばしてブロッカーに、啓司は左利きというアドバンテージを活かしてライトのスパイカーになった。それでも毎日の行き帰りは変わらず一緒だった。
ある日、英成は雪道を歩きながらぽつりと呟いた。
「もし俺たちがバレーボールしてなかったら、どうなってたんだろうな」
その日は練習試合で二人とも上手くいかなかったため、どことなく空気は重かった。
「......俺はスポーツしてなかったかもな」
「そっか、俺が結構強引に誘ったんだもんな」
懐かしむようにして、英成は少し笑うと、すっと顔色を変えて、しんしんと降る雪を見つめた。
「......ごめんな。いつも巻き込んで」
いつも明るい英成が寂しい表情をしてるのを見たのは初めてだった。「そんなことない」とすぐに否定したかったのに、不器用な啓司の口からは言葉が出てこなかった。降る雪の冷たさからなのか、口は凍えて固まって、ただ英成の一言がずっと心で痛んでいた。
ありがとうの言葉で今までの様々な記憶が蘇った。でもその記憶にはいつも英成がいた。感謝するのは自分の方だと、そう思ったが敢えて今は何も言わなかった。
「......これが俺たちの信じた道......そうだろ?」
不器用な言葉は熱気の中で確かに英成の耳に届いた。啓司はわざと英成とは目を合わせなかった。きっと目を合わせなくても気持ちは同じだ。目の前の舞台で俺たちの最終章を駆ける、ただそれだけだ。
午前十時四十分。両チームの選手はエンドラインに一列に並んだ。主審と副審が主審台に歩いて行って、手を伸ばすと同時に笛が鳴る。その瞬間、戦いの火蓋が切られた。
握手を交わし、寛斗たちは弥生監督の元に集まった。
「相手の千間台高校は県大会初めてのチームだ。新人ゆえのやりづらさもあるだろうけど、序盤から圧倒していこう」
市立中央の初戦の相手は県大会初出場の千間台高校。要注意なのは二メートル級の大型ブロッカーと中学時代の地区選抜に選ばれていたリベロ。地区大会ではこの二人を中心にした守備型のバレーで初めて県大会への切符を勝ち取った。最初のサーブは千間台のキャプテン。市立中央はレセプションからのスタートになる。笛が鳴るとサーバーは落ち着いた動作でジャンプフローターサーブを打った。
「オーライ!」
優斗の声が頼もしくも響いた。ジャンプフローターサーブは総武学院の朔斗の弟のサーブで何度も研究した。無回転のブレに対応できないのは、こう動くだろうと勝手に予測して先入観に囚われているから。なら、ヤマをはるんじゃなくて、ボールを見て判断する。上手くなった気でいたけれど、すっかり基本が疎かになってしまっていた。
(......これは落ちるな)
ボールの些細なブレを察知して一歩下がり、勢いを殺して、祐飛へ送り出した。
祐飛は相手のブロッカーの技量を測るべく、まずはレフトの朔斗へトスを上げた。
「エースとは......」
トスを見ながら助走に一歩ずつ入る。何度も何度もやってきたはずなのに、今はなんだか新鮮な感覚だった。完璧な祐飛のトスをベストポイントで打ち込む。相手はリードブロックで反応がやや遅いとはいえ、やはり二メートルの壁を目の前にすると、存在感は圧倒的なものだった。それでもブロックとブロックの間を狙ったスパイクは相手コートへと放たれた。するとすぐに反応したリベロが果敢にスパイクを拾おうと腕を伸ばした。
「マジか」
「チャンス! 返ってくるよ!」
エースはチームの主人公ではない。完璧じゃなくたっていい、無様でもいい、それでも仲間たちが必死に繋いだ思いを最後に繋ぐのは、俺だ。三本目を託されたこと、それに応えるのがエースというものだ。朔斗はもう一度助走に入る。相手は最初の一撃でまだ建て直せていない。ちょうど返ってきたボールに向かって朔斗は飛び上がった。
「羽になる......いい言葉だな」
朔斗がダイレクトで打ちつけたボールは敵地に叩きつけられた。朔斗は震えだす大地に足をしっかりとつけて、雄叫びを上げた。まさにその瞬間、三年生のクライマックスが始まった。
市立中央の攻撃は終始、千間台を圧倒し続けた。相手のブロッカーやリベロは厄介であったが、朔斗と寛斗のレフト攻撃に加え、啓司のライト攻撃や英成と裕太郎のAクイックなど、多彩な攻撃で相手の守備を崩した。一セット目は25-12で折り返した。
二セット目は相手も県大会の雰囲気に慣れてきたのか、ブロックやレシーブの精度も上がっていた。そのため少々苦戦したが、一セット目と同様に持ち前の多色攻撃で揺さぶった。特に英成と啓司のコンビ攻撃は、幼馴染ゆえの連携が非常にスムーズで相手も予測し難いスピードだった。
市立中央が16点目を取ったタイミングで朱俐が呼ばれた。普段はライトで交代することが多いけど、今は英成と啓司のコンビがハマっているため、裕太郎との交代だった。
「朱俐、気負うなよー?」
「大丈夫です」
交代してすぐに、裕太郎は弥生に呼ばれて少々話をしていた。作戦変更か、あるいは新たな戦術を試してみるのか。監督と話し終わった後も裕太郎は、ただいつも通り楽観したように笑って試合を見ていた。
朱俐がセンターに入ると、市立中央の攻撃パターンは変わってくる。裕太郎の場合はクイックを打つので、コンビ攻撃をしていた。だが朱俐の場合はオープンやセミ攻撃を打つので、全員が同じテンポで攻撃に入る形に変わる。これもまた千間台には効いた。
「くそっ......立て直せない……」
「これが県大会のレベルか……」
朱俐は裕太郎と交代したまま、最後まで試合に出続けた。そして市立中央がマッチポイントになり、最後の一点はその朱俐のオープン攻撃で幕を閉じた。
「はぁ、はぁ、勝った......!」
「まずは一勝だな」
エンドラインに並んで向かい合った時、相手のブロッカーは静かに背を向けて泣いていた。リベロも今にも泣きだしそうな目をしながら必死で感情をこらえた。その他の選手も彼らに釣られるようにして溢れる感情を互いに称え合っていた。郁瀬は改めてはっとした。ここは戦場だ、情けなんてない。地区大会を勝ち上がって初めて県大会に来た彼らも、たったひと試合でその夢は潰えた。先に五十回ボールを落とした方が負ける。ただそれだけのことで、勝つか負けるかは紙一重だった。
午前十一時三十分。二セット目、25-19、セットカウント2-0で市立中央が駒を進めた。




