2 昴くんと空野いのりの対談
出版社に到着した。受付で、空野いのりですと言うと、受付の人が内線で担当の人を呼んでくれて、すぐにその場に、女性が現れた。
あ、女性なんだ。なんだ、男の人だと思っていた。依頼はパソコンのメールで来たし、名前だけ見て、男性の名前かなって勝手に思っちゃった。その人は、40代半ばくらいの女性の人だった。
それから、一緒にカフェに行った。席につくとすぐ、
「空野いのりさん、初めまして。私が今回の企画を提案した相楽悠といいます。よろしくお願いします」
と、名刺を差し出しながら、自己紹介をしてくれた。
「あ、空野いのりです。よろしくお願いします」
私はぺこってお辞儀をした。
「昴くんはまだみたいね。あ、あとで、カメラマンも来るから」
「え?」
「写真撮らせてくださいね。あ、大丈夫。顔は写しません」
「はい…」
「それと、対談の件、受けてくれて本当にありがとうございました」
「いえ…、あの、相楽さんって、海藤冬美さんと知り合いだって聞いて…」
「ええ。瞑想の会で知り合って…。いのりさんも瞑想の会へ行った事があるんですってね?」
「はい。最近だと、夏に行きました」
「そう。じゃ、もしかして…」
「え?」
「2012年 愛と光の地球は、あなたの実体験だったりしない?目覚めのことが書いてあった」
「あ…はい。全部が実体験ではないんですけど、その…、半分以上は、ノンフィクションなんです」
「まあ、やっぱり…。あの小説に出てくる相手の男性、あなたの彼氏?」
「え…。それはその」
私が困っていると、そこへ昴くんがやってきた。
「すみません、遅れて」
昴くんの後ろからは、カメラを持った男の人が来た。なんだか、見覚えがあるなって思っていると、低い次元で会ったことのある、榊さんだった。
「あ…」
私は思わず、声をだしてびっくりすると、
「どうかしたかしら?」
と相楽さんに言われてしまった。
「いえ…」
「空野さん、はじめまして。榊といいます。今日はよろしくお願いします」
榊さんはそう言うと、握手を求めてきた。
「はい、よろしくお願いします」
『榊さんのこと、覚えてる?』
『覚えてるよ。びっくりしちゃった』
『俺も。さっき、このビルに入ったところでばったり会って、今日写真撮るのは、自分なんですって言ってきてさ。榊さんも低い次元からもう、この次元に戻ってきてるって。こっちでは、カメラマンの仕事してるんだってさ』
『そうなんだ。すごい偶然』
『違うよ。榊さんもやっぱり、瞑想の会に行ってて、そこで、相楽さんと会ったんだって。偶然じゃないんだよ』
『必然か~~』
『そ、全部がね』
「さあ、じゃ、始めましょうか。あれ?空野さんと昴くんは面識があるの?」
「え?」
「お互い、自己紹介も何もしていないけど…」
「あ…、初めまして。って言ってもその…、俺のことはだって、知ってますよね?」
「はい。もちろん」
「よろしくお願いします」
昴くんはそう言うと、ぺこってお辞儀をした。
『駄目だ…。なんか、顔がにやける』
と心で、言いながら。私も笑いそうになるのをこらえて、わざと真剣な顔をして頭をさげると、
「そんなに緊張しないでね。楽にお話してくれたほうが、こっちもやりやすいわ」
と、相楽さんが言った。相楽さんは多分、瞑想の会で目覚めている。でも、どこまで私たちのことを話してもいいのかがわからなかった。だから、そのまま、昴くんとお互い初めて会ったふりをしていようってことになった。
榊さんは、私のことも知ってるけど、榊さんもまた、初めて会ったふりをしててくれた。
「さて…」
相楽さんは、ノートと、それから、小さなテープレコーダーをテーブルに置いた。
「今回は、どんなことを話して欲しいかというと」
「はい」
だんだんと私は、緊張してきていた。
『ひかり、そんなに緊張しなくても大丈夫』
昴くんは、光を出してくれた。
「20代から30代の女性が読む本なんです。だから、やっぱり恋愛のことを中心に話してほしい。それも、いのりさんの書いた小説は、なんていうか…、そう、無償の愛っていうのかしらね。そういった恋愛ってなかなか出来ないし…。その辺をいろいろと掘り下げて話してもらえたら、嬉しいんだけど」
「無償の…、愛ですか?」
私は、いったいどうそれを昴くんと対談したらいいか、考えこんでしまった。
「何か質問してくれたら、それに答えます」
昴くんが、相楽さんにそう言ってくれた。
「そうね。じゃあまず…、この小説を読んだ時の、率直な感想を昴くんに話してもらいたいな」
「感想ですか。そうですね…。感動しましたね。すべてを受け止め、愛してくれる存在ってすごいなってそう思いました」
「圭介のことを受け止めた瑞希のこと…、ですね?」
「はい。あと…、こういった奇跡は実際、起きるんだろうなって…。夢物語ではなく、愛の力と、あとはやっぱり、すべてを受け止めた上で、感謝しながら、今をただ楽しんで喜んで生きるっていうのは、病気もがん細胞さえも、消してしまうんじゃないか…ってそんなことも思いました」
「今を、楽しむ」
相楽さんは繰り返した。
「はい」
「それはこの小説の中での、テーマでもありますよね?いのりさん」
「はい」
「いのりさんも、今を楽しむこと、それが大切だと思ってらっしゃるんですね?」
「はい。今っていうときは、戻ってきませんし、大事だと思います」
「未来や、過去は?」
「大事ですけど…。でも、あまり未来に思いを向けてると、今を見失いますよね。過去ばかり見ててもそうです」
私が言うと、榊さんが私の背中から写真を撮った。多分、私は背中が写り、まん前にいる昴くんの顔はしっかりと写されていただろう。
「うん。それ、わかります。今って、実は、すんごい感動することが起きてたりするんですよね」
昴くんはうなづいてから、そう言った。
「それは、もしかしたら、普通のありきたりのことかもしれない。毎日が同じ日に感じるかもしれないけど、でも実は全然違ってて、そのありきたりの風景が、ものすごく素晴らしいものだったりするんですよね」
「って言うと?」
相楽さんが聞いてきた。
「う~~ん、当たり前だって思って、味わっていないと気づけないんです。明日は何をしようとか、昨日失敗して駄目だったとか、そんな未来や過去のことにとらわれて、目の前のことをまったく味わっていないと、なんでもない風景、時間、空間がそこにあるだけになっちゃう」
昴くんが話しだした。
「本当は、なんでもないことじゃないんです。すごく奇麗な空だったり、何かを食べてたらすごく美味しいものだったり、目の前にいる人が実はすごく愛しい人だったり」
「それが今に生きる」
私は思わず、口をはさんでしまった。でも、昴くんは私のその言葉に、うんうんってうなづいた。
「例えば、昨日食べたカレー、美味しかったななんて思い出したとしても、やっぱりそれは記憶であって、本当にうまいって味わえるのは、今っていう時だけなんですよね。確かに、写真やビデオに撮ることもできますけど、やっぱり美しい風景って、実際に目で見たそれが1番感動しませんか?」
「そうですね」
相楽さんはうなづいた。
「今しかないんだよね」
私がまた、ぽつりと言ってしまった。
「今しかない?」
相楽さんが聞いてきた。
「はい。実際に味わったり、感動できるのって、今しかないんです。いえ、確かに過去を思い返してみて、あの時は嬉しかったとか、そういった感情は出てきますけど、でも、それを感じているのですら、今だけなんです」
私が言うと、
「今だけ…」
相楽さんは、繰り返した。
「うん。そう。今だけ。今、このときだけ。この映画は、それがそのまま題名にもなってる」
「今 このときを 愛してる…。ああ、そうですね」
昴くんが言ったことに、相楽さんはうなづいた。
「それと、無償の愛。これについては、どう思いますか?昴くん。あ、そうだ。昴くんは恋人がいらっしゃいますが、その人のことはどう思ってるんですか?」
「え?」
相楽さんの質問に、昴くんは戸惑ってしまっていた。
「無償の愛、感じたことありますか?」
「ああ…。そうですね…。はい。あまり、見返りも求めないし、いてくれるってだけで、幸せですし、ありのまま、そのままのその人が好きですし、俺のことも、あるがまま、愛してくれますし…」
「じゃ、この小説の二人のような関係ですね?」
「ああ。はい」
昴くんは、耳を赤くしてそう言った。私も聞いてて、恥ずかしくなってきた。
「そういえば、いのりさんにも、いらっしゃるんですよね?恋人」
「は?」
いきなり私にふってきて、驚いた。
「ほら、2012年の小説、半分ノンフィクションだって。っていうことは、いらっしゃるでしょう?」
「はい…」
「やはり、いのりさんも、無償の愛で愛しているのかしら、その人のこと」
「はい…」
私は真っ赤になっていたかもしれない。
『ひかり!そんなに照れないでよ』
昴くんに心で、そう言われてしまった。
「じゃ、いのりさんが書いた小説、すごく共感できたんじゃないですか?昴くんは」
「はい、思い切り」
「それで、あんなに素晴らしい演技をして、素晴らしい映画になったんですね」
「はい。あ、ありがとうございます!」
昴くんはぺこってお辞儀をした。
「そう。素敵な話でした。今日はありがとうございました」
「はい、こちらこそありがとうございました」
昴くんはまた、お辞儀をした。私も慌ててお辞儀をした。
「さ、じゃあ、これで終わりましょうか」
相楽さんは、テープレコーダーのスイッチを切り、
「写真はもういい?」
と榊さんに聞いた。
「あ、昴くんが一人のを撮りたいですけど、いいですか?」
榊さんがそう答えた。
「はい」
昴くんの顔を、何枚か榊さんが撮った。そのあと相楽さんが、昴くんにインタビューをし始めた。
「実際にいのりさんに会って、どうでしたか?」
ええ?私の目の前で聞く?
「素敵な人です。えっと、思ってた通りの…」
昴くんは、ちょっと言葉に詰まりながらそう答えた。
「彼女とどっちが素敵?」
「え?それはその…。そういう質問はちょっと、答えにくいな…。あはは」
昴くんは笑って誤魔化していた。
「うん、ありがとう。写真はもう大丈夫?」
「はい」
榊さんがそう答えると、また相楽さんは、今日はありがとうございましたと、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
私と昴くんも、頭を下げた。それから相楽さんは、
「ここのコーヒー代は出しますね。コーヒーだけでいいかしら?何か食べる?」
と昴くんに聞いていた。
「あ…。すみません。実はおなかすいてて、サンドイッチいいですか?」
「ミックスサンドしかないけど、いい?」
「はい」
「すみません!」
相楽さんは店員に、コーヒーとミックスサンドを頼み、それを自分のツケにしてくれと言い、
「じゃ、ゆっくりとしていってくださいね」
と言って、榊さんとカフェをあとにした。
二人が出ていってから、
「あ…。やっぱり、緊張した~」
と私はほっとして、そう言うと、
「あはは、ほんと、緊張してたよね」
と、昴くんに笑われた。
それからサンドイッチとコーヒーが来ると、昴くんは、
「ひかりも食べる?」
と聞いてきたが、
「なんだか緊張しすぎて、おなか痛いからいらない」
と断った。
「え?大丈夫?」
「うん」
コーヒーだけ飲んでると、昴くんは目の前ですごく美味しそうに食べていた。
『なんでも、美味しそうに食べるよね』
『だって、美味しいから』
幸せな人だよな~~。つくづくそう思う。
「うん、俺、幸せだよ?」
昴くんはにこって笑った。
『これ、どんなふうに載るかな?』
『今日の対談?』
『うん』
『そのまんまじゃない?』
『え?』
『そのまま載ると思うよ』
『私、変なこと言ってなかった?』
『大丈夫。あ…。そうだ。言い忘れてた。俺ね、ラジオの番組するんだ。決まったんだ』
『え?そうなの?』
『前からそんな話があったけど、本決まりになった。10月からやるよ。週一回で、夜の11時から1時間』
『そうなんだ~~。楽しみ』
『毎回ね、ゲストも呼ぼうかなって…。それも俺が呼びたい人、呼んでいいよってさ。でね…』
『うん』
『空野いのり呼びたいって言っておいたから』
『嘘!』
『まじ』
『私なんかがゲストにいって、何を話すのよ?』
『今日みたいなこと』
『え~~~~~????』
『これは、提案しただけ。まだ決まってないから』
『な、なんだ』
『でもきっと、そうなるよ』
『え?なんでそう思うの?』
『俺の直感』
うそ~~~……。また、緊張しまくらなきゃ、ならないじゃない!