6 悟くんと葉月ちゃん
昴くんのラジオの前の日、昴くんが、
「明日のゲストは悟さんが来てくれるんだ」
と朝、出かける前に喜んでいた。
「そうなんだ、楽しみ!」
私も昴くんと悟くんのことだから、すんごい光が出るんだろうなって楽しみだった。
その日も、洗濯や掃除を済ませ買い物に行き、家でのんびりとしてると、昴くんがいきなり、
『ひかり!テレビ観て!』
と言ってきた。
『え?うん』
もしやまた、私と昴くんのこと?って思ってテレビをつけたら、悟くんがインタビューを受けているところだった。
「結城さん、今日のスポーツ新聞に腕を組んで歩いてたところが写真に撮られてますが、あの女性は誰ですか?」
え?悟くん…?
「彼女ですか?」
レポーターの女性が、ぐいぐい悟くんに接近して聞いていた。
「ノーコメントですよ。そこどいてください。悟はこれから仕事で、テレビ局に行かないとならない。忙しいんですから」
マネージャーだか、事務所の人がそう言って、レポーターを追い払っていた。
「一言、彼女かどうかだけでも」
レポーターは、食い下がらなかった。
「はい。そうです。でも、一般の人だから、そっとしておいてもらえますか?」
それだけ悟くんは無表情に言うと、さっさと車に乗ってしまった。
その後、スタジオの方に画面が変わり、どうも、その映像は1時間くらい前の映像のようだった。
「今日のスポーツ新聞の写真はこちら」
スタジオにいる、アナウンサーの女性がそう言った。
悟くんだとわかる写真。腕を組んで悟くんの方を見て仲よさそうに歩いてる女性は…、ああ。葉月ちゃんだ…。斜め後ろから写ってるけど、わかる…。撮られちゃったか~~。
『観た?テレビ』
昴くんがまた、話しかけてきた。
『うん』
『なんか、俺の時みたい。明日のラジオで、こりゃもう暴露するしかないね』
『ええ?』
『そうだ。葉月ちゃんからなんか連絡あった?』
『ないよ。これ、知ってるのかな?今日もバイトだと思うし』
「一般人だそうですね。そういえば、結城くんは確か昨年、女優さんと噂ありましたよね」
司会者がそう言うと、あるコメンテーターが、
「破局したという噂が、昨年末に流れていましたが、この彼女が原因でしょうかね?」
と、言い出した。それから、みんなして、ああでもないこうでもないと、話し出し…。う~~ん。他人のことなのに、なぜこうも、盛り上がるのか。
私は、プチッとテレビを消した。ワイドショーはいまだにこういうのをしてるんだよね…。それから葉月ちゃんにメールしてみた。
>ワイドショーで悟くんと葉月ちゃんの写真が出てたよ。悟くんが、レポーターにつかまって、彼女だって言ってた。
でも、返事はなかった。やっぱり、仕事中なんだな…。
6時頃になり、ようやくメールがきた。
>そうなんです。ランチしてたら、悟くんが心で話しかけてきて、スポーツ新聞に写真載っちゃったって…。ワイドショーでもしてたんですか?その新聞も写真もまだ見てないんですけど、私だってわかっちゃいますか?
>わかんないよ。ほとんど顔写ってないし。でも、悟くんは丸わかりだった。
>腕組んで歩いてるところだって。
>うん、仲よさそうに。
>ああ!油断しちゃったんです。ちょっと人通りから外れてたし。でも、バイト先のみんなには、ばれてないみたいで。
>明日悟くん、昴くんのラジオに、ゲストで来るんだよ。
>え?なんか言っちゃうかな。
>どうかな~?昴くんが聞きだしたりして。
>ええ~~!どうしよう。星野さん、昴くんに釘さして置いてください!
>わかった。つっこんだ質問とかしないようにって、言っとくね。
>よろしくお願いします~~~。
それをそのまま、昴くんが家に帰って来てから、伝えると、
「え~~?いろんなこと聞き出して、楽しもうと思ってたのにな」
と、がっかりしていた。
「す、昴くん。悟くんは芸能人だからいいとしても、葉月ちゃんはさ…」
「はい。わかってます。なるべく、聞きません」
「うん。そうだよ。昴くんがあとで、葉月ちゃんから怒られちゃうからね」
「あ。そうだよね。たまに、おっかないもんね、葉月ちゃん…」
え?おっかないって思ってるんだ。ふうん…。
「ひ~~か~~り~~~…」
いきなり昴くんが後ろから抱き付いて、甘えてきた。
「何?どうしたの?」
「今の撮影、めちゃハード…」
「え?」
「テロやっつける役、めちゃ大変…」
おや、めずらしく弱音?
昴くんはしばらく黙って、私に抱きついていた。
「ああ…。ひかりって、ほんとあったかいし、癒される、俺…」
なんだか、可愛くなって昴くんの方を向いて、頭をなでなでしてみた。
「頑張ってるんだね」
そう言うと、昴くんはこっくりとうなづいて、
「ワン…」
と言って胸に顔をうずめてきた。
これ、多分、もっとなでてってことだな…。心の中で、よしよしって言いながら頭をなでると、
「く~~ん」
と小さな声で昴くんが鳴いた。…ほんとに、犬になっちゃうんじゃない?
翌日、昴くんはまた朝早い。眠そうな目をこすりながら、マネージャーが迎えに来たから、行ってくるよって言って、ハグしてキスして家を出た。
撮影がずっと続き、そのままラジオ局に直行するらしい。大変だ…。
夜、11時になり、ラジオが始まった。先週はこれに出てたなんて、なんだか信じられない。他人事みたいだ。
「天宮昴のミッドナイトデート!今日で2回目です。こんばんは。みなさん、お元気でしたか?」
昴くんの声は澄んでいて、光が飛び出していた。さすが、昨日の夜うなだれて、甘えてきた人と同一人物だとも思えないほどの変わりよう…。
「さて、今日のゲストは…、俺もすんごい尊敬してるお兄さん的存在の、俳優さんです」
と言ってから、少し間をおき、
「誰だか、わかりますか?もう、みんな喜びますよ…。そう、結城悟さんで~~~す!」
それから、パチパチと手をたたく音がした。きっと、昴くんが拍手してるんだろう。
「どうも…。結城悟です」
悟くんが少し、大人しめに低い声で挨拶をした。
「あ~~。悟さん!今、思い切りホットな話題の…」
「昴!いいの、それは…」
いきなり、そんなトークを二人でしだした。
だ、大丈夫?昴くん、暴走しないでよ。きっと葉月ちゃんがドキドキしながら聞いてるんだから。
『大丈夫、大丈夫』
え?ラジオしながらも、私の声聞こえるの?っていうか返事をするほど、余裕?
『まあね』
…ほんとだ。今日はまったく緊張していないみたいだ。
「さ~~て、リスナーのみなさん、悟さんに聞いてみたいこと、どんどん質問寄せてくださいね」
「はは…。なるべくお手柔らかにね」
悟くんは力なく笑った。正反対に昴くんは、どうもハイテンションだ。
「ああ、早速きた!えっと…。あ、やっぱり写真で一緒に写ってる人は、本当に彼女なんですか?って質問だ」
「一応…」
「え?一応って何?」
「一般の人だから、なるべくノーコメント」
悟くんは、口数が少なかった。
「はい。じゃ、次ね。あ、でもな~~、これもそんな質問だ。その彼女とはどこで知り合って、付き合ってどのくらいですか?あ、次のもそうだ。彼女は今、何歳ですか?タイプで言うと、どんなタイプですか?」
「……」
悟くんは黙っていた。
「あとね、こっちの人は、彼女のどこが好きですか?だって」
「あ~~。他には?っていうか、お前に質問とかないの?」
「ないよ。ずっと、悟さんにばかり。ま、しょうがないよね、昨日の今日じゃ」
「なんで、お前のラジオに出る前に、撮られちゃったんだろ、俺」
悟くんは、少し困った感じでそう言った。なんか、今日の悟くん、いつもと違うみたい。
「俺が撮られたときも、すぐにラジオ出演したんだよね。で、暴露しちゃった~~」
「そうだっけ?」
「うん。あ、悟さん、まったくさっきから、答えてないけど」
「質問に?」
「そうです」
「…えっと、なんだっけ?ああ…。どこで会ったかだっけ?舞台です。観に来てくれてた…」
「はい。それから、いつから付き合ってたのかって」
「いつだったかな?お前がひかりさんと付き合いだして…、そのあとだから…」
「悟さん!!!!」
「え?」
今、ひかりさんって言っちゃわなかった…?
「あ~~。俺、言っちゃったっけ?名前…」
「言っちゃいましたよ…。あ~~あ。生放送で…」
「ごめん!」
「いや、俺に謝っても…。多分本人のほうが、今頃怒ってる…」
「怒ってる?ごめんなさい。名前ばらしちゃった…」
『怒ってないけど…。かなり、ショック…』
「怒ってないけど、ショックは受けてるかも」
昴くんは私の心の声を聞き、悟くんにそう言った。
「申し訳ない!つい…」
「…ま、いいやもう。言っちゃったものは仕方ない。生だから、カットもできないし」
「悪い、本当に悪い!」
ラジオから黒い霧が出た。どうも、悟くんが罪悪感を感じて霧を出したようだ。めずらしい。
「あ。ほんと、いいよ、いいよ。もうこうなったら開き直ろう。ね?ひかり!これ、聞いてる?もういいね!」
あ~~~。昴くん。いいけど…。昴くんが思い切り、光を出して、霧を消してるし…。
『いいよ。でも、本名全部は言わないで』
「名前だけね。ばらすの…。あとはもう、言わないでよ。悟さん」
「はい。言いません」
「じゃ、次。彼女のどこが好きですか?って質問」
「え…。そうだな…。えっと、健気なところかな」
「健気?」
「弱かったりするのに、強がってたり…。一生懸命に生きてたり…」
「うん」
「そういうところがいじらしいって…」
「ふうん。そうなんだ」
「でも、俺の前だと、そんなに強がらないかな」
「悟さんには、素を見せられるんじゃないの?」
「うん、そうかも」
「仲いいんだな~~」
「お前もでしょ?」
「俺?俺はいいの。もうこれ以上話さないからね。俺にふらないでくれる?」
なんか、ラジオだって自覚二人はあるのかな…。いつもみたいな話し方になってるけど…。
「次の質問。今のドラマで刑事役やってるけど、悟さんは子どもの頃、何になりたかったですか?」
「あ。良かった。そういう質問で…。俺は、芸能人になる気はなかったですよ。ほんとに小さい頃は、パイロットとか、宇宙飛行士とかになりたかった」
「へえ。そうなんだ」
「昴は?」
「俺は、この世界にもう、小学生からいるから。なんか、気づいたら俳優してた」
「あ。そうか…」
「次の質問、いいですか?今日はどんどん聞いちゃいますよ」
「うん」
「結婚は何歳ころしたいですか?」
「結婚?!う~~ん。唐突だな…。まあ、30くらいまでには…」
「何人子どもが欲しいですか?」
「子ども?!考えたこともないけど…」
「じゃ、亭主関白になるか、尻にしかれるか、どっちになると思いますか?だって」
「どっちもなさそう…」
「なんか、尻にしかれるわけじゃないけど、優しいだんなさんになりそうだよね」
「俺?そう思う?」
「うん」
「お前は思い切り、甘えそうだよね」
「え?」
「奥さんに。べたべた甘えていそう…」
「だ~~から、俺のことはいいんだって」
「はいはい」
「次は、なんだ。俺にだ…。先週空野さんが、自分の好みだと言って、ひかりさんに怒られませんでしたかって…。ああ、もう名前しっかりと書いてあるし…」
昴くんは少し、黙ってから、
「怒られませんでした。ひかりは寛大ですから。じゃ、次」
と早口で言って、次の質問にうつろうとした。でも、
「またか~~。これも俺にだ…」
とちょっと、低い声でそう言った。
「はは…。今度は昴が質問攻めにあう番だ」
悟くんがひやかした。
「ひかりさんの字は、どう書くんですか?私もひかりなんですけど、お日様の光っていう字に、里です」
「ふうん」
「えっと、字ですか…?そこまでは教えられません。すみません。あ、光っていう字に里、いいですね。光のふるさとみたいで…」
昴くんはそう、優しい声で言った。
「パソコン俺も見ていい?質問見てみたい」
「あ。いいっすよ」
悟くんがメールを見ているようだった。
「こんな質問もあるよ。昴くんはひかりって呼んでるんですね。ひかりさんは、なんて呼んでいますか?」
「昴くんって呼んでます」
昴くんが答えた。
「菅原エリカさんのラジオにゲストで出てた時に、昴くん、彼女に甘えてるって言ってましたよね。今でもそうですか?」
「はい、そうです」
昴くんは、悟くんが読む質問に、冷静に答えていた。
「彼女は年上だけど、そう感じないようなことも言っていましたよね?年齢の差を感じることはないですか?」
「はい、ないです。あれ?まったくないかも」
昴くんがそう答えた。
「悟さん、俺のはもういいです。せっかく悟さんがゲストで来てるんだから。あ、そうだ。歌のリクエストありますか?」
「ああ。うん。俺が好きな歌は、ちょっと古い歌なんだけど…」
「あ、いいっすよ。なんて曲ですか?」
「親父が好きで、カラオケに行くとよく、歌ってたんだよね。アリスのチャンピオン」
「あ、ボクサーの歌」
「そう。なんか、あれ、好きで…」
「じゃ、それ、かけます。アリスのチャンピオン」
曲が流れてる間に、
『ひかり、悟さんが本当に悪かった、ひかりに謝っていたって伝えてって』
『うん、もういいよ。言っちゃったものは仕方ないもの』
『じゃ、ひかりは怒ってないって伝えておく』
『うん』
なんだか、昴くんに釘を刺すより、悟くんに注意するように葉月ちゃんに言っとけばよかったな。
「悟さんのことをいろいろと聞こうとしてたのにな…。いろんなことを聞き出そうって思ってたんですよ。暴露させちゃえって。そしたら、逆に俺の方が困ったことになっちゃいました」
曲が終わると昴くんがそう言って、でも明るく、
「あはは。まいった」
って笑った。
「すまない、昴。ほんと悪かった」
「いいすよ。俺の彼女超優しいから、大丈夫です」
「あ…、そう。のろけ?」
「はい!」
もう~~、昴くんったら、何を言ってるの!
「それじゃ、悟さんも新番組始まったんですよね。刑事役の…。忙しいと思いますが、お互い頑張りましょう」
「ああ。うん。昴も、ラジオにドラマ、いろいろと忙しいだろうけど、頑張って」
「ありがとうございます。じゃ、また、遊びに来てください」
「おお」
「今日のゲストは、結城悟さんでした」
昴くんがそう言うと、CMが流れた。
は~~~…。なんか、ラジオ聞いてるだけで、私が緊張しちゃった。
CMがあけるといきなり、昴くんは、静かで穏やかで、優しい声になり、
「悟さんと彼女、ずっと幸せだったらいいな…なんて思います。あ、彼女は一般の人だから、みなさん、あんまりさわいだりしないで、あったかく見守っていませんか?なんて…。いろいろと聞き出しちゃえって思ってた、俺が言うのもなんなんですけど…」
と話し出した。
「俺の彼女も、あ。もう名前ばれちゃいましたね。そう、ひかりっていうんですけど…。芸能人じゃないし、騒がれるとちょっと困る。できたら、あったかく見守ってくれたら嬉しいです」
昴くんはちょっとだけ黙ると、
「次は、俺の好きな歌かけようかな…。ゆずさんの歌で…、虹。けっこう好きなんですよね。これ」
あ…。私も好きな歌だ。よく家で、ゆずの曲を昴くんは聞いてて、一緒に口ずさんでるんだよね。
歌が終わり、
「あ、そうだ。来週はまた、空野いのりさんがゲストで来ます。質問、相談があったらどんどん、送ってください」
昴くんがそう言うと、CMが流れた。
そして、またCMあけ、すごく優しい声で昴くんは話し出す。それと共に、すごい光が飛び出してくる。
「俺、思うんですけど…。好きな人、大事な人がいるってだけでも、幸せだなって。あ…。それは恋人に限らずですよ。両親や子ども、兄弟、友達…。俺、家族も、両親なんて特に、大事だなって思います」
昴くんの声は、本当に優しかった。
「正月休みに、いろんなことを体験して、命の大事さを知ったり、親のありがたみを知ったりしたんですよ。なんか、すんごい親に感謝したり、自分の命をもっと、大事にしないとなって思ったりもしました」
昴くんは、まじめな話をし出していた。でもこれ、昴くんが伝えたかったことだ。
「みなさんには、いますか?大事な人…。大事に思われていない、愛されてない、って孤独に感じてる人、そんな時には、愛している、大事に思っているって方を、感じてみてください。求めるよりも、与える方、愛されるよりも、愛する方…。これを感じるだけで実は、幸せになれます。心が満たされるんです。求めてると、逆に失ったとき、けっこう穴がぽかりとあいた感じがしたり、求めて満たされてもまた、多くを求めたりして、心に隙間があくんですよね」
昴くん…。
「でも、愛するってすごいですよ。こんこんと湧き出ますから。枯れないですよ。もっと多く、もっと愛そうって思ったら、さらに湧き出ますし。それが自分の中で、思い切り溢れ出て満たされて、幸せになれます」
そうだね…。本当に…。
「だから、愛されようとするより、愛してください。きっと、それが1番の幸せなんだって、気づくと思います」
ラジオからものすごい光が出た。それが辺り1面に広がる。
「なんて、俺、ちょっと生意気言ったかな?」
昴くんはそう言って笑うと、
「今夜も、みなさんとのミッドナイトデート、楽しかったです。みなさんも楽しんでもらえましたか?また、来週この時間に会いましょう。それでは、いい夢を」
そうか。ミッドナイトデートって昴くんとリスナーのデートなのか…。って今ごろ、気がついたよ。
それにしても、昴くんから出る光すごかったな…。これを聞いてた人は、思い切り癒されたんじゃないかな…。