8.自分たちのやるべきこと
「寛斗先輩、サーブってどうしたら上手くなりますか?」
サーブの練習の最中、まだ入部して間もない一年生が一人、ボールを持って声をかけてきた。寛斗はまだ一年生の名前と顔を把握しきれていなかったので、体操着の名前を見て、風上という名とその顔を一致させた。
「ん-、トスは丁寧に......あとはボールの中心にちゃんとミートするように打つとか……」
その頃は寛斗もまだ幼く、自分の言葉で説明する力が足りず、上手く言いたいことがまとめられなかった。
悩みに悩んでいた寛斗だったが、それに構うことなく食い気味に少年は尋ねた。
「バーン! ってやつ打ちたいんです! さっき先輩やってたじゃないですか」
初めは何を言っているのか理解できなかったが、自分の所作を振り返って、試しでジャンプサーブを打ったことを思い出した。少し調子に乗り、遊び半分で打ったので、寛斗は恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
「ああ、あれか……いや、あれはリスクがあるから、最初のうちはあんまり......」
寛斗は、リスクのあるジャンプサーブよりもフローターやジャンプフローターを極めた方が良いと思ったが、途中で言葉を止めた。
彼は入部当初からの成長速度が周りから一つ抜けていた。才能と呼ばれるものだろうか、ほんの数日前まで初心者だった彼が、今では一年生で先陣を切るような立場にいる。もしこの才能が本物なら......。
その時、寛斗はあることを思い出した。去年の冬の練習試合、顧問に呼び出されて一言告げられた。
「青葉、お前が何で勝ちきれないかわかるか?」
当時、周りは成長していくにもかかわらず、寛斗だけはいまいち成長の波に乗れず、疎外感を感じていた。サーブもスパイクもブロックもレシーブも、練習の通り、先生に言われた通り、そつなくこなしているのに、相手を上回るプレーができずに得点へと繋げられなかった。
「......わかりません」
俯く寛斗に、顧問は冷徹な一言をぶつけた。
「お前のプレーには面白みがない」
その言葉を聞いて、寛斗は素直に納得ができてしまった。それはとても鋭く冷たい言葉だったが、加えて正論だったのが余計に痛く感じた。
「厳しいことを言っているかもしれないけど、でも勝ちたいなら、その意味を理解しなさい」
それからというもの、寛斗はどんなプレーをしてもこの言葉が頭に付きまとった。どれだけスパイクを決めようと、どれだけ仲間に褒められようと、どこかで不完全さを感じていた。
言われたことを完遂する。それならミスをしないにも当然だ。でも、それではただのコピーロボット。周りの部員たちみたいに個性を出した唯一無二のプレイヤーに寛斗は憧れた。
自分には、未来の選択肢を絞る権利があるのか。いや、そんなのあるはずがない。むしろ、自分がすべきことはその未来の選択肢を増やすことだろう。
「上手くいくかわからないけど、見てて」
自分以外にもサーブの上手い奴ならいくらでもいる。ましてやジャンプサーブなら、それを本職にしている人の方が圧倒的に経験値もある。その上で、彼は自分を選んだ。そんな彼に自分は何ができる?
答えはひとつだった。寛斗は慣れないながらもボールを高く上げ、助走に入る。一歩、一歩、丁寧さは自分の持ち味。そして強く踏み込み、飛び上がる。遠く9m先のネットを越え、世界が広がっている。そこにちょうどボールがある。
(今だ)
言葉で表せない感覚を頼りに、腕を振って力をボールに伝える。きっとこれが、未来に繋がるのなら。そう思うと、あの先の世界がまるで、未来のように見えた。
「あの時も、あいつに動かされたんだな。俺は」
寛斗はそれから数歩後ろへ下がり、いつもよりも助走を長くとった。
「あれ? 寛斗先輩ってあんなに助走とるっけ」
「いや......あいつたぶん......」
ベンチの空が不思議がる横で、優斗には何となく察しがついた。自分たちに残された時間は少ない。それは抗うことのできない摂理。だからこそ残りの時間、自分たちのやるべきことをやろうとしているんだと、そう感じ取った。そんな決意を燃やす寛斗に一切不安は感じなかった。優斗は信頼の目で寛斗を見守った。
寛斗は初心に帰った。郁瀬は、あの時の目をまだ持っているだろうか。もし持っているなら、見ていて欲しい。点差も状況も関係なく、ただその時の最大限を見せる。いつものリミッターを外して、自分の本当の果てに挑む。まだそれを知らないのに、大人ぶる必要なんてない、我武者羅になっていいんだ。それを郁瀬たちに伝えて、未来へ繋いでほしかった。
笛が鳴ってから七秒。寛斗はもう一度深く呼吸をして、ボールを高らかに上げた。
「......寛斗先輩」
郁瀬の目に映るのは、まるでお手本のような助走の姿。しなやかに振り下ろした手からボールが放たれ、高い精度のもと相手コートへ吸い込まれていく。
「ははっ! 最高だな寛斗」
普段ジャンプサーブなど打たない寛斗が、ましてや公式戦の舞台で大きく挑んだことに、コート内の選手達は心に火を灯されたような感覚になった。
ハイスピードでドライブのかかったサーブは、後衛の1番のもとに飛んでいく。狙い通りではなかったものの、初めて公式戦で打ったドライブサーブにしては上等だった。
1番の選手はドライブサーブが来ると思っていなかったようで少し反応が遅れた。それが致命傷となり、ボールは後方へ弾かれる。咄嗟に隣の4番が後を追うも届かず、滑り込んだ瞬間にボールは地に着いた。
「ピーッ!」
寛斗はしばらく呆然としてしまった。それから歓声がどっと湧き起こり、我に返った。
「はぁ、はぁ......よしっ......」
声にならないほどの喜びが全身を駆け巡り、高らかにガッツポーズを掲げる。
「......見てたか、郁瀬」
寛斗は決して振り返らなかった。語るものなら全てサーブに込めた。郁瀬たちなら、きっとこの思いを繋いでくれる。
相手にきちんと礼をして、それから祐飛たちは寛斗に飛びついた。
「寛斗! ナイスサーブ!」
「おいおい、最後に全部持ってったじゃねえか」
「まさか寛斗がジャンサー打つなんてなあ」
「寛斗先輩、ナイスサーブでした!」
「やっぱりキャプテンはキャプテンだな」
皆口々に褒めるので、寛斗は少し照れくさかった。そして、初めて自分のプレーを認めて挙げられる気がした。
「......ありがとう、じゃあ俺、サイン行ってくるから」
春季大会南部地区予選、一回戦、市立中央高校対魚海北高校。第一セット25-14、第二セット25-17。セットカウント2-0で、市立中央の勝利となった。
郁瀬は、保護者からの差し入れのスポーツ飲料を、応援席へ帰って来た先輩たちに配った。
「お疲れ様です。次は午後ですよね」
「ああ。次が勝負所だからな......」
そう言って少し休憩を取ると、選手たちは再度調整のためにサブアリーナへ向かった。
「追い込み式だと二試合目からはアップ時間が無いからな」
「それにしてもさっきの試合カッコよかったなあ」
「郁瀬、憧れてる暇ないぞ。俺たちも次の大会はあっちに行くんだ」
「......そうだね」
郁瀬と朱俐はボールの入ったキャリーケースを押して、先輩たちの背中を追ってサブアリーナへ向かった。
それから三十分くらいして、偵察に行っていた俊太郎たちが戻って来た。
「さっきの試合が終わって、宮平がストレートで大平南に勝ちました!」
「じゃあ次の相手は……」
「宮平高校、成績は格上の相手だな」




