18.黎明
学校の体育祭が終わり、雰囲気も一段落着いたらすぐに県大会がやってくる。郁瀬たちはその興奮を冷まさずに練習に打ち込んでいた。
「寛斗先輩、今日、康介病院行くそうです」
「あぁ、本人からも聞いてみるから大丈夫だよ」
寛斗は唇を嚙みながら苦い表情をしていた。
「やっぱり来ないな......」
凛は結局、あれからも部活の練習に来ることは一度もなかった。
「口頭では考えておくって言われたけどなぁ」
「でも、あれだけのことがあった凛先輩が少しでも気持ち傾け始めたのも郁瀬のおかげだな」
航生は水分補給している郁瀬の髪をタオルでぐしゃぐしゃにした。
「ちょっ、やめてください、ちょっと......」
くすぐられながらも郁瀬はあの時の状況を伝えた。
「でも、凛先輩のサーブは凄く上手かったです。上手く言葉に出来ないけど、見惚れちゃうようなサーブでした」
「やっぱり問題は凛の心だな......きっとまだ震えてるあいつがいるはずだから」
ここ二週間の練習で確実にチーム内のサーブ力は上がってきた。しかし、何かスパイスのようなものが欠けている。それは誰もが感じていることだった。
「青葉、集合かけて」
そう言いながら体育館へ入って来た弥生はすぐに部員を集めた。部員たちも、集合の意味を察したように、ざわつきながら緊張を少し高めた。
「午後の抽選会で県大会のトーナメントが決まった。これ、回してくれ」
回された手紙にはトーナメント表が記されていた。
「......!」
トーナメント表に目を走らせ、沈黙の中に各々の思いが募る。
「市立中央はDブロック、第四シードの海原北溟高校のとこだ」
今回の県大会はまず、前回大会での上位四校がトーナメントの四隅に入り、それに加えて春季大会の地区予選を勝ち上がり県大会に出場した学校が、地区予選を免除されてシード校として入る。そして、残りの枠は先週の地区予選を勝ち上がってきた学校が入るという仕組みだ。第四シードまでの四校が基盤となるため、各ブロックをその四校の名前で呼んだりする。
「北溟のブロックか……!」
「弥生先生、神引きだよ!」
健介と俊太郎にはさっぱり意味が分からないようでキョロキョロしていた。
「空先輩、今回のトーナメントって良いとこに入ってるんですか?」
「東部の総武学院が第一シード、南部の星野済矢が第二シード、西部の神佐総合が第三シード、北部の海原北溟が第四シードで、ここがこの四校の中で一番相性がいいんだ。一度練習試合をしたことがあるからね」
健介と俊太郎は先日の練習試合を思い出した。もし、総武学院のブロックに入っていたら......。そう考えると、先輩たちが喜ぶのも腑に落ちた。
「まあでも、勝ち上がればいずれは当たるんだけどね。しかも、相手は言うても第四シード。実力は確かだから、安心はできない。それに......」
「......!」
健介と俊太郎はトーナメントを辿って、ある学校を目にした。
「三回戦で宮平と当たる......」
市立中央は一回戦、二回線と勝ち進むと、恐らく勝ち進んでくると思われる宮平高校と戦うことになる。
「まさしくあいつの言ってた通りだな......」
――ま、なんか君たちとはまたどっかで当たる気がするからさ、そん時見せてくれよ、お前たちが面白い奴らか面白くない奴らか
部員たちはあの時の羽月の言葉を思い出し、宮平との縁を感じた。
「まあ色々考えることもあると思うが、とりあえずは一回戦。そこを勝たなきゃいくら先を見据えたって意味がない。着実に勝ち上がってくぞ」
「はい!」
「それと……」
弥生はポケットからメモを取り出して、一つ咳払いをして、声を整えた。
「今から県大会の番号を発表するから、それぞれ確認してユニフォームを揃えるように。この番号は、インターハイの間は基本的に変えないで行くつもりだ。それじゃあ......」
郁瀬と朱俐は息を呑んだ。練習試合で出ていたとしても、ユニフォームをもらえるとは限らない。特に郁瀬はあの日の練習試合からあまり良い評価をもらえてない気がしていた。
メモとユニフォームの番号を照らし合わせ、1番から発表する。
「1番、青葉」
「はい!」
これがきっと三年生にとっては最後のユニフォーム。いつにも増して気合の入った良い返事だった。
「最後まで、チームを頼んだぞ」
ユニフォームを渡す時に、弥生から一言添えられた。その言葉が胸に響き、寛斗の魂は燃え、掴んだユニフォームをぎゅっと握りしめた。
「2番、近藤。3番茂木」
普段冷静な祐飛も、朗らかな裕太郎も、やはり今回ばかりは「特別」な顔をしていた。
「4番、芦原」
「はい!」
朔斗はあの日からエースとは何か、模索し続けた。それは簡単なことではなく、上手くいかないことも多々あったけれど、一年間背負い続けたこの4番のユニフォームを見ると、歩いてきた道は確かなものであると確信できた。
「このチームの翼になれ」
弥生は朔斗にこの言葉を添えた。それを聞いて朔斗はハッとした。エースとは。その答えは今も分からないけれど、今の弥生の言葉は、朔斗にとって確かな標であった。
「5番、倉田」
英成は目に光を宿らせている。隣の啓司に一度笑みを向け、弥生の元へ向かった。そして、
「6番......木梨」
「......はい!」
優斗の声は少し上ずっていた。呼ばれると思っていなかったのか、呼ばれた喜びなのか、自分でもわからない。ただ、呼ばれた瞬間が頭の中で繰り返される。
「同情じゃないぞ」
久しぶりに手にした6と刻まれたユニフォーム。最後までここに自分を刻み付け、そして次へ繋いでいく。優斗は力強く頷いて、決意を固めた。
「7番、臼井」
啓司はいつも冷静沈着なタイプだが、今は一味違う。まるで静かに獲物を狙うライオンのようにその闘志を燃やしていた。
「9番、鈴木」
「あれ、8番は?」
弥生は8番を飛ばして9番のユニフォームを空に渡した。
「今日休みだから、康介先輩じゃない?」
健介と俊太郎が小声で話していると、次の瞬間、衝撃が走った。
「10番、早川」
皆の視線がすかさず朱俐に向かった。ついに、一年生の名がレギュラーメンバーとして呼ばれたからだ。朱俐自身も拍子抜けしたが、すぐに正気を戻して前に出た。受け取った10と刻まれた白いユニフォーム。受け取ったその手から何か力強いものが朱俐の体に流れ込んで来た。
(そうだ、これからは俺が10番を背負うんだ)
それからもう一人、一年生の名が呼ばれた。
「11番、風上」
ずっと待っていた。ここ最近の状況を踏まえると、レギュラーに入れない可能性だってあった。それでも、コートに立てる11人目として選んでもらえた。その事実を噛み締めると、体の内からふつふつと燃え出す炎が心地よく感じた。
「期待してる」
弥生の瞳がそう言っていた。今まで様々な景色を見てきたこの白のユニフォームを今度は自分が繋いでいく。手を震わすのは緊張ともプレッシャーとも違う、心を動かす何かであった。
「12番、中村」
航生は悔しそうに前に出た。先輩の最後の試合とは関係なく、優斗とレギュラー争いをしていた。そして最後は負けた。ただそのことが嬉しく、悔しく、目頭を熱くしたのだった。
呼ばれなかった康介は先日の練習で軽い捻挫をし、今大会は大事を取って選手ではなくマネージャーとして登録することが弥生から明かされた。したがって、8番は健介の予想と外れ、欠番となった。
「それじゃあ、悔いの無いように一つ一つ勝ち進んでいこう」
ユニフォームをもらった人も、もらわなかった人も、声を一つに揃えて宙に吠えた。やることはやって、来るところまで来た。ここからは後戻りはできない。その一方通行の道を進んで、道中の色々な景色をその真っ直ぐな瞳で見るだろう。その時の景色は何色だろうか。寛斗が信じた道の行き先は何なのか。明日からの大会で答えを見つけよう。チームの誓いに、寛斗は自身の思いを託した。
「......郁瀬、お前はこのチームに要らない存在だ、っていい加減気づけよ」
「俺は……」
息が苦しい。視界が歪んで見える。
「郁瀬、良かったら俺のところでバレーやらないか?」
確かな記憶がぼんやりと目の前で再生されている。
「俺は……」
「お前、今ので調子乗んなよ、バレーの才能無いから」
「俺は……」
「......未来へ繋ぐってことなのか」
「......!」
「......! はぁ......」
浮遊感がまだ感覚に残っている。目を覚ました時に夢だと気づいて、心臓の鼓動が早くなっているのに気づいた。夢という不確かなものを通して、何かが自分の中に生まれそうな、そんな予感がした。
窓の外は薄ら明るい。時計の針は五時を回った頃を指していた。ウィルは郁瀬の隣に丸まってまだ夢の中にいる。郁瀬は目の前に掛けられたユニフォームを見つめて、今日が何の日か思い出した。タオルケットをどかしてベッドから下り、窓を開けると朝の風がそよそよと吹き込んできた。梅雨の曇天はどこにもない、澄み切った朝だった。
「......いよいよだ......」
眠い目をこすって二、三回瞬きをした。そして瞳は光を帯びて真っ直ぐになった。




