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四.1863年、回想~島田 魁~

島田 魁。美濃国大垣藩出身の、文久3年5月入隊の同期にして、永倉 新八の旧知。永倉とは江戸での剣術修行時代に出逢い、壬生浪士への入隊も永倉の人縁に由ると云う。

尾形の一回り年齢が上なだけに、矢鱈(やたら)と世話を焼いてきて、溶岩流の如き面妖な汁粉を度々差し入れてくる。有り難いのか迷惑なのかよく判らない男だが、初期の諸士取調役兼監察方であり、偵察の腕は確かだ。



『副長命令は副長命令だが。警戒を怠るなと言われとるからな。でも“今日、小川亭(ココ)を張れ”と具体的な指示を受けた訳じゃない』

島田は尾形の肩を持つ様な台詞を言う。


尾形は静かな上目遣いで島田を見ると

『なれど、収穫(みやげ)は必要でしょう』

と、裏腹、呪いを唱える様な低い声で言った。



甘味処の開いている時間帯ではなかったが、共通して食べる物が甘味しか思い浮ばなかった為、甘い酒の置いてある居酒屋に入った。店を選ぶ基準が基準である。もっと互いについて知ろうとはしなかったのか。

『最初は、初めっから副長に疑って(かか)られるとはお前も気の毒なもんだと思っとったが、お前もお前で態々(わざわざ)怪しまれる様な動きをするから純粋に同情は出来んぞ。小川亭は、宮部 鼎蔵や松田 重助の寄宿先だというじゃないか』

島田が父親めいた忠告を尾形にする。注文した甘い酒に更に砂糖を加えて、造り甲斐の無い飲み方で嗜んだ。砂糖が溶け切れずにジャリジャリ言っている。

『うん!酒は之位甘くないとな!』

もはや酒じゃねぇから、ソレ。

(やま)しきところは無い故、隠す道理もありませぬ』

尾形も島田に合わせて頼んだ甘い酒を飲んだ。無論、砂糖無し、の。

尾形が毎度()う言い切り行動を改めようとはしないので、島田はげぷりとおくび混りの溜息を出して閉口するしか無い。

『尖っとるのは若さの証だが、もう少し柔軟にならんと苦労するぞ』

『副長の指示でないとすらば、局長方の指示ですか』

『ああ、いや』

まさしく尖った口調の尾形の質問に、島田は瞬間呑まれた。怖いもの知らずの尾形でも、芹沢・新見・近藤等の局長格は気になるのか。

『無いとしか言えんだろう。局長方には御立場がある』

尾形は杯を畳上に置くと、じっ、と島田の顔を見つめた。・・・・・・何が可笑しいのか、其とも安心したのか、ふ、と口角を上げる。


『そうでした』


かわいげのある笑みとは謂い難い。どこか薄く(わら)う様な笑みは、見る者に()っては背筋が冷たくなるかも知れない。


『そういえば』


尾形は薄い笑みを浮べた侭、珍しく自分から会話を繋げた。


『我等が同期の山崎さん・・・監察方に興味が有られる様ですな』

『ん゛っ』

と、島田は砂糖を喉に詰めた。尾形は底意地の悪い眼で島田を視ている。

『や、山崎が』

『ええ。副長助勤の山崎 烝さんです。私はあの方と一括りに扱われる事が多い故、同期の中で最も存じていると思われまするが』

当然だ。文久3年5月入隊の隊士で副長助勤に即抜擢されたのは目の前の尾形と山崎の二人だけなのだから。

嫌みったらしい遠回しの言い方だが、島田は其を気に留める風でもない。


嫌みったらしく遠回しな、ある意味で露骨な態度を山崎は取らないが、如何にも有能であった。自信に満ち、堂々として、(こま)やかで人気もある。故に、顔には出ずとも些細な言葉尻や言葉の(うら)を拾っているだろうという隙の無さが感じられた。山崎に対してこの様な口ぶりで話し掛けようものなら、何処を()られているか判らない。


昼行灯の様な島田の反応だが、彼とて山崎の有能さは分る。


『あ、アイツは助勤職をちゃんと(こな)しとるじゃないか。何だってそんな地味な監察方(しごと)を』

()て・・・職務外の会話は殆どしませぬ故、判りませぬが、人を纏めるのは其程(それほど)好きではない、と。出来はしましょうが』

『出来るなら其に甘んじとってくれ・・・』

島田は危機感を抱いた。壬生浪士および新選組は完全実力主義社会である。山崎なんて大物が諸士取調役兼監察方に異動、なんて事になったら自分が職を追い()られるかも知れない。


『はや其に向かって動き出しているかも知れませぬな』


尾形が煽る様に言う。現実には、目の前に居るこの男から後々島田は追い遣られる破目になる。

『う、動き出すって何だ。お前、怪談の噺家とか向いとるんじゃないか。(しか)し、お前も助勤職をしとるだけはあるんだな。ちゃんと周りを見とりはするのか』

島田が見直した。尾形は真顔で島田を凝視する。島田は尾形の視線にすぐに気づき

『俺も頑張らねばだな』

と、気合を入れて言った。

『―――ええ。頑張ってください』

尾形は真顔の侭そう返した。胸元から佐々木経由で回ってきた佐伯の根付を出し、置く。佐々木が絡んでいる事は一切口を噤んで。




尾形の推測通り、山崎は既に動き始めている。


山崎は人当りが好いが、尾形の前では殊更に“お調子者”を演じている。問題児達を何でも同僚の尾形に押しつける二面性を演じているが、そこに“理由”がある事を想像させて仕舞うところが山崎の欠点であった。忍に向かない眼を惹く容姿をしているのと同様、爪を隠す事が苦手なのだ。

只“出来る”事を隠す必要の無い局長や先輩助勤の前では疑われる余地が無く、すぐに気に入られる。

―――一人の気難しい幹部を除いては。


『君は“出来過ぎ”だな』


預りの隊士達を撒いて外に出ようとする山崎 烝を、副長土方が呼び止める。相変らずの眼力(めぢから)だと山崎は想うのであった。

『・・・何の事でひょ?』

山崎はにっこり笑った。之から山崎も叉、街へ繰り出す。隊士との鬼ごっこに付き合って遣る後の情報収集だ。

『預りの隊士に見つかったら君の奢りで遊里へ行く約束をしているそうだな。其で、全戦全勝。まだ誰も君を見つけ切れていない。行って遣る気は無いクセに、抜かりの無い事だ』

『行って遣りますよー。見つけ切れたらの話ですが』

その言葉そのものが行って遣る気が無い証なのだが。土方は珍しく声を出して笑い

『君は今の待遇に全く満足していない様だな』

と、言った。山崎は眼を開き、長い前髪に隠れた端正な顔から密かな野心を覗かせた。

(・・・その眼―――・・・悪くない)

『来たまえ』

土方は山崎を副長室に上げた。この男は絶対に監察に向くと確信している。




『ふぅむ。成程、之が芹沢一派で揉めや揉めしとる根付だな。初めてお目に掛れたぞ』

島田は根付を手に取って視る。情報には聞いていたが、基本誰かの手の中にある為監察方と(いえど)初めて見た。

『確かに、落ちとった場処に戻すのがいざこざは少ないが機を逸したな。其に、壬生浪士(オレたち)の問題と判った以上、無視する訳にもいかん』

併し、其の侭佐伯か平山かに返せば火種は大きくなる事は目に見えている。其に、長州人佐伯の根付であるという時点で疑う者は出てこよう。副長とか副長とか副長とか・・・

『お前の名も出さんが、いいな』

島田は言葉の(うら)以外に関しては、完璧な監察だ。言外に触れず、有りの侭を観察しようとするからだろう。其以外は、鋭く、敏い。

『試衛館派は()き込んだ方がいいとして・・・と』

『小川亭の事も、伏せてくださった方が助かる』

『伏せとくべきだろ!!というか、手を打ったってどんなだ・・・』

『私は、局長方より小川亭(あそこ)に出入する事を許されている』

尾形は斬り込む口調で言った。島田は黙る。自ら言ったが、余り訊かれたくはなさそうだ。

だが、監察方として島田には質す義務が有る。

『局長方って、芹沢局長か!?近藤局長か?』

『芹沢局長は黙認、近藤局長には許可を戴いている。理由については、銘々の局長方に訊ねられれば宜しかろう』

訊かれたくなさそうな割に、さらりと返す。監察方の職務とて尾形も承知済である。

・・・只、他の隊士が出入するのは当然喜ばしくない。故に、佐々木には日の暗い内、変装での移動をして貰っているが。


あの美男は夜闇に浮び上がる肌の白さを持つが、変装に抵抗が無く男にも女にも自在に化ける。あの美男が過去に何をしていたのかは知らないが、役者の経験でも有るのか化粧が随分本格的で、其こそ醜くさえなれた。・・・毎晩、夜中にこっそり一人で湯浴みに行くが、その事についても芹沢局長と八木家の許可を得ているらしい。


・・・・・・互いの事情については、詮索しない様にしている。


『大体のところ想像がつくから構わんぞ。其で、根付(コレ)だが、俺から近藤局長土方副長に御渡しして対応を御任せするか。初期の隊士の派閥争いに俺達が(かかわ)る必要は無い訳だからな』

『―――そう言って戴けると、有り難い』

尾形は少々、眼を見開いて言った。島田は後ろ暗いところが無い。山崎とは別の意味で隙の無い、他人を追及する資格が有る。

どちらかといえば、山野が美男五人衆で最も(かげ)が無いのと似ている。




『・・・私は、新人(きみたち)を疑っている訳ではないのだ』

山崎を座敷に(すわ)らせるなり、土方は唐突に言った。同じ部屋に山南 敬助が居り、其だけで緊張感が(ほぐ)れる。

『へぇ』

と、山崎は気の抜けた声を上げた。

内心では『・・・尾形はんも?』と尋ねたかった。



『只、“どちらに()くかな”とは思っている』



・・・山南が隣で苦笑している。土方君は()う言っているけれど、君が気にする必要は無いよ山崎君。


当然だ。隊内で誰が主導権を握るか、そんな事は上層部の人間が考えればよい事だ。


『へぇ。私は任務(しごと)に忠実であるだけです』

山崎は澄ました顔で返した。任務に忠実、な。と、土方が意味有り気に復唱する。土方は山崎がお調子者を演じている事に気づいている。

―――無論、尾形を上手く利用しようとしている事も。


『君は、自分が助勤よりも監察方に向いていると思うか?』

『さぁ・・・?どちらの方が向いているかは俺の考えるところやありまへん思います。只、俺の誇れるところは忍の技くらいしか思い浮びまへん』


山崎は思いの外謙虚な返しをする。が、大坂人らしく(しっか)り主張はしていた。土方は実に意地悪な笑みを浮べる。



『・・・なら、少し試験をしてみる事にしよう。この試験に合格したら、君を監察方に配属させるよう局長方に談判してみよう。不合格だったら切腹し給え』



土方君!? 山南が流石(さすが)に悪い冗談だと声を上げる。山崎も之には(やや)面喰らったが


『切腹ですか。俺が助勤に残るいう選択肢は用意されておへん様でんな』

『助勤でさえ知るべきでない秘密を君には知って貰うという訳さ。君等新人に自覚はないだろうが、我々が最も先取しておきたい情報の最前線に君達は立っているのだよ』


土方が散々に(おど)しを掛けるも、表情も態度も涼しげである。口先こそ恐ろしげに言ってみるものの。


山崎という男が、何処まで()ってくれるか見てみたいものである。


『まぁ、言っても試験だ。何も隊士を始末する事が目的な訳じゃない』


山南がホッとする。土方は僅か良心が疼いた。併し土方はこの時点で既に覚悟を決めている。


『其で、“知るべきではない秘密”とは?』

山崎に促され、土方は胆の据わった男だと思い乍ら背後の掛軸に視線を送る。成程、掛軸の奥に秘密が在るのかと山崎が考えていると、土方は其処から骨董品を出した。



『―――監察方の島田君が入手してきた根付だよ。之を誰が持つのが相応しいかを精査して貰うのが、君への試験だ』



『・・・・・・は?』


土方は実に子供っぽい目的の基に企みを立てていた。山崎が呆気に取られた顔をした事に依り、土方の目的は一つ達成された。




あぐりと根付の事を島田 魁に託してから、通常の日々に戻った・・・という甘い展開にはならない。そういう平穏な時代ではなかった。

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