十三.1863年、続・回想~組織再編~
『まさか、お前以外に幽霊みたいな隊士が居たとはな・・・』
尾形は汁粉を食い乍ら島田を見る。幽霊が果してこの様に糖分補給するものか。
汁粉会は尾形が助勤職に復帰した後も通常通り行なわれていた。参加者は回数を追う毎に減ってゆき、今や凸凹三人組しか、また今日に至っては尾形と島田の二人しかこの場に居ないが。
山野は人生に絶望した顔をして謹慎中の八木邸の一室に引き籠っている。
『・・・ばとて、何ゆえ山野は謹慎部屋より出られたのです』
『んー・・・土方副長は山野の事結構ほったらかしだからなぁ。アイツが外へ出ようと出まいと大して影響は無いと思うとるんじゃないか』
『・・・・・・土方副長は真に、山野に甘いですな』
『まぁ確かにアイツからは何も出てこんし!其に、土方副長も其どころじゃあないだろう』
『ああ・・・・・・』
尾形は素顔を晒した侭、白玉を箸で掬って食べる。楠より手入れされた其の侭の髪形で今日の一日を過している。いつもより髪に艶がある様に感じられた。
楠達の汁粉会の妨害は無いのだな・・・と島田は思った。
『併し、山野だけじゃなく俺も驚いたぞ。雑魚寝を嫌うお前が隊士に付き合って寝るなんて』
『雑魚寝くらい致した事はありますが。殊に、山野に驚かれるは甚だ心外』
山野の蚯蚓の如き脳味噌には自身と馬越が尾形の居る部屋にルパンダイブをするのは雑魚寝に数えられないらしい。尾形は珍しく露骨に顔を顰めた。
『其はそうだが、顔触れが顔触れだろう。大丈夫なのか』
尾形は図太いのか其とも現実山野の方が厄介なのか、その問いに対して何ら思う所無い様子で顰めっ面を維持している。併し、その表情を引き摺った侭島田を覗き込む様に見ると
『貴方こそ、大丈夫なのですか』
と、逆に尋いた。
『山崎さんが監察方に異動かれましたでしょう・・・貴方には、頑張って戴きたかったのですが』
島田は、んむ・・・と口を噤んだ。誤魔化す様に特製島田汁粉(糸引き砂糖仕様)を玉杓子で掬って口に含む。
尾形の助勤職復帰に伴い、隊の編制が全体的に変ったのだ。
『ざ、崎が監察方に異動ったからといって、俺が監察方から降ろされた訳じゃあない。同僚になっただけだ。今迄のお前らと同じだな。こちとら伊賀と甲賀を控えとるとこに居ったんだ。そう簡単に奴に負ける訳がない・・・』
『伊勢(伊賀)と近江(甲賀)は美濃国ではなくその隣国と記憶しておりますが』
山崎が土方の“試験”で監察方に配属されている事も、山崎の本業こそ忍にある事を無論二人が知る筈もなく。
『お前よく勉強しとるなぁ。済まんが、俺は西南諸国の地理はさっぱりだ』
『・・・・・・。地理を知らねば江戸に行けぬ土地柄ゆえ』
・・・ぶつぶつと、監察方が如何斯う以上に山崎への対抗心を燃やしている島田がいる。意外に負けず嫌いな島田を尾形は遠巻きに見る。
『根付は芹沢局長の手に渡って仕舞ったし、もういくとこまでいって仕舞っただろう。
―――根付“盗み”の犯人の佐伯は、お前の部下になっとるしな』
『知らぬ間に降格処分になっておられましたな』
『佐伯の奴、如何やら局長の部屋に侵入する前、副長のお部屋にも侵入しとったらしいな。局長の手に渡る前は副長が預っとられたから・・・局長の手に渡った晩にはもう根付を盗んどるし。盗んどるといっても抑々(そもそも)根付は佐伯の物だし、副長に対しても相談せんで強行に部屋に忍び込んだのは何故だろうな。言って解らん人ではないのに』
『根付に“長”からの密書が隠されていたからでは?』
『局長に取り上げられる前に勿論調べたさ。絡繰り仕様ではあったがそんな物は何処からも出なかった』
尾形は白々しく話を聞いている。
『佐伯がお前の組の配属になったのは試衛館派と水戸派双方の思惑を感じるがな、其以外にもワガママを言い出す隊士が出てきて、単純に副長の裁量のみで隊士を振り分ける訳にいかんくなったんだ』
『―――はあ』
尾形は思わず間抜な声で返す。この時期の副長職と隊士の程度が分る言葉の一つである。
尾形が謹慎処分を受けている間、彼の隊の隊士は実質島田が面倒を看てくれていたのだが、その間に大きな隊士間移動があったらしい。
『崎の後任が武田観柳になるもんでな、順当にいけば崎の隊士を武田が引き継ぐ形になるんだが、崎の隊士と武田が徹底的に合わんで』
『・・・合いませんでしょうね』
山崎隊はまず組長だった山崎と武田が競争心剥き出しだった。山崎は部下の為に時間を設けぬ分平隊士にとっては厳しい面もあったが平隊士等は其形に成長しており自分達でも其を実感できるのか山崎を慕っている。皆其形の人材にはなっている為、武田の下で機嫌を取り乍ら引き立て役に甘んずるのは嫌なのだろう。
『其で、沖田の組に飛び火だ。沖田の組には五人衆の二人が居るだろう』
『・・・・・・山野と馬越さん』
『沖田の組は沖田の組で腕利き集団だからなぁ、武田の眼の付け所もまぁ、良いというのか、胆が据わっとるというのか・・・』
『其で』
尾形はその先の答えが欲しい。
『沖田の組と元・崎の組をごちゃ混ぜにして再度振り分ける事になったんだ。序でにお前の組も併せてな』
『・・・・・・悪い予感はしていたが、何ゆえ私の組がそこにて涌いて現れる』
・・・尾形が晒した素顔を他人を呪い殺す様な気色に染めて言った。・・・島田は苦笑し、御手上げといった様に両手を上げる。
『・・・予感の通りだ、尾形。山野がお前の組も入れろと駄々を捏ねた。半分の確率なんて一か八か過ぎるとな。だが山野だけじゃなく、美男五人衆の別の一人―――・・・ほら、ちょっと影が薄くてよくパシられとる・・・馬詰か、アイツも頑張って、山野に合わせて声を上げとったぞ。其どころか、お前の組の配属にして欲しいと名指し迄して、山野を驚かせとった。俺も驚いたけどな』
『ああ―――・・・』
そういえば馬詰も元山崎の組の隊士であり、佐々木の遺体が見つかった日辺りから武田と行動を共にする姿をよく見る様になっていた。惚れられた上に山崎から其の侭所属が武田に引き継がれていたとあっては、苦労が多かったであろう。
『武田のあの時の顔といったら。背後に気をつけろよ、お前・・・武田の奴は本っ当に馬詰を手放そうとせんだったが、馬越の三公が武田隊に移ると言ってくれてな、其で漸く丸く収まった』
『武田さんの本命は馬越さんですからね・・・・・・』
この馬越 三郎、馬詰は散々耐えてきたからと彼を庇ったが故に新選組と名を変えたのち脱隊を余儀無くされる。武田の情熱は想像以上に熱かった。
『武田が崎を意識するのは単に崎が出世頭だからだと分るが、お前を意識するのは何かよく分らんがドロドロとしたものを感じるな』
『そんな事よりも、私の元の隊士達は夫々(それぞれ)どこへ散ったのです』
尾形は不機嫌さを一層濃くした形相をしてふわふわとした島田のお喋りを着地させる。尾形の組の隊士は其こそ馬詰の様に自信が無く成長速度がゆっくりな者達ばかりだ。
結局、尾形の組の隊士は馬詰や山崎隊の隊士の様に声を上げる事は無く、只言われるが侭に大半の隊士が夫々の組に引き取られていったのだと謂う。
『お前の隊士、案外あっさりしとるんだな。まぁ、あれで沖田や武田の指導についていけるかは怪しいが・・・』
『崎さんの例が在りますゆえ沖田さん達の遣り方で伸びる隊士もおはすろう』
島田が山崎を崎崎言うので、尾形も釣られて崎呼びになっている。
『お前の組は、佐伯に楠、そして沖田や崎の処の平隊士か・・・遣り難い構成になったな』
特に崎の処の平隊士。と、島田は断言した。島田は何処迄も山崎を意識している。
―――山崎は必ず、真実に辿り着く。
『心配に及ばず―――・・・島田さん』
―――・・・尾形は薄く微笑った。島田は未だ尾形の監視役を仰せつかっている。
根付については山崎に先を譲る事になるが。
『山野に其方の汁粉を差し入れてあげては如何ですか』
『そうだな!良い考えだ!アイツを慰めてやろう!』
尾形が嘗て山野という種を滅しかけた島田の手製汁粉を差し向ける。流石の彼も今回の飛び火は相当肚に据え兼ねていた様だ。
次回、山野死す!