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拾.1863年、回想~永倉 新八~

不思議な顔触れだ。

土方、沖田、そして原田。並べると余りに珍しい面子となる為、三馬鹿の二人(永倉・藤堂)も甘味処へ誘った。


一方で、並べられた副長土方は一緒に行く事を断固拒否し

『女じゃあるまいし、誰が甘い物を(しか)もゾロゾロ連れ立って食いに行くか。其に、俺はお前達と立場が違う』

と、助勤達に背中を向けた。山南が、そんな固い事を言わなくても、と(なだ)めるが


『いいか山南さん、今が一番大事な時なんだ。区別はしなくちゃならねえ』


と、譲らなかった。

つー事で、尾形・山野が共に(そぞ)ろ歩いているのは沖田+三馬鹿という代り映えのしない面子となった。だが、その“代り映えのしない面子”と外出したのはこの刻が初めてかも知れない。だから彼等にとっては“不思議な顔触れ”なのだ。


『八十公は、体調(からだ)の方はもう大丈夫なのか?』

永倉が目まぐるしく変る状況に晒される安定しない山野の体調を心配する。山野は頬を引きつらせ乍ら

『・・・・・・沖田先生に誘われたら、気分の悪さも吹っ飛ぶってもんですよ』

・・・・・・永倉と眼を合わせず答える。取り敢えず肯定的(ポジティブ)な回答ではない事を永倉は察した。苦笑する。・・・・・・総司、そんなに恐い男か?


沖田と藤堂が大人げ無くはしゃいでぐんぐん先を行く。


尾形が一人、何処か明後日の方向を視ている。其に気づいたのは永倉だけだった。

尾形の視線の先を辿ってみると、建物と建物の間にすぐにスッと隠れたが、越後 三郎という名の塩顔の、如何にも薄味の風貌の隊士が居る。越後も叉尾形・島田・山野・山崎等文久3年5月期生の同期だ。国事探偵方の所属である。

諸士取調役兼監察方が壬生浪士内部の監査部隊と謂うのであれば、国事探偵方は壬生浪士外部―――・・・対長州の情報収集部隊と謂える。彼等は殆ど屯所に姿を現さない。


(・・・・・・寄ってきたな)


・・・。そう意味深に考える永倉を、山野は冷めた表情(かお)で斜めから見下ろしている。

文久3年5月に入隊した期生は、バラバラの個性故に闇鍋の様に色の混ざり合った渾沌(こんとん)とした独特さがある。

(うーーん・・・)

永倉は悩む。

(近藤さんも何で、こんな如何にも長州派に片足突っ込んでる様な人を気に入るかな・・・・・・左之は馬鹿だから解るが・・・)

永倉は近藤・土方・山南から尾形の入隊について特に何も聞かされた事は無い。が、永倉から見ても尾形は充分怪しかった。ともすれば、斎藤 一の入隊経緯並みに怪しい。

()してや越後に関しては、隊内でも長州の間者と(ほぼ)確定的な視方をしている。尾形を切り離すか切り離さないか、上層部でも迷走しているのが今この状況からも窺えた。

『行こうぜ、おがっち』

―――(また)しても意識がそちら側へ向かう尾形を、今度は原田が引き留める。

余りに大きな声だったので、先をどんどん()っていた沖田と藤堂も足を止めて振り向いた。

『―――ええ』

尾形は(やや)意表を()かれた表情でそうとのみ答える。



―――越後は新潟糸魚川(いといがわ)の出で、北陸東北特有の雪の様な肌と弥生系の横に細長い眼を持つ者。元治元年6月の池田屋事変では列席しており、翌7月の禁門の変にも参戦したと云う。



結論から述べると、この甘味処組が共に店にて甘味を食する事は無かった。というのも直後、勤務中の斎藤 一の隊と出会う。其処で


『沖田さん、おぬしの任務(しごと)の事で訊きたい事があるのだ』


と、斎藤は言った。沖田隊が休みを摂る際の任務の代打は、斎藤隊が担うらしい。


『護衛対象の娘さんだが、沖田隊(おぬしら)と共に行ったという遣い先には居ない様だぞ。斎藤隊(われら)が迎えに行き、共に実家まで戻る手筈となっておったが。実家の方も訪ねてみたが、帰ってきておる訳ではないらしい』

『えええ。嫌な予感がするなあ。其って、私と斎藤さんの組が交替中の時に何かが起ったかも知れないって事ですよね』

『おおおい。“娘さん”って一体何の事だっ?』

原田が突如割って入って訊いてきたため、沖田は跳び上がって慌てた。

『あああ。斎藤さん、この件はくれぐれも内密に。。。』

『む。そうか』

尾形と山野が顔を見合わせる。彼等の様子から永倉は叉何らかを察した。藤堂は原田と同じく途惑う(ばかり)である。

沖田は対象が菓子とは思えぬ程未練のある表情をすると

『・・・人の命には代えられませんよね・・・っ。山野さん、戦えますか。戦えない様なら私の組の隊士を呼んできてください。上司としては、そろそろあなたに役に立って欲しいですよね』

『う゛』

山野が思わぬ攻撃を受ける。尾形さんも山野さんと一緒に屯所に戻ってください。と(やや)冷たい声で沖田は続けた。更に、藤堂にはじゃら...と小銭の入った袋を差し出し

『お遣いを頼んでいいですか?いつものあれをお願いします。終ったら、一緒に食べましょうね』

と、藤堂には優しい笑顔で言う。三馬鹿の他の二人にも申し訳無さそうな顔をして


『次回またあの二人を連れて行きましょう。機会があれば!』


・・・若干あの二人に余所余所しいなと沖田の背を見て三人は思う。


・・・・・・一方、斎藤の視線はいつも遠く、何処を視ているのか判らない刻さえある。

無表情の仮面越しの瞳は今日も、チラチラと動く事無く一点のみを見つめている。監察や探偵に向く者というのは()ういう者の事を()う、と文久3年5月の期の彼等は皆実感を伴って知っている。


『・・・あれ?二人がもういない』

藤堂の気づきに、・・・げ、と永倉が一人顔を蒼くした。




・・・・・・越後 三郎は、前述した薄い貌で俯瞰している。彼は国事探偵方である。故に自ら手出しをしたりはしない。


視線の先には―――・・・喚いている男が在る。その男も叉、我々の知る男である。佐伯 又三郎。不幸な男だった。



佐伯は今、我を失っている。



『・・・っ』

捲れ上がる裾。通常であれば手を添えられる女物の着物の袂。が、二の腕の付近で遊んでいる。寸胴に見せる着物から、枝の如く細い四肢が付け根から食み出、所々に鱗の紋様が見える。

併し、佐伯には其に惑わされている余裕が無かった。

『―――・・・あ,な・・・・・・して』


女は己のくびに両手を()っている。女の細いくびには、血管の浮き出た二本の腕が絡みついていた。宛ら演目「蛇女」の如く。



『はぁっ・・・(ようや)く捕まえたぞ“あぐり”―――!!』



佐伯があぐりの首を絞める。



『お前は根付を持っている筈だ。煙草が入る長さで、鞘を模している!大人しく渡せ、さすらば命は取らずにいよう・・・・・・』



あぐりは内心はっとしたに違い無い。佐々木の上司の言った通りになった。

佐伯はそうと脅しつつも、あぐりに吐かせるに至る力をずっと出せずにいる。あぐりは芹沢の気に入りの娘ゆえ、死なれても困るのだ。だが、根付を此の侭取り返せないのも不味い。その実あぐりが生き死にどちらに転んでも、佐伯を待っているのは地獄だった。

どちらの地獄も、或いは死ぬ程耐え難い。死ぬ為に佐伯は今この瞬間(とき)を生きている。

だが、その(いず)れをも逃れる可能性が今この瞬間にだけ存在する。

(吐いてくれ!沖田達が来る前に―――!!)

沖田或いは斎藤が、若しくは両方が、異変を察知し駆けつけて来る事など想像できている。その前にあぐりに吐かせ、沖田や斎藤では力不足のところまで持っていく事が出来たなら、根付を抱えて長州に逃げ帰るなりあぐりを芹沢の(もと)に連れ帰るなりの対策が取れる。今の、根付の行方が全く判らない状態では如何とも動けない。

『・・・・・・ぁ・・・・・・・・・!』

あぐりの眼が逆さを向く。背中を反らせ、捩らせた身体は徐々に硬直した。佐伯は無意識に首を攫む手に入れていた力を抜いた。

『・・・・・・!ごほっ、ごほっ、ごほ・・・・・・!』

あぐりが息を吹き返す。先程からその繰り返し。生死を弄んでいる様で、佐伯としても寝覚めが悪くなりそうだった。

『早く答えろ・・・・・・!さっさと楽になりたいだろう・・・・・・!?』

『あっ・・・・あたしは・・・・・・知、ら・・・・・・・・・!』

あぐりが(むせ)び泣く。―――知らないだと・・・・・・!? 佐伯はふと我に返り愕然とする。


佐伯の切実な希望も空しく、隊士に拠る妨害が入るのは早かった。




『やめんかああああああ!!』




佐伯が肩を跳ね上げて、あぐりの首から手を離し己の刀に手を掛けた。声の方向を、怯えの混じった鋭い眼で見つめる。

佐伯があぐりを引き起し、抜いた刀を首に突きつける。来るなアッ!!半狂乱になって叫ぶが、近づく影が巨大である事に、芹沢と見紛いカタカタカタ・・・と刀が震えた。


『・・・・・・もう、やめんか、佐伯』


―――静かな声でその影は言った。佐伯の声に素直に従い、一定の距離を保ってその影は歩を已める。顔貌を態々(わざわざ)見せに来たその影は巨体は巨体でも芹沢ではなかった。



『―――! 島田 魁・・・・・・何故、此処が・・・・・・』



『監察を舐めるんじゃないぞ』



島田は息を切らしていた。・・・佐伯は些か落ち着きを取り戻し


『・・・・・・その様子だと、沖田や斎藤にはもう知れている様だな』


と、刀を握る手に力を籠めた。やめろ!!と島田が珍しく吼える。


『・・・佐伯よ、解った、今回の件は内密にしとく。だからそのお嬢さんを放して遣れ。お嬢さん、今回の事はこちらが責任をもって償おう。だから、赦して遣ってはくれんか』

あぐりの頸に刃が微かに触れた。あぐりは何処か渋っている。自ら刃に首を差し出す様にして

『・・・ぃ、嫌よ、嫌・・・・・・』

(うら)みを籠めた眼で佐伯を横に睨む。あぐりは何故か申し出を拒絶し

『だってこの人は・・・・・・!』

くびにうっすらと一本の血の筋が浮び上がる。


『根付は!!』


と、島田が咄嗟に声を荒げて叫んだ。佐伯もあぐりも思わず反応する。最後の切札。島田の額から頬骨にかけて、一筋の汗が伝った。



『根付は俺が土方副長にお渡しした!!』



―――あぐりの中で根付の行方の経緯が繋がる。一方、佐伯の中でも何かが繋がり、刀の刃先を地面に着けて、顔を真っ蒼にした。



『・・・・・・その後は知らん。だが、屯所でも一時揉め事があった様でな。根付絡みの事かも知れんぞ』



内心島田は土方に謝った。


島田が此処に駆けつける前、屯所では土方と芹沢が対峙し、平山 五郎・平間 重助・野口 健司といった屈強な水戸派の幹部達が取り囲んでいたのだ。

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