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葉月の奇跡 season 1  作者: 岩河尚輝
Ⅲ 春季大会篇
12/53

10.一つの物語

 迎えた、敗者復活トーナメント最終戦。この試合の勝者が県大会への切符の最後の一枚を手にする。


「相手は一つ前の試合がフルセットだから、体力的にもこっちが有利だ。序盤から畳みかけていけ」


「はい!」


 監督の言葉の通り、相手は公式練習を給水時間に充てていた。今日三試合目となるこの試合、最後はスタミナの勝負になるかもしれないと弥生は睨んだ。


 最後の一枠をかけた試合、自然と周りの空気もいつに増して緊張感が高まっていた。


 笛が鳴り、両者が一斉に歩みだす。勇ましい後ろ姿を郁瀬たちはしっかりと見届けた。


「やあやあ、ちゃんと勝ち上がって来たじゃん」


 郁瀬が振り返ると、そこには羽月がいた。


「宮平の試合は終わったんですか?」


「ああ、さっき終わったよ。やっぱり魚海は強かったな。ボロ負けだよ」


 宮平は準々決勝で第三シードの魚海高校と対戦した。しかし、昨日市立中央が苦戦した宮平の攻撃も魚海には適わず、結局蓋を開けてみればストレートで宮平は敗北した。


「県大会でリベンジしてやる。......それにしても、あいつらはなんで俺たちの時だけあんなにダメダメだったんだよ。腹立つな」


 一セット目序盤は市立中央が波に乗り、立て続けに得点を重ねて、十点差まで突き放した。生き生きとバレーをする姿を見て、羽月は不服な様子を見せたのだった。


 市立中央が二十点に差し掛かった時、会場はあるプレーで湧いた。


「祐飛、いくぞ」


「おう」


 今度は事前に確認し、試合を組み立てる中でのリスクを減らす。一言の言葉の中には計り知れないほどの信頼が含まれていた。


 相手のチャンスボールを航生が確実にAパスで繋げる。


「レフト!」


 朔斗がいつも通りトスを呼び、すかさず裕太郎もAクイックに入る。


「A来るぞ」


 相手はAパスで繋がったので速攻で来ると見た。それを察知し、ネット越しに祐飛が不吉な笑みを浮かべる。


(完璧だ。これこそがセッターの醍醐味!)


 裕太郎のフェイクに釣られ、ミドルブロッカーが飛び上がる。そしてその横から静かに本当のスナイパーが正体を現す。


「ブロード......!」


 咄嗟にレフトスパイカーがブロックをしようと手を伸ばすも、祐飛のトスの速度に間に合わず、啓司のスパイクが叩きつけられた。


 彼らしく静かに喜びを顕にした啓司にハイタッチした祐飛は、すぐに冷静に今の攻撃を分析した。


「ちょっとレフトの4番に勘づかれたな。慎重に行こう」


 完璧に組み立てられた攻撃を目の当たりにした観客たちは感嘆の声を上げる。


「おい、あのセッター上手くね?」


「市立中央か。あのレベルだったら県大会でもいいとこ狙えそうじゃん」


「あのブロードは読めないわ......」


 会場の空気と同じくして、郁瀬たちも勿論興奮を隠せずにいた。


「俺たちもあんな試合展開したいよな」


「そうだな。先輩たちのプレー見てると、体がうずうずするよ」


 羽月も今の攻撃はさすがに楽観視してはいられないようで、若干眉間に皺を寄せて、それからふっと笑みを浮かべた。


「......面白ぇじゃん」


 その勢いのまま、一セット目は25-16で市立中央が取った。やはり、試合前の予想の通り、相手は体力面で厳しい状況にいるようだった。


「相手は結構疲れてきてる。二セット目もどんどん畳みかけていこう」


 スクイズを片付け、半円に丸くなった選手たちはそれぞれ手を伸ばして重ねた。


「県大会決めるぞ!」


「よぉぉぉし!」


 意気揚々と士気を高め、運命の勝負へ六人の戦士が戦場に立った。


 二セット目、サーブは相手から始まる。明聖学園のセッターの2番はジャンプサーブ。一セット目は精度が粗かったが、今放ったサーブは精度を上げて市立中央のコートへ吸い込まれる。


「朔斗お願い!」


 斜めにかけられたドライブはコースを曲げて朔斗へ向かった。


「オーケイ!」


 朔斗はサーブの勢いを殺し、斜め右の祐飛へ繋げる。祐飛はボールの落下点にいち早く入り、トスを構えた。


(スパイカーは……朔斗が少し準備に遅れてる......裕太郎と啓司は……マークされてるか......)


 ボールが落下し、祐飛の手に触れるまでのたった三秒もない刹那に状況把握とそこから生まれる未来を組み立て、そしてひとつの糸口を見つけだす。


(よし、ここだ......!)


 祐飛が選んだのは前衛の三枚ではなく、後衛の裏エース、寛斗だった。


「任せろ!」


 まるで自分へトスが来る未来を知っていたかの如く、寛斗の準備は万全だった。しなやかに伸びた腕を振り下ろし、ボールに力を伝える。ドライブのかかったボールは瞬く間に相手コートへと叩き込まれた。


 明聖学園のリベロはバックアタックを予想しておらず、少し出遅れてディグに入った。そしてボールはリベロの腕を弾き、後方へと飛んで行った。


「ナイスキー! 寛斗先輩!」


「祐飛もナイストスだったな」


「悪ぃ、俺、レセプションちょっとズレたわ」


 寛斗の一点はチームの一点。皆、それぞれが自分事として今の一点の喜びを嚙み締めた。


 しかし、二セット目は一セット目のように順調にはいかず、しばらくシーソーゲームが続いた。


 その後、ブレイクを果たした市立中央は二点差を守り続けていた。


 緊張感は応援席にも漂い、汗がじりじりと流れていた。


「相手もギア上げてきてるな」


「15-14か……ブレイクされたら追いつかれる」


「先輩たち、頑張れ......!」


 その時、相手のスパイクが裕太郎のブロックに当たり、後方へ弾かれた。


「すまん! 航生!」


 航生はすぐい後ろへ駆け出し、必死にボールを追いかける。ここで流れを相手に渡すわけにはいかない……。しかし、航生の伸ばした腕の数センチ先でボールは地に落ち、寸前のところで思いは散った。


「よっしゃあ!」


「ナイスキー! 岳!」


 明聖学園のブレイクで、再び試合は振り出しに戻った。県大会の最後の切符をかけた試合は、会場全体を熱気の渦に巻き込んでいた。


「ナイスファイト、航生」


「すみません、足が出遅れました......」


「いや、俺のブロックも弾かれちゃったし。切り替えていこう、次一本!」


 点を取れば全力で喜びを分かち合い、失えば互いに讃え、切り替える。バレーにとっては当たり前の支え合いと思いやりが形になったとき、その試合は輝いて見える。郁瀬も朱俐もそんな試合に勝敗を忘れて見惚れてしまっていた。昔の自分たちを影だとするならば、目の前の先輩たちはまさに光だった。


「そう簡単に勝たせてはくれないよな」


「......でも、楽しい!」


 自分たちが求めた答えは少しずつ自分たちの元へ近づいている気がした。ボールに向かって一心に飛ぶ度に現れる壁。その壁をたくさん乗り越えて、羽を強くしていく。そうして、ここまで部員全員で高め合ってきた。あの日、呆気なく散った夏の記憶を無駄にしないために、胸に留めて入部した三年前の春。それから三年間探してきた目的地は、きっとここにあるんだ。だから飛び続けるんだ。三年生の胸には同じ感覚が宿っていた。


 裕太郎がサーブを上げた。朔斗がカバーする。啓司が返す。スパイクを航生がディグする。祐飛がトスで繋げた。


「寛斗! ラスト!」


 ひとつのボールでみんなが紡いだ一つの物語。それがバレーボールだ。


 振り上げた腕は高らかに、寛斗たち、市立中央高校バレーボール部の行き先を示しているかのように揺らぐことはなかった。放たれた弾丸は、ひとつの光へ向かって叩き込まれる。


「はぁ......はぁ......」


「......っし......よし......」


 一瞬の静寂の後、歓声が地響きとなって轟いた。


「っしゃああああ!」


 汗を拭ったその先に見えたこの勝利は、きっと市立中央にとって大きな価値になるだろう。喜びを爆発させた選手たちは、それぞれこの瞬間を噛み締めた。


――あと少し、もう少しで見える。辿り着くべき先が。


 一セット目、25-16。二セット目、25-22。セットカウント2-0で市立中央が勝利を収めた。これにより、県大会への切符の最後の一枚は、市立中央が手にした。

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