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六.1863年、回想~近藤 勇~

佐々木が尾形の前から姿を消して以後、遺体が発見される迄、結構な日数があった。



「尾形。(これ)はお前の監督不行届だな」


無論、佐々木が行方を晦ましている事を、局長副長に何日も隠し通せる(はず)は無い。土方が殊更に尾形を追及するも

「まぁまぁ土方君」

と、山南が(なだ)める。芹沢、近藤といった局長格(おかざり)は居なく、芹沢派の者達がこの場に居ないのは幸運であった。ここは島田の機転だろう。

島田は隊内を掌握する副長にのみ報告し、伺いを立てた。新見は今日も単独行動で席を外しているし、そうなれば試衛館派の彼等二人だけが佐々木の案件を知る事となったのだ。

「・・・この件は、他言無用だな」

「そうだね・・・」

土方と山南が横眼で互いを視ながら(うなず)く。尾形と島田は二人の命令を受ける迄黙って視線を伏せていた。

『尾形、平士達には佐々木は使いに出していると言っておけ。今言った様に、他言無用だ。・・・(さと)られるなよ』

・・・・・・佐々木が名実共に尾形の私兵としての役目を果すのは、この(とき)である。

『島田は(しばら)く尾形に()いておけ。どうせ(いず)れ近い内、隊の再編制をする事になるだろう。佐々木が脱けたとなりゃあ猶更(なおさら)な。其迄(それまで)だ』

島田は肝っ玉がヒュンッとなった。・・・尾形は島田の強張った顔を見る。山崎に座を奪われ、不要とされるのを(おそ)れているのだろうが。尾形の目付(みはり)を命ぜられるなんて、余程信頼されている。

永倉と親しいと()う島田の事を頭から疑っていない節がある。土方も存外、甘いものだと、郷里(くに)に一度殺された男は冷たい貌をした。



『佐々木は一体、何者なんだ』

たっぷり絞られて(ようや)く副長室から解放された後、島田が矢張り同じ疑問を口にした。八木邸を離れ、少し経ってから口を開く。

『お前は何か知らんのか、尾形』

副長助勤以下が住まう前川邸へ戻る前に、通りへ出て、未だ不調を引き摺る八十八の為に水饅頭を買う。

壬生寺の前を横切った時、隊士の姿が複数、稽古も無いのに遠目に視えた。沖田は巡察に出ているので今は居ない。

『あっ!之は、お疲れさまです!尾形先生、島田さん!』

ばたばたと背後を足音が駆け、振り向き、顔を後ろへ向けた刻には、足音はもう追い着いている。

追い越そうとした足音に歯止めが掛り、隊士は暫し並行した。山崎隊の隊士である。

『おう。元気がいいな、お前等』

島田が人好きのする笑顔で若い隊士達に話し掛ける。尾形と殆ど齢の変らぬ隊士達だが、彼等の方が遙かに健康的に動き回っている。

『山崎先生が何処にいらっしゃるか知りませんか?』

『崎か。知らんなぁ』

『山崎先生は何処だーーっ!』

『今度は何処行ったんだあの人ーーっ!』

壬生寺の方からも隊士達の忙しない声が聞える。

『例の崎を見つけたら遊里というヤツか。罪が無いよなぁ、あいつら』

お辞儀をして自身を追い抜いて往った隊士の背中を我が子の様に見つめ、島田は言った。


『尾形君!島田君!』


今度は(また)別の足音が後ろから聞え、陽気な声を掛けられる。近藤 勇が手を振りながら歩いて来た。

近藤はまだ垢抜けなく、道場主の面影を残しており、多摩の門弟に対する様な家族的な態度で新入隊士とも接していた。


『今日はもう仕事が落着してな。君達は之から何処へ行く?』

『京菓子店へ行って水饅頭でも買って来ようと思っとりますが』

『また甘い物か。武士が甘い物なんて』

近藤は呆れた顔で言った。尾形と島田は殊勝な顔をして、近藤が再び口開くのを()っていた。派閥に属さない彼等にとって、局長の側から接近される事は何らか察する事だった。

併し、近藤はそんな二人の緊張など知る由も無く

如何(どう)だ。甘い物もいいが(たま)には辛い物も」

そう言って、ぐい飲みの仕種をする。飲みに行こうという誘いだ。思いも寄らぬ誘いに、尾形も島田もぽかんとした。

『・・・・・・?何ゆえ我々を?』

『久々の夜の休み、副長や沖田さんと水入らずで過すんじゃないんですか?』

『君達・・・隊が二つに割れているからといって、試衛館(うちわ)の者としか過さない訳ではないんだが・・・』

近藤は地味にショックを受けた様だ。併し(なが)ら、第三者の視点から見ると派閥争いとはこの様に映る。

『トシも総司も酒は其ほど好きではないんだ。付き合ってくれ給え』

・・・・・・。二人は横眼で互いを見る。そんなにいい笑顔でごりごり押されると断り難かった。

『『・・・・・・はい』』

二人は近藤の笑顔に圧され、漸く其だけ言った。

『俺も総司が来た時の為に部屋の饅頭を補充するか。一緒に行ってもいいかね?』

『へえ。どうぞどうぞ』

島田が言うなり、尾形が島田から少し離れ、道を開けた。二人の間に近藤が入り、三人並んで歩き始める。近藤は尾形の方を向くと、目を細めて

『嵐の前の静けさだからな』

と、言った。近藤こそ能有る鷹である。鷹揚に構えてい乍ら、視る処は視ている。



『―――いやぁ、まさか、島田君がここ迄酒に弱かったとはなぁ・・・』

島田が巨体を両手両足投げ出して無防備に寝ている。近藤は叉も呆れ返った。・・・・・・。尾形は知らぬ振りをして、辛酒に口付ける。

島田は酒に弱かった。根付の件で一緒に居酒屋に行った際も、殆ど砂糖で(かさ)を増やしていたくせに中盤でひっくり返り、今と同じ様に眠って仕舞った。その際、尾形は根付ごと()いて先に屯所に帰った。

トリビアだが、島田の出身美濃国岐阜県は全国で4番目に下戸が多い地域である。

『・・・反面、君は』

()く言う近藤も、頬だけでなく鼻先まで真赤だ。近藤の出身武州東京都は全国19位で平均乍ら、近藤自身が酒に弱い。

蟒蛇(うわばみ)かね!?君は』

尾形は顔色一つ変えず、酔ったそぶりも全く無い。甘い酒も辛い酒も、出された分だけ坦々と呑み(こな)す。

『郷里では弱い方です』

流石(さすが)・・・九州男児は違うなぁ』

酒好きは原田や斎藤 一など幹部の中でも他にいるが、ここ迄見目も態度も変化の無い人間は斎藤くらいであろう。斎藤の場合、見目変ったら怪奇現象だ。

肥後国熊本は全国9位の酒豪県で、僅差であるものの酒豪県で有名な土佐国高知より酒に強い。だから何だという話ではあるが。

『酒の席での接待は、今後尾形君に任せる事とするかな』

近藤はとろんとした目を更に綻ばせて、尾形に微笑みかけた。副官として連れ歩くに充分な教養も具えている。尾形が常に酒宴の席で近藤の側に控えているのは、()ういった経緯があっての事だ。




佐々木の遺体が見つかるのは、この飲みの数日後―――発見者は、島田 魁である。

尾形は佐々木と同様に、島田を使いに出していた。抑々(そもそも)島田は諸士取調役兼監察方、側に置いておくよりも、情報収集に当らせる。

佐々木の遺体発見の凶報を尾形に伝えたのは、紛れも無い、その島田。


尾形はしっとりと空気を濡らして立ち上がると、湿気をたっぷりと吸い込んだ書物だらけの部屋を出た。

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