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十四.1863年、続・回想~にしの者~

佐伯は部屋の角で膝を抱えて、子供の様に震えていた。

角には棚が、中身が全て抜かれた只の本棚が在る。書物で(とりで)を造る様に囲われその中で辛うじて呼吸(いき)をしていた。


“知は銃弾にも勝る”


書物の一冊一冊を見下ろし、又三郎は(ようよ)う精神を保たせる。

・・・・・・昔から、書物を見ると心が落ち着く。書物は物理的な防壁でもあり精神的な武器でもあり、そういった点ではこの部屋は又三郎にまだ救いとなるものを与えていた。



『―――寛治(かんじ)



―――同じ部屋で、散乱した書物をぱらぱらと捲っては叉別の書物に手を伸ばしを繰り返していた楠 小十郎が声を掛ける。

又三郎は震えとは違った意味で肩を跳ね上げた。


『貴様・・・っ、壬生(ココ)ではその名を使うなと・・・・・・』


『可哀想な寛治・・・・・・』


・・・・・・又三郎は親指を口許(くちもと)に当てる。楠は床に散ばる書物を膝で踏み、又三郎に近づいた。



『・・・そのつらさ、何処から来ているのか教えてあげようか』



書物に着いた楠の手が、表紙を掴んでぐしゃぐしゃにする。又三郎ははっと粗末に扱われる書物を見た。書物の持主は自分ではない。



『知る事さ』



―――・・・楠は又三郎の頬に両手を添えた。又三郎は火傷した様に両頬が熱く感じる。声が遠く、懐かしく想えた。



『何にも知らなければ寛治は寛治の都合で生きる事が出来た。他人の都合を色々と考えて仕舞うんだね。そして結局、何も出来ない、動けなくなって仕舞う。


・・・・寛治、今は、誰の事を考えているの?寛治は、いつになったら自由に動けるの?』



楠の瞳は同情に満ちている。同じく慈愛に満ちてもいて、又三郎を心配していた。只、何処と無く(かげ)があり、楠自身の闇を想わせる。



『ねぇ―――何も知らなくても生きてはいけるよ。(むし)ろその方が、他人(ひと)を裏切らずに済む。

僕は何も知らずに全力で、人間(ひと)を愛した』



楠が己の唇を又三郎の唇に重ねようとする。



―――その刻、咳払いが聞えて、二人は襖を見た。

又三郎の身体がやっと動いた。



二人の組長である尾形が入室し、踏み(にじ)られた書物を見る。



『楠さん・・・其は私の書物だが』

『あは・・・ごめん』



楠が書物から足を離し、跨ぐ。



『空気は読んでくれないの?』

と、いう楠の問いに



『空気を読んでいては己の目的を果せぬとは思いませぬか』

と、尾形は答えた。


楠はあはっ、(それ)もそうだね、と素直に(うなず)く。何故か嬉しそうだった。


『何の用で来た、尾形』

佐伯がふらつく焦点を必死に合わせようとする視線を尾形に向け、訊いた。

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