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八.1863年、回想~平山 五郎~

『で?』


尾形は、仮同志期間の度胸試しの(とき)より明らかに負の感情に寄った声で聞き返す。前髪が上げられている分険のある表情が直に原田を刺した。尾形の手には読みかけの書物がある。


彼はこの謹慎中、まぁ彼の性格をよく知る筆者および読者としては、髪を上げる程気合を入れて(さぞ)充実した読書生活を楽しんでいただろうと思うところだが、意外にも本人や我々が思う程本の消化は出来ていない。と、いうのも、今回の原田達三馬鹿であったり、山野と馬越とその保護者沖田であったりと、意外に人が来るのだ。

芹沢対策の一環なのかも知れないが、何故か武田が来る事があり、嫌みや自慢を只管(ひたすら)(まく)し立ててくる。前回などは馬詰 柳太郎と一緒に来て二人の仲を見せびらかしていたが、其こそ本を読みつつ聞き流した。すると、武田は物淋しそうにもじもじし『ん?』と尾形が顔を上げると大袈裟な程に驚いた。馬詰も何かを期待した様だが、その後、泣いた。


話を戻して、今回は三馬鹿が幹部ともどもつるんで遊びに行った日の土産話である。


『冷てーよおがっちっ!外に出られないおがっちの為に楽しい話をしてるんだってのによっ!』

『御気持ちのみ頂戴しておきます。私は別に楽しくはありませぬ』

『だからそんなよそよそしくすんなって!おがっち絶対ソンしてるぞ!大体、御捻(おひね)りも知らないなんて世間知らずもいいトコだぜ!』

尾形がギロリと原田を睨む。原田は武田ほどではないがびびった。文吏らしいプライドは其形(それなり)にあるらしい。

『ま、まぁ、生れたトコがトコだからね!?』

『僻地で済みませぬな』

『・・・・・・ごめん!』

『馬鹿平助、演目の「生人形(いきにんぎょう)」の原作者はおがっちと同郷の松本 喜三郎だぞ。おがっちが御捻りも知らないのは、おがっちが田舎育ちだからなんじゃなくておがっちが坊ちゃん育ちだからなんだよ、なぁ?』

『別に。住まう世界が違うだけでしょう』

にべも無い。そして藤堂にしろ永倉にしろ、全くフォローになっていない。


「生人形」の演目があるのは、見世物小屋の話だ。態々(わざわざ)大坂まで見物に行ったらしい。見世物だけではなく相撲興行も見物しており、相撲の大目玉中頭7枚目矢筈山がボイコットして大騒ぎになったとか芹沢が力士と喧嘩して刃傷沙汰になったとかそちらも気を惹く話ではあろうが、尾形はそちらもほぼほぼ興味を示さないので割愛するしか無い。その件については尾形などより(むし)ろ道挟んですぐの肥後藩邸が殺気立っている。熊川 熊次郎で検索するべし。


『まるで生きているかの様だったぜ、なぁ』

原田が見世物の興奮醒め()らぬ様子で言った。


『あと、すっげぇ興奮したのが「蛇女(へびおんな)」。女の裸体に蛇が絡みついて、肉が盛り上がるまで裸体を締めつけるんだけどよ、その時の喘ぎ声ってのがもう』

『左之・・・お前、そのカオじゃなかったら本当にただ変態だぞ。まぁ、圧巻の演技ではあったよな。蛇に身体を巻きつけられた女は、最終的に蛇に丸呑みにされちまうんだ。当然本当に呑み込まれる筈は無いんだけどさ、余りに生々しくて如何遣(どうや)って呑み込まれる細工をしたのか凄く気になったな』

『あはは。左之は左之らしいし、新八っつぁんは新八っつぁんらしい感想だなぁ。俺は生々しいのはちょっと・・・;珍しい動物がたくさん見られたのはよかったかな。可愛かったし♪』


・・・・・・。尾形は胡乱な眼をして雑談を聴いていた。だが、思い立って永倉の方を向き



『蛇女の蛇は本物を使うのですか』



と、訊いた。永倉はおっ、という表情をする。

『今回観たのは本物の蛇を使っている様だったな。只、小さな興行だと蛇の刺青を女の身体に彫り込んで演じる場合もあるらしい』

『お、おがっち蛇女に反応したな!?おがっちも男だなー』

尾形は原田を無視する。抑々(そもそも)頭の回転が速い永倉しか今は眼中に入れていないらしく、結果的に藤堂の事も無視している。

『女、だけでしょうか』

『んーー・・・』

永倉は苦笑した。


『女形がいる位だから、男もいる事はいると思うが、相当な嗜好者向けだよな。若しくは、女向けとか?というか、俺そんなに見世物小屋に詳しくないぞ』


尾形は再び物静かになった。

見世物小屋との繋がりはあぐり。裸体に蛇の刺青は佐々木。彼等の姿が想い起される。




ギリギリのところで保たれていた均衡・平和が崩れるとすれば、何処からであろうか。

その答えは極めて簡単で「襤褸(ぼろ)が出たところ」である。後は「弱いところ」だ。

其では、尾形・島田・山野の凸凹三人組の中で、「最も早く襤褸を出した」のは誰か。


襤褸と綻びは似て非なるものである。綻びも叉、均衡・平和を崩す材料の一種ではあるが、綻びを作った者が必ずしも「付け入られる」とは限らない。

要は“隙”の問題である。




山野は今日も今日とて床に臥していた。(もっと)もこの時季は、好調だったり不調になったりで体調が安定せず、日に()って巡察に出られたり出られなかったりする。全く美男五人衆とは謂え、何故山野が壬生浪士に入隊でき、残れているのか新選組の七不思議だ。


『ぅぅ・・・しゅーーーん・・・・・・』


山野はぐずり乍ら前川邸の廊下にへたり込んでいた。行きも遠い遠い帰りも遠い。

また介抱してくれねィかなぁ・・・と薄靄がかる意識の中で他力本願な事を想うが、生憎とそんな頻繁に人は拾って呉れない。尾形とて三度目以降は放置する。



『山野』



・・・硬質の声が遠く上から降ってくる。山野は浅い呼吸をし乍ら、首だけ斜め上の方を振り向いた。この声は



『・・・あンたもしつこいですねェーー・・・』

『お前は今日も調子が悪そうだな』

・・・・・・平山 五郎だ。平山は、今日も虫の居所が悪そうだった。

『こんなひ弱な奴に何本も取られる道理が分らん。どんな手を使っていやがる』

『その科白(セリフ)は何度も聞きましたぜ・・・立ち合いの話は叉今度にしてくだせェよ。見ての通り、今日は体調が・・・』

『其は結構』


平山はどんと壁に手をついた。山野ははっ!?と息を詰める。一瞬にして山野の視界は影に蔽われ、壁と影との間に挟まれて仕舞ったからだ。


己のくびに思わず指が伸びる。―――首を、攫まれているのだ。平山に。そして、壁に押しつけられている。



『今回は剣術勝負ではないからな』



『・・・・・・ッ!?』




全ての隊士に適用され、数多の命を彼岸へ運んだ局中法度。之が強固な拘束力を持つ様になったのは『新選組』と名を改め近藤・土方を中心とした試衛館派に()る組織が整ってからであり、其以前―――壬生浪士時代は近藤等が芹沢等水戸派に提示したものの黙殺されていた。局中法度も元は、芹沢の前には()って無い様な弱い存在だったのである。




『おがっち!!』



今も八木邸を住いとしている尾形の(もと)に情報を持って飛び込んで来たのは、原田 左之助であった。

尾形はひとり静かに書物を読んでいる。


『おがっち!!本読んでる場合じゃないって!!()っつぁんが!!八っつぁんが芹沢派に!!』

『永倉さんなれば問題無いでしょう』

『新八っつぁんじゃねぇよ!八十八(やそぱ)っつぁんの事だ!おがっちなら判るハズだろぅ!』

『何ゆえ判ると思いなはる。山野と水戸派が繋がる理屈の方が解りませぬよ』

尾形はパタリと本を閉じた。前川邸から運んで来た様子は無いのにいつの間にか出来上がっていた自作の本棚に本を戻すと、振り返り冷血漢の眼で原田を見遣る。

『で―――?沖田さんに言えば其で済む事を、態々(わざわざ)私にも報告くださったのですか』

『総司に言えばいいのはそうだけどよ、いねぇんだよ肝心な時にアイツはぁ!其におがっちは八十八っつぁんと仲がいいだろ!仲間が大変な目に遭ってるのに其を知らないのはおがっちだって嫌だろう!?』

『別に。山野を仲間と思った事など一度たりとてありはせぬ。其より貴方は―――』

原田は最早びーびー泣き喚いている。人情派の原田らしい行動原理だ。故に他人に利用されたり、余計な動きをして物語を引っ掻き回したりする。

『・・・止めなかったのですね?現場に居合わせておき乍ら』

長身で、隊内でも体格は良い方、正義感に溢れ脳内筋肉の原田が、仲間が敵側に引き込まれんとする光景を目にすれば

『うおぉぉぉ!止めに入ったに決ってるだろ!けど、芹沢派の奴がよくわかんない事言ってるんだ!八っつぁんに向って教えろとか暴露(バラ)したとか!』

『・・・・・・』

ここにきて、如何に隊士が無骨で口が軽いものかお分りであろう。尾形は同情とも取れる様な呆れた眼で原田を見ると

『承知した』

と、言った。・・・そう返答した刻には、別の表情を浮べていた。


―――(わら)っている。


『・・・っ?おがっち・・・?』

原田が怯む。そうと決れば後は早く、立ち上がり早々に前川邸へ向かう準備をする。自ら助けを求めておき乍ら、原田は急激な不安に襲われた。


(お、俺そういや芹沢の事でおがっちを頼って良かったのか・・・?)



『貴方は立派に役目を果しておりますな』



尾形はそう言って部屋を出て行った。

ひとり取り残された原田は、突然の誉め言葉に純粋に照れる。(やが)て置いて行かれた事に気がつくと

『うおおおーー!!おがっちぃぃーーーー!!』

と、部屋を飛び出しダッシュで追い駆けた。




―――肌蹴た襦袢の内側で、透明な水滴が白い胸から鳩尾に流れ落ちている。その割に、顔色はひどく冷めていた。蒼白と言い換えてよいのかも知れない。


『――――ッ・・・』

平山の責めは非常に強く、山野は壁を背に宙ぶらりんになっている。いつしか足は床に届かず、片手で攫まれ持ち上げられていた。怪力も桁が違う。怪力といえば島田 魁も怪力だが、贅肉多めの優しい筋肉にこの様な冷酷な力は出せないだろう。


『よくもここ迄吐かないものだな』


平山は空いた手で一番手前の障子を開けると、山野をその奥に押し込んだ。すぱぁん!!とけたたましい音がし、隊士達の声が其処(そこ)彼処(かしこ)で響く。試衛館派を除いた助勤級の隊士も中にはいるが、平山の前には全員群衆へと個性が消し飛ぶ。

『く・・・ッ』

山野は床に転がり込み、激しく咳き込む。連れ込まれた部屋の畳床に木刀が架けられており、出口の前には平山が居る。木刀を見つめる山野に、平山は、取れ。と言った。



『本当は見物人が居ない内に口を割らせようと思ったんだが。剣術勝負に切り替えだ。まぁ、お前が割らなくても原田の奴が連れて来るだろうがな。恨むなら原田を恨めよ』



平山が山野の胸倉を攫み、耳元で囁く。平山は目星がついているのだ、山野があぐりの正体を暴露した相手を。

(・・・来るな)

平山が山野を突き飛ばす。併し、まさか一番隊(おまえ)が知っているとはな、と平山は言っていた。



『お前があの娘の事を知り、一番隊があの家を張っているという事は、沖田、延いては土方も知っているという事。そして、お前は口軽くも上司ではない他の誰かに其を告げ口した訳だ。口止めされなかったのか?生憎と、(あれ)は俺達の取り分でな。勝手に首を突っ込まれたら困るんだ』



―――山野は首を絞められて意識が遠くなりつつも、過去の記憶を懸命に遡らせていた。原田が止めに入る迄、平山に拠る責苦は続く。


『無論、沖田と土方に暴露(バレ)た事にも芹沢先生は大いに腹を立てておられる。試衛館派(あいつら)水戸派(オレら)の邪魔ばかりするからな。―――其ともあの刻あそこに居たのはお前か?其なら(すべ)ての辻褄が合うが』


『・・・?』



『ずっと佐々木だと思っていたが、お前の可能性も在り得るな。言え山野。あいつはどこまで知っている?一体、何人に暴露した?』



―――次の瞬間には部屋の床に叩きつけられ、刀を取れと言われていた。山野は木刀を手に取り、身構える。



『そうだ、山野』


(―――来るな、来るんじゃねェぞっ・・・・・・)

『俺に負けたら、お前の口から言って貰おう。この世の中、己の口から出たものほど強いものは無いからな。剣術勝負だから、之で加減をしておいて遣る』

山野が此処で幾ら粘っても、来られて仕舞えば意味が無い。平山は其を見越して言っている。

原田は連れて来るだろう。そして、あいつも恐らく応じると思う。何せ、自分はあいつに二度救われているのだから。



『・・・まぁ貴様も、その調子では俺に勝てないだろうがな』



―――八月十八日の政変以来、水戸派はあいつと接点を持ちたがっている。



―――来るな―――! 山野はギリリと歯を食い縛った。木刀を上段から振り下ろし、平山が鞘ごと刀を抜いた。

・・・山崎 烝が、大衆に(まじ)って愉しそうに見物(かんさつ)している。




『何をしているのですか』

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