13.呪われた獅子
しばらく練習した後、いよいよ試合に移る。その前に、市立中央は相手校の監督たちに挨拶をし、最後に弥生のもとに集まった。
「今日は初めて戦う相手だし、自分たちにとっては格上の相手であることは間違いない。だからといって戦えないってことじゃない。大会前最後の調整の場、たくさん吸収してこい」
「はいっ!」
選手一同はタオルで汗を拭いたり、水分補給をしっかりして万全の体制を整えた。
すると、弥生は無言で相手コートを睨んでいた朔斗を呼び止めた。
「......西村、落ち着いていけよ」
一瞬、目を大きくした朔斗だったが、すぐに気を取り直して前を向いた。
「......はい」
弥生も朔斗の異変には薄々気づいていたのだろうが、それ以上は何も言わずに黙って送り出した。
まずは総武学院のサーブから始まる。すると、サーバーの4番はこちらのローテーションを伺って、朔斗の正面に立った。
「ん? あれじゃあ朔斗先輩を狙ってるのバレバレじゃないですか」
「確かにリベロの優斗先輩じゃなくてエースの朔斗先輩を狙う戦術は理解できるけど……あの表情は何だ?」
ベンチメンバーの視線の先で、なぜか4番は満面の笑みを浮かべている。それはまるで朔斗を狙うと宣言しながら嘲笑っているようにも見えた。
郁瀬たちが不思議に思っていると、後衛スタートゆえにリベロと交代してベンチに下がっていた英成が、ふと何か閃いた。
「そうか、弟だ......!」
「弟?」
「確か前に、双子の弟がいて、その弟もバレーやってるって朔斗が言ってた」
「確かに言われてみれば顔似てるかも......」
(兄弟関係で、先輩はずっと総武学院を懸念していたのだろうか。もしそうならば......)
俊太郎は兄弟のコンプレックスに思い当たる節があった。
「でもまさかその弟が、しかも総武学院の4番って……」
サーブの許可の笛と同時に、4番は丁寧な助走からスピードの乗ったサーブを打ってきた。放たれたジャンプフローターサーブは無回転の嫌なブレをまといながら、朔斗めがけて飛んでいく。
「............ちっ......」
朔斗はしっかりと軌道を捉えたものの、無回転サーブは急な変化を催す。突然曲がったサーブは朔斗の腕を弾いた。
「すまん! カバー!」
慌ててリベロの優斗が飛び出すものの間に合わず、早々にサービスエースを与えてしまった。
「ドンマイ朔斗、俺も反応悪かったわ」
「いや、今のは俺の責任だ......」
優斗は励ましの意味を込めて朔斗に手を伸ばしたが、朔斗あ反応しなかった。いつもならミスをしても潔く切り替えるのが朔斗の持ち味なのに、いつもとは全く違う様子に優斗も驚いた。優斗だけでなく、コートに立つ者たちも次第に異変を感じ始めている。彼はまるで、一匹狼のような雰囲気をまとっていた。
サービスエースは流れを生み出しやすい。開始早々に流れを持っていかれた市立中央は、重苦しい雰囲気がコートに漂った。
「朔斗先輩からサービスエース取るなんて......総武学院のエース、やっぱりすげぇな」
「朱俐、相手に感心してどうすんだよ。ほら、フォローするぞ」
「ああ。朔斗先輩、次一本!」
しかし、その嫌な流れはそう簡単に切れなかった。引き続き朔斗を狙ったサーブは確実に相手の懐をえぐるような完璧なサーブだった。
「朔斗、落ち着け。らしくないぞ」
「深呼吸して。切り替え切り替え」
今日の一試合目のスタメンは三年生で構成されているので、皆、朔斗の性格はよく知っている。それでも、ここまで追い込まれている朔斗を見るのは初めてだった。
スタートから五連続得点を決められたところで、弥生はタイムアウトを取った。
「あのサーブ、緩急ついてて難しいな......しかもずっと朔斗狙ってるし」
寛斗はそう言いながら横目で朔斗を見ると、朔斗は暗い顔をしていた。
「朔斗、どうかしたか? ずっと思い詰めた感じでさ」
プレイヤーの雰囲気は直接チームの雰囲気に関わってしまう。特にエースがこのままでは、現状改善は見込めない。寛斗だけでなく、他の選手たちも息を落ち着けながら、心配の眼差しを朔斗に向けた。すると、タオルで顔を抑えた朔斗は、おもむろに真実を告げた。
「......あいつは、西村伯斗......。俺の……弟だ」
「弟!?」
英成の予測通りの展開に、ベンチメンバーは今までの異変が腑に落ちた。一方、コートに立っていた三年生たちは、知らなかった情報を唐突に突きつけられ、言葉を失っていた。
「今までちゃんと言ってなかったけど……俺の双子の弟は、総武学院のエースなんだ......」
明かされた真実はあまりにも衝撃的で、皆、黙り込んでしまった。県代表校のエースを弟に持った兄......。そして、その弟に狙われ、崩されている今。朔斗の心が打ち砕かれているのは、誰が見ても分かることだった。
「弟って……だからずっと笑いながら朔斗のことを......」
ちょうどそこでタイムアウト終了の笛が鳴り、選手たちはコートに戻って行った。
「朔斗先輩......」
俊太郎は朔斗の憂いの背中を立ちすくんで見つめていた。
その時、弥生はコートに入って行った選手たちを打ち見してから、難しそうな顔で郁瀬を呼んだ。
「風上、準備しとけ」
郁瀬は一気に緊張が走った。すっかり朱俐が呼ばれるものと思っていたので、意表を突かれた。
「朱俐じゃないんですね、交代するの」
「たぶん、朱俐はこの後、啓司先輩と交代するんだと思う。朱俐、この前の試合でライトに結構馴染んでたしな」
航生の冷静な分析にベンチの一同は納得した。それから、航生は交代の準備をする郁瀬に声をかけた。
「郁瀬、こんな空気だけど、落ち着いていけよ」
「......はい」
戦況はタイムアウト後も変わらずに厳しいままだった。伯斗のサーブは衰えることがなく、徹底して朔斗を狙うが、その都度軌道を変えてくるので、市立中央のレシーブ陣は対策を練っても、なかなか慣れずにいた。しかも厄介なのはサーブだけでない。やっとのことでレセプションしても、7番のブロックがボールを返させてくれなかった。
「サーブもブロックも徹底してるな......抜け目がない」
探しても探しても隙間なく築かれた鉄壁はまるで要塞だった。自分たちのプレーもできないまま、点数だけが重なっていき、焦りが生じる。その焦りが余計に歯車を狂わせていた。
一点も取れずに点差が十点までにひらいた時、弥生は新たな歯車を入れてみることにした。




