十一.1863年、回想~越後 三郎~
『上物を持っておると聞いておってな。土方―――』
島田があぐり捜索に出たのは、山南および屯所に戻って来た許の近藤の命に依るものだった。土方の情況は其どころではなく
『併し、近藤(局長)をさし措いて貴様(副長)が持つとは、試衛館派の頭は只の御飾りの様だ』
『・・・ハッ』
・・・・・・土方は引きつった頬で嗤った。
『・・・・・・呉れて遣りますよ。俺にはそう価値あるモノには見えなかったんで。試衛館派の局長にゃあ、もっと立派なモノが似合う』
芹沢の鉄扇が土方の額に降り懸る。この様な厄介事に、土方を捲き込んだ。更に土方に矛先が向かうよう佐伯を嗾けて仕舞った。
『・・・・・・ッ!』
佐伯があぐりを突き飛ばし、刀を納めてこの場を去る。佐伯に後先の事は視えていない様に感じた。
(心配だが・・・・・・約束通り泳がせとくか)
『済まんな。揃いも揃って不甲斐無い男ばかりで』
島田があぐりの肩を支える。あぐりはいい加減男が怖くなり、島田の腕を振り払って隠れる様に背を向けた。
『あ・・・・・・っ・・・あれは・・・・・・何なの・・・・・・・・・?』
・・・・・・しゃくり上げ、涙が止め処無く溢れてくる。
『あの根付は・・・・・・佐々木さまは、如何して・・・・・・』
確かに根付の事は不思議だ。特に何が入っていた訳でなし、あんな変哲の無い雑貨で争う者達の気が知れない。だが、其よりも島田には聞き捨てならない事があった。
『佐々木!?尾形ではなくてか?』
『!お、おがた・・・・・・?』
『アイツから佐伯の根付を渡されたのが俺だ。島田 魁という、其で、佐々木が如何したのか教えてくれないか!?隊士の中にも、今回の件に捲き込まれて芹沢派に襲われた者が居るんだ。やっぱりアイツの言う事を鵜呑みにするんじゃなかったな・・・!』
・・・・・・ あぐりは如何したらよいのか判らぬ眼で島田を見る。心を開くか、開かざるべきか、或いは佐々木について知る事を優先するか、せざるべきか、葛藤した。
『佐伯 又三郎。長州は吉川家・岩国の出身。齢は23―――・・・本姓は広中、下の名は寛治。150石の武士の子にありますれば、藩内の反乱分子たる賊に襲われ、御家族を失った』
佐伯の姿を細い目で追い乍ら、淡々と越後 三郎は喋った。瞳の色は薄いのに、髪は蔭でも浮く程に黒々として、長い。
そして、驚く程、長身。
『自身はからがら生き延び、ただ只管に逃げ、追い剥ぎにも遭い、何処迄来たのか判別のつかぬ侭行き倒れた。其処で彼を拾ったのが芹沢 鴨にして、其の侭彼の側近として働く事となる。浪士組にも遅れて入隊、名を変えそうして京へと上り、助勤として再び芹沢 鴨の側に仕えて暫く、根付が彼の元へ届いた』
越後の独り語りは未だ続く。軈て島田が視界に現れ、そして佐伯が視界から消えた。彼は国事探偵方。故に何もしない、が。
『其は彼の御父上が身に着けておられた根付にして、中に書簡が入っていた。書簡に書かれていた事柄は、同日自身と共に賊に襲われた“九次”と云います名の弟が実は生き残っていたと云います報せ、加えて元玉造組の芹沢 鴨の寝首を掻くべく、間者を担って戴きたいとの願い。断わって戴いても構わない。弟君の運命を決めるのは、長州毛利本家の手に在ると但書が為されていた。
・・・・・・幼少期より現在の情況にかけ、貴方にとって、他人事とは思い難いのではと想像します』
・・・音も無く下駄が地面を踏みしめる。越後の隣に並んだのは、左右で一本ずつ腰に差した変った帯刀をした者であった。
微風が吹き前髪が揺れてうつろな瞳が容を見せる。
『膽次殿』
越後が近づいた先に居たのは尾形だった。尾形は流し眼で越後を見上げると
『・・・・・・私は左様な名では御座らぬ』
と、訂正を求めた。
『・・・そう仰る割に、顔色が悪う感じます』
越後は貌の造りと同じ様に薄く微笑む。
『探偵方の諜報力を侮る勿れ―――・・・ですよ。佐伯 又三郎の半生は、其の侭貴方にも当て嵌める事が出来る筈』
『他人の過去を覗き見とは中々の趣味をお持ちの如くある。そして、長州どのも相当にあくどい商法をお持ちですな』
『誤解無き様に訂正致しますれば、萩本国も一枚岩の内政とはいかない様で。京都留守居役の桂殿は佐伯の事を心配して御出ででしたよ。暴走した藩士に拠る許可の無い恐喝でありましょう。貴方の事も知って御出でで、肥後者の貴方を他人とは思えないと仰せでした』
『面識の無い相手に心配される謂れは無いが。そうですね・・・佐伯さんと私では、大まかなところで異なる点が二つ』
尾形は島田とあぐりより視線を逸らし、背を向けて歩き始める。すれ違いざま、越後に対して斯う呟いた。
『・・・先ず一つ。私には、生き残りの家族など在らぬ事。そしてもう一つは、私は己が意思で此処へ来て、貴方と話をしている事です』
あ、更にもう一つありました。と、尾形は続ける。
『佐々木さんの死の真相は、私も気になっている』
・・・・・・。越後は口元に手を遣った。この男は屹度煙草を吸う者なのだろう。口元が如何にも侘しい様だ。
『―――代りの隊士(美男)を御求めですか』
『佐々木さんの代りとなる様な隊士ははや現れぬ』
『左様で御座いますか』
越後は不敵な笑みを浮べて切り返してきた。尾形は思わず、越後を見る。
『監察方が近藤・土方等試衛館派の管轄する諜報機関に御座いますれば、探偵方は水戸派の管轄する諜報機関。編制替えもありましょうし、私が配置転換を具申する事は造作も御座いません』
『・・・・・・』
尾形には初耳の事であった。壬生浪士の体制に、その様な縦割があったとは。
『仲間に見張られて・・・佐伯さんも不憫なものですな』
『同類相憐れむ・・・ですね。隊士は追って御送りします。では、長居しても詰りませんしこの辺で・・・・・・そういえば、永倉 新八に私の姿を見られた様で御座いますね』
『気づかなんだが』
尾形がそう答えた時には、越後の姿は既に消えている。尾形はつい、越後が今の今迄居た処を再度見た。
―――怪態な男だ。
(“越後 三郎”―――・・・)
尾形は今更乍ら、足並の揃わない5月期同期の名前を反芻する。
『・・・・・・越後国出身で越後 三郎とは、変名が実に雑に如る』
斯くして、次の編制にて尾形は新たな隊士を得る。其は宛ら宅配便の如く事務的で、本の僅かな時間での顔合わせであった。
そして、喜劇とも見紛う様な束の間の平穏が訪れる。