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伍.1863年、回想~山野 八十八~

『厄介な事になったな』

島田はいつの間にか協力者の様になっている。土方の命令および見てくれとしては、尾形の監視役の(てい)であるが。

『・・・何がです』

尾形、いい加減鬱陶しがっている。

『崎の奴が本当に動き出したんだ!ああ、俺の監察方の座が!!』

『・・・・・・』

尾形は島田から顔を逸らした。この巨漢と居る方が逆に目立って仕舞う。(それ)に、この様な騒がしいノリの大男は仮同志の頃の度胸試しで縁があって以降やけに絡んで来る原田 左之助で充分間に合っている。


『お、コレ差し入れな』


島田が手作り懐中汁粉(というより最早最中)を差し入れる。とても食えたもんじゃないが、尾形は()ういう時何故か断れない。


『そういや八公(ハチこう)の奴が、汁粉食わせた後いつも体調崩すんだが、過敏症(アレルギー)とかいうやつか?』

『崩すのか』

つい反応する。亦楽舎(えきらくしゃ)で医学を齧った者として聞き流し切れなかった。相手の流れに乗せられる破目になる。

『おう。先刻(さっき)巡察に行く前もな、すぐにばてん様に八公の口に(ほう)り込んだら出動できなくなってな。今寝込んどる』

『何て残酷な事を・・・』

尾形の口から思わず本音が漏れる。でも、甘味処の汁粉だとそんな事にはならんのだぞ、と加害者のくせに不服そうな島田。本当に残酷な男である。


尾形がちらりと山野の様子を見に行く。島田も尾形の速歩(はやあし)に大股でついて行く。(ちな)みに今、沖田隊と山崎隊が巡察中、平山隊とが稽古中でこの刻(ばかり)は平穏である。尾形は夜勤、島田は非番であった。


『山野・・・?』


からりと障子を開くと、皴の寄った蒲団と寝乱れる肢体が其処に在る。

・・・二人は何故か、中に入るのを躊躇(ためら)った。


胎児の様に丸まっていた身体がゆっくりと起き上がり

『・・・・・・島田 魁の、ばか』

と、呟いた。美男五人衆の一人に数えられるだけある。

『・・・・・・尾形 俊太郎』

山野は掠れた声を出す。

『島田さん、(これ)は食中毒と()うのだ』

『ぬお!』

尾形が(ようや)く医者の宣告をする。コロス!山野がキリキリ腹を押えギリギリ歯を食い縛った。その威勢こそ我等が山野 八十八である。



尾形の用意した薬を飲んで一刻程経った頃、山野は漸く真面(まとも)に口を利ける様になってきた。少し元気になると、すぐに調子に乗って抱きついてくる。ノリが女子なのだ。

『治ったぁ~っ尾形 俊太郎っ!♪』

ばしっ!!

尾形は自作の本棚の上に置いてある本を引っ掴み、八十八の顔面を殴りつける。

『おごっ!!』

『ははは。八公には本当に手厳しいなぁ~尾形』

『貴方程の殺意はこの男には持ちませんが』

尾形の凶相と山野の鬼相が島田を睨みつける。どちらもこの世のものでない様な貌だ。殺しかける程に容赦無い男が何を言う。

『あーあッ、今日は可愛い娘さんの護衛だって聞いてたのに!!気合い入れてたのになあ!!』


尾形と島田は顔を見合わせる。矢張(やは)りというか、あぐりの護衛は沖田の隊に命じたか。


副長助勤の尾形と監察方の島田が把握していないという事は、極々一部の隊士にしか伝達していないという事なのだろう。

『仲間外れか。参ったな』

島田は己の髷を撫でた。確かに―――・・・助勤は別に構やしないが、監察方は全体を把握するのも職務の一環だ。島田降格の前兆か。


『なんでィ。島田 魁、知らねィのか?』

尾形は眼を(すが)めた。山野は喋る。この美男には一点も曇ったところが無い。秘密が、無いのだ。

『八百屋の娘さんでィ。ただ―――親父の兄がヤシの実をどうとかで、芹沢の局長と揉めたってんで()き込まれた形らしい。親父の兄には娘がいねェからその代りとかで酷ェ話だよなァ』

『“香具師(やし)”な』

島田が山野の首筋を見上げ(なが)ら訂正した。山野はただ―――の辺りから、この場に居もしないあぐりを慮ってか島田と尾形に覆い被さって蒲団に伏せているのである。武田が見ると羨ましさに発狂する事であろう。

『香具師―――・・・・・・?』

『尾形、お前も知らんのか―――要は見世物小屋を営む渡世人の家系だ。まぁ、其形(それなり)の身分を持つ奴が真っ当に生きとれば、出会う事の無い人種では確かにあるがなぁ』

島田は呆れた顔をした。山野の高貴な貌立ちと尾形の素人(かたぎ)の面構えを見ていると、確かにそういうものと無縁そうではある。

『沖田がよくお前にそんな話したな。てかあのしるこ頭がよくそんな長い話をちゃんと聴いとったな』

『山野が左様な話をきちんと聴き憶えていたのにも驚きですな』

『オイ』

山野がキレる。隊内随一の実戦部隊である沖田隊の、平常時に関する他の隊士の認識はわりかしこんなものかも知れない。

『女性が相手となったらそりゃ張り切るだろ。相手は飛び切りの美少女だっていうし!』

単純筋肉脳である。尾形は(やや)長めの溜息を吐いた。斯ういう話は(すべ)てが終った後の事後報告で良かったのに。矢張り山野は、隊の垣根を越えて然しても欲しくない情報を運んでくる者だ。



―――知って仕舞えば、動かぬ訳にはゆくまい。



山野の見舞を終えて、尾形は夜勤の支度をする。浅葱色の羽織を羽織るが、この羽織だけは、未だに肌に馴染まない。羽織だけが夜に浮び上がる。・・・この男の入隊を、浅葱は受け入れていない様だ。

『誠』と鉢金に刻まれた鉢巻を締め、背後を振り返る。佐々木 愛次郎を筆頭に、池田屋事変までに名簿から記載の消えている名も無き隊士が四・五人、尾形の背後に控えていた。

『―――では、行きましょうか』

尾形には気に掛る事があった。佐々木 愛次郎の事である。佐々木はあぐりの由緒を調べている筈である。



巡察の集合を掛けるより前に、佐々木は尾形と共に居た。

珍しく夕食(ゆうげ)を共にした。佐々木に誘われたのだ。すぐさま武田の視線が背中に突き刺さるが、佐々木は武田のあしらいも巧く

『うちの先生(せんせ)は要領悪いトコあるんで、ちゃんとさせないといけんねん』

と、惚けた笑顔で微笑みかけた。ひらひらと白い手を武田に宛てて、武田の神経をそちらに逸らさせる。

流石(さすが)佐々木きゅーん♥ですますなぁー♥』

・・・尾形は武田に閉口する。好意を寄せる者と悪意を感じる者に対する行動がこの男色家は変らない。尼削ぎの様な髪形といい、この男はよく分らない。

『先生』


そして佐々木も、よく分らぬ。一応は自身の直属の上司なので持ち上げているのか、軽薄な顔の割に


『先生』


という言葉は尾形に対してしか使わない。


武田をちょろまかして食事に行った先で、佐々木は

『―――先生は箸を使う手つきも綺麗だな』

と、言った。

『はっ?』

尾形は驚きの声に嫌悪を滲ませる。只でさえ武田の御蔭(おかげ)で在らぬ噂が立っては消えているというのに、美男の方からこんな事を言われては堪らない。

『・・・佐々木さん、関西(かみがたの)人にとっては肥後も薩摩も土佐であれ西南の国の括りとして同じ認識やも知れぬが、肥後者に左様な文化は無い。言われても全く嬉しくはないのだが』

『ははは。確かにそうさなぁ。肥後さんは特に薩摩と貌が似ているから』

佐々木に頬杖をつき(なが)らのらりくらりと躱される。だが其以上に尾形は、佐々木の言い種が引っ掛った。

『まぁ、そういう事やないねん。只、先生は何があっても変らない侭綺麗な手でいるんやろうなと思うてね』

『・・・・・・?』

尾形は箸を操る手を止めた。解せぬ眼で佐々木を見る。佐々木は笑っているのか哀しいのか、判断し難い複雑な表情で尾形を見た。



『・・・先生、俺はな――――』



尾形は唇を結び、瞳孔のみを開く。―――其の侭(しばら)く経ち、佐々木が


『・・・やっぱりいいや』

と、言った。・・・・・・。尾形は追及しない。


『俺とあぐりの関係(コト)を、伏せておいてくれて感謝やね。先生はもっと汚い世界を知ったがいいと思うてたけど、綺麗な世界に居た方がやっぱりいい』

・・・俺と違って。という呟きが聴こえた気がしたが、尾形は無視した。この呟きを無視した事が、尾形のその後の運命を分けた。

尾形は確かに佐々木とは違う世界を歩いていた。後に山崎が語る通り、佐伯 又三郎とも似て非なる世界を歩んでいる。



だが今此処で言えた事は、尾形と佐々木は同じ隊で、この時点では同じ世界に居た。同じ世界の同じ道を歩いていて、今まさに巡察に出ようとしている。



併し佐々木は巡察の時はいつも単独(ひとり)で先に往って仕舞う。尾形隊の魁として、常に尾形に背中を見せ、前へ進んだ。

尾形も叉、背中に寄り掛る様に佐々木に背を向けていた。その事だけが、未だ後悔している事である。




佐々木はその夜の巡察を最後に、姿を消した。彼が其から壬生浪士組屯所八木邸に帰って来る事は無かった。




「―――その、佐々木 愛次郎という隊士は、一体何者だったんですか?」

話に一区切りをつけて、気忙しげに佐倉が訊いた。何者・・・?と、尾形が気難しげに返す。だって・・・と、佐倉は少し口籠った。

「佐々木 愛次郎が只の大坂人でない事には、土方副長も勘づく程だったんでしょう。其に、お話を聞く限りでは尾形先生と佐々木・・・さんは単なる組長と隊士の関係ではありませんよね。他の隊士の名前は出てきませんし、お二人は一線を画している気さえします。佐々木さんがまるで尾形先生個人の私兵の様に感じて仕舞うのは、深読みしすぎでしょうか」

「・・・・・・佐々木さんは何者でもありませんよ。少なくとも、私は左様な()り取りを佐々木さんと為した覚えは無い。(もっと)も―――結果的には其と変らないやも知れませんが」

「其って―――」

(つま)りは尾形先生の為に何らかの動いた形跡があるという事ですね―――と、佐倉は言った。山崎は佐倉には滅多に見せた事の無い冷ややかな眼つきで尾形を視ている。佐倉と山崎では、若干の差異乍ら辿り着いた答えが異なった。

「誰が為に動かれたかは知らぬ―――なれど、私が壬生浪士()の刻、粛清を受けず現在(いま)に至るのは、()が動きに(あずか)っているとも謂えよう」

()(まで)奥歯に物が挟まった様な尾形の言い種に、佐倉は腑に落ちない。



「一体何者なんだろう、佐々木 愛次郎・・・」



と、無意識にもう一度呟くと



「哀れな方ですよ」



と、先程と違い、随分と短い時間で答えが返ってきた。言葉を(えら)ぶ事を諦めたのか、素っ気無いほど直截的で同情的だ。



「佐々木さんこそ見世物小屋の者だったのですよ」



(せき)を切り始める尾形の語り口に、佐倉はついていき難い。

見世物小屋とは、先程回想で出てきたあの見世物小屋の説明の事でよいのか。




「佐々木さんの遺体が発見された時、佐々木さんの全身は、蛇の刺青に覆われていた」

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