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参.1863年、回想~あぐり~

佐々木 愛次郎―――・・・文久3年4月に入隊した、山崎と尾形、山野等5月組の一期先輩。先輩であるにも拘らず、尾形の部下として平士に属し、そうであるのに先輩らしく補佐もして()れ、色めいた噂の常に絶えない謎の多い若衆系美少年であった。



『尾形先生(せんせ)。さ』


『・・・・・・さ』


山野が“隊の垣根を越えて”“突如”降らせ()けてくる災難とは逆に、佐々木は“お決りの”災難を“いつも”降りかけてくる。

尾形は柄にも無く間抜な復唱をすると、世界中の不幸を背負った様な陰険な顔つきになった。

『佐々木さん・・・・・・』

佐々木も美男五人衆の例に漏れず厄介事を運んでくる。特に、佐々木の運んでくる色恋事というのは組長の誰もが嫌がるジャンルであり、平士の色恋の始末まで組長がつけねばならぬ場合がある。物騒な世の中、(やや)もすれば殺人事件に(まで)発展する。

『なーんでそんなカオするんね?先生(せんせ)、結構判り易い性質(タチ)やね』

尾形の事を“判り易い”と評したのは後にも先にも佐々木だけだった。先輩にして部下、摂津国大坂出身で、世情や京の地理に通じ、大人っぽい割に齢は下と、何ゆえその様な複雑な人間を尾形に宛がったのかは当時の幹部に訊いてみねば判らない。二人とも、幹部にはお世辞にも好かれているとは謂えなかったので、佐倉の言う通り一つの隊に押し込められたのかも知れないが。


『匿って♪』


『何ゆえ』


尾形が警戒心を露わにする。この若衆は、幹部でもないのに芹沢 鴨並みに女を屯所に連れ込んでくる。流石(さすが)に堂々と連れ込むと後世の史料に記録が残される為、連帯責任を避けるべく尾形が手を回して入るか入らないかの攻防を水面下で繰り広げる訳であるが。


『いやぁー今回は暴漢に襲われていた女子()やねん』

・・・・・・訳有りの若衆が引き寄せる女子も叉、訳有りが多い。


『今もな、追われてるねん』

『!』

尾形が眼を見開く。この佐々木 愛次郎という若衆は叉、災厄と共に毎度、核心に触れた情報を尾形の(もと)(もたら)してくる。




『芹沢局長の一派にな』




『・・・・・・其で』

尾形には一軒だけ、馴染の料亭(みせ)がある。馴染といっても自身が人脈を張ったのではなく、別の者の張った人脈(ネットワーク)を其の侭利用させて貰っている。故に、料亭の者と口を利く事は殆ど無いが、滑稽な程健気に、彼女達は自分を受け容れてくれる。

『・・・にこ』

『・・・・・・』

差し当り、佐々木と女を其処に匿った。料亭側は其に慣れている様であったが、気がついた刻には(すべ)てが終っている事を理想としている尾形としては、秘密を打ち明けて貰ったり誰より先に話して貰ったりする事は全然嬉しい事ではない。凡てを把握したがる(へき)を持ち且つ大事になる前に火消をするのは副長―――・・・(こと)に土方副長の役目だと思っていた。

・・・前髪の下で、尾形は眼を(すが)める。


山南副長は本日も、芹沢派と近藤派の(はざま)で胃を痛めておられる。


其方(そちら)が芹沢局長派に襲われたという女性(にょしょう)か』

事実を知ったところで、尾形に出来る事は少ない。まさか芹沢に追及する事は出来ないし、試衛館派を(たの)んで土方の耳に入れば逆に足を掬われ兼ねない。佐々木も叉、試衛館派副長土方から長州の間者ではないかと疑われているのだ。

―――あの副長は、多摩の時代から共に過してきた試衛館派(メンバー)しか信じない。

『あぐり、いうねん』

怯えて声を出せずにいる女性の代りに、佐々木が答える。着物に乱れがあり、膝が露わになっていた。女性と謂うより、少女である。佐々木の髪も赤みが強いが、あぐりも叉色素の薄い髪で日本人離れした佐々木に見劣りせぬ美少女であった。

『・・・・・・』

尾形は厄介な予感しかしない。

『家には帰らるるのか』

尾形の漆黒の(かたち)が逆に部屋に浮いて視える。あぐりは如何いう訳か落ち着きを取り戻し始め

『・・・・・・わからないの』

と、小さな声で返した。見た目よりも低く、神秘的な声だった。

『・・・・・・家に来るかも知れない・・・・・・あの人達、私を何かの(かた)に連れて行くと言っていたから』

『『形?』』

尾形と佐々木は同時に訊き返した。

『・・・壬生浪士(われら)とは無関係ではないのか』

尾形が疑いの眼を佐々木に向ける。形と謂えば借金のであろう。壬生浪士は債鬼ではなく、不本意だが取り立てられている側にいる。

『ほっ、ほんまよ!!;俺も当時、現場で見ている!先生(せんせ)は部下の言う事を疑うん!?』

『貴方が見たと言うなれば、相手も貴方を見ている筈。屯所に帰れば御呼出ですな。一人で応じてくださいよ』

『あ、其は大丈夫ねん!俺、編み笠を深く被ってたから!非番やったからお洒落していつもと違う服装してたし!』

・・・・・・お洒落をして、ね・・・と尾形は内心思っている。佐々木が尾形の許に来たのが日の暮れ始めた頃で、其から少し時刻を遡ると黄昏刻辺りだ。その時間帯に暴行現場に出会(でくわ)しているとするなれば、介入したのが佐々木である事が露見(ばれ)てはいないかも知れないが。

『・・・襲ったのが芹沢局長の一派である事が、よく判りましたな』

片方に判って片方に判らぬという都合の()い事がそう起るべくもない。尾形が追及すると、庇う様にあぐりが口を開いた。

『だって言っていたのだもの。京都守護職会津松平公配下の壬生浪士組、って』

『騙りなのではありませぬか。最近爆発的に増えているゆえ』

尾形は素っ気無く返す。無論、この様に(かかわ)った以上壬生浪士の仕業であろうとなかろうと保護はさせて頂きますが―――と、不信に揺れるあぐりの表情を中間的なものに戻したところに、佐々木が懐から何かを出した。


『騙りやない』


懐から出した物を尾形に渡す。尾形はまじまじと見ると、眼を見開いた。


『!之は―――』

『先生も見覚えあるだろ?暴漢が現場に落っことしたモノさ。声も背恰好もあの人ですごくしっくりくる』

『・・・貴方は声を上げていないだろうな』

『あぐりへの耳打しかしていないから問題無いさ。何だかんだで先生部下想いやなー♪』



其は佐伯の母の形見と言われていた物であった。



母の“形見(もの)”にしては女性の身に着ける物には思い難いと平山との悶着があった刻から引っ掛っていた。遺品というよりは息子に対する贈り物か。


『・・・なれば、あぐりさんを襲ったのはあの人(佐伯さん)・・・・・・?』

『ところがどっこい、そうなると目撃証言が違うねん。あの御方(佐伯先生)は先生と同じ位の背丈で、声は高めやろ?俺等が見たのはその真逆・・・言って仕舞えば、平山先生と野口先生と平間先生さ』

佐々木はとても陽気な口調で、併し可也(かなり)断定的に言った。・・・・・・尾形、口許(くちもと)を押えて考える。

『・・・・・・沖田さんから取り返された後、別の場処にて再び之をば平山さん達に取り上げられたとか?』

『だとすると、同情の余地が無いな。気弱すぎて・・・』

佐々木が苦笑する。そんな有様だと壬生浪士の名折れだ。佐伯は芹沢のお気に入りらしいから、其でも関係無いのかも知れないが。

『・・・・・・』

尾形は眉間に険を作り、袖の中に腕を入れた。佐伯の母の形見が、どんな衣服に着替えても形見の色に映る布に隠れる。

『之は助勤(こちら)で預からせて頂きます。が、本来は落した侭にしておくべきだ。落した場処に無いとすらば、取り返そうとして、再び襲われるとも限らぬ』

あぐりは揺れる瞳で尾形を睨む。発信の少ない少女だった。只、芯の強さが突き刺さる様に鋭く瞳に表れていた。

『・・・・・・この宿は安全です。今宵は此処に一晩泊り、明日、実家に戻られる際には佐々木が用心棒を致しましょう。我々は外泊禁止ゆえ、屯所の方に一度戻らねばならぬが』

『男が居ない分、逆に羽伸ばしてな』

佐々木がだらけ切った表情で言うが、其に対して意外にもあぐりはくすっと笑った。助けてくれた佐々木には心を開きつつあるらしい。

『私は先に屯所に戻る。佐々木さんは、明日の打ち合わせをしてから此処を出てくれ。帰営が晩くなった理由は私の方で繕っておく』

『はーい』


気の抜けた返事を背に、尾形は部屋を出る。


宿を発つ前に厠に寄り、夜の闇に溶け込み(なが)ら、殖栗(ふぐり)の代りに先程の佐伯の形見を出した。



・・・この形見。



芹沢が如何にも好みそうな、煙草を納めるのにいい細長い根付。流行物と無縁な尾形は殆ど身に着けない代物である。

『・・・・・・』

尾形の手にはいつの間にか、根付の後ろに切紙が挿まれている。佐々木に別個で渡されたのではない。間違い無くこの根付に入っていたのだ。煙草を入れる口から出てきたとは限らないものの。


―――この料亭と同じ様な根付。


尾形は灯火に翳してその切紙(メモ)を見ると、高さの視えない天井を見上げた。


汲み取り式の便器の穴に切紙が落下する。その上に小便がかかり、切紙の字は読めなくなった。




尾形が料亭から冷たい手の侭出て数歩歩いたところ、鴨川がせせらぎを立てていた。川沿いに並ぶ店々の提灯が、水面を明るくする。ゆらゆらと揺れる提灯の明りを、尾形は見つめた。

吸い込まれる様に土手に近づく。「おい」と呼ばれて、尾形は此岸に(とど)まった。


『・・・・・・来ておられると思っていた。流石は諸士取調役兼監察ですな』


『お前・・・()りに()ってあの小川亭かっ?お前にとっては、そりゃ古巣かも知れんが・・・』


尾形を岸の此方に止めた者は壬生浪士の隊士であった。糸を引く程甘い汁粉が好物のこの隊士は、体内も砂糖で構成されており身体も綿飴の如く膨らんでいる。膨らんだ体躯と裏腹に身軽で気配を覚らせない技量も叉、綿飴の如し。


『彼処に居るなりの手は打ってあります。其よりも、貴方が此処に居られるのは副長命令ですか?其とも』



そして、意外にも、尾形を岸の此方に止める回数の多い男だ。



『島田 魁さん』

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