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壱.1867年、皐月

「あんの副長でしょ!迷惑な話ですよね!!」

「・・・・・・は」

佐倉に突然の同情を受けて、文久3年5月の入隊の組である副長助勤・尾形 俊太郎は柄にもない声を上げた。



(とき)は慶応年3年5月。あの刻から丁度5年が経った宵。癸亥(みずのと・い)、しとど降る雨の季節。



「・・・・・・崎さん・・・?」

尾形は突然茶を持って部屋に入って来た佐倉を見た後、前髪で隠れていても感じる位のおどろおどろしい眼つきで同期であり同僚の山崎 烝を睨んだ。

二人は諸士取調役兼監察方を降り、副長助勤に同時に復帰した。

「尾形はん、佐倉はんが入って来るまで気配に気づかんかったで。この子もなかなかの素質がありますやろ」

山崎は気にする事無く笑って、佐倉の置いた茶を飲んだ。山崎は佐倉に甘い。このところ、拍車を掛けて甘い。

否、甘いと謂うよりは。


「あんたも随分長い間監察方をやっとったんや。この子の過去(コト)も織り込み済やろ?」


尾形は大きく揺れた前髪から驚きの眼を覗かせた。が、途端に厄介事を背負った様な顔つきになる。


「・・・・・・私は長州派に属した事は一度足りとて無いのだが?」

「副長に執拗(しつこ)く訊かれる点では似た様なもんや。(それ)にほら、佐倉はんは山野はんのあしらい方も聞いとった方がええんちゃう?」

「山野の?」

尾形の片眉が吊り上げられたのが判った。前髪の奥はいつに無く表情が豊かだ。

「・・・・・・山野のあしらい方なぞ知りませぬよ。崎さん、貴方が教えてあげれば如何(いかが)か?貴方はいつも山野が散々な刻に居ないでしょう」

山野の名前が口から出た瞬間、尾形の表情が世界中の不幸を一身に背負ったかの様に沈む。何で凸凹三人組と呼ばれる程に一緒に居るのだろうと佐倉は疑問に思い始めた。


山野 八十八―――・・・文久3年5月入隊の組であり、池田屋事変の頃には絶えて仕舞った美男五人衆唯一の生き残り。


当時、壬生浪士組一の剣豪の名を(ほしいまま)にし、沖田や永倉でさえも一勝するのに苦戦した芹沢の部下・平山 五郎を相手に数勝した奇跡の男。

同時に、新選組稀代のトラブル‐メーカーでもある。


「あの男はあしらわなくとも、無視していても隊務に何ら支障はありませぬ。(むし)ろ、構うと疫病神の如くずっとついて回る」

尾形は怪談の語り部の如き険相で佐倉に伝える。そういえば、入隊してすぐ例の如く倒れた山野を尾形が拾ったと聞いた事があるか。

・・・・・・。尾形は暫く黙った後、佐倉の置いた茶に手を伸ばし、一口飲んだ。

「・・・・・・なれど、山野になりたかった隊士は知っておりますがね」

「山野さんになりたかった?」

佐倉と山崎が訊き返す。佐倉は心の(うち)に隠して思うだけであったが、山崎は明瞭(はっきり)

「山野はんになりたかったなんて、余程の物好きやな」

と、言った。

「・・・ま、大凡(おおよそ)見当はつくけどな」

「?」

佐倉は疑問符の侭である。

「当然でありましょう。貴方とて限り無く当事者なのですから」

尾形は溜息を吐いて言った。表情はいつの間にか前髪の陰に隠れている。

「で―――」

と、尾形は続けた。


過去(ひみつ)を共有して、講座の始りですか。長州のあしらい方の」


機嫌の悪そうな声に、佐倉は思わず背筋を丸くした。首を竦め、緊張の面持ちで尾形を見る。()う見えて伊東 甲子太郎・武田と並ぶ頭脳派で通っている。尾形の方とて、大凡の見当がついていた。

「ご名答♪」

山崎は佐倉の肩に手を乗せて、悪戯っぽい笑顔を浮べた。

「この子にな、まだ未練の有る倒幕派(ヤツ)がおるんさかい。坂本とか坂本とか坂本とか・・・後輩にあしらい方を伝授して欲しいねん」

「後輩―――ね」

尾形は疑わしげな声で言う。仕方無く応じて、居住いを正すと



「崎さんは楠 小十郎さんを憶えておられるか」



と、言った―――




清き水が汚染され易い様に、叉、佳人薄命と謂う様に、美しきものには悲劇が付き物である




『やいッ!』

山野が振るった剣の色香を残して、平山 五郎の胴を薙ぐ。平山は剣の残り香に惑わされ、在らぬ方向に竹刀を振るった。


ぴとっ


『―――胴!一本!之にて仕合終了。4対6で、山野さんの勝利です』

山野が勝利する。勝者に対する歓声が沸き上がる。山野は跳び上がって歓び、竹刀と防具をさっさと(ほう)って島田 魁を始めとした同期の者達に囲まれていた。


―――文久3年5月入隊の同期達。


御倉 伊勢武、荒木田 左馬之助、松井 龍三郎、越後 三郎、松永 主計。

二度新選組を脱退した阿部 十郎も何気に同期である。


他には。


馬越 三郎。笑う時も怒る時も若い女の様な感情系美少年。笑うと両頬に出来る(えくぼ)が特徴。沖田 総司隊所属で同隊の山野と最も仲が良い。後に山崎の後釜となった武田観柳斎の隊に転属。池田屋事変前に離隊。

楠 小十郎。未だ前髪を落さぬ小姓系美少年。伏眼になると女よりも色気が凄まじい。国事探偵方。八月十八日の政変後に死亡。

馬詰 柳太郎。女の様に気が弱く、其でいて女好きのヘタレ系美少年。男子ではなく女子の人気が非常に高い。山崎が諸士取調役兼監察へ異動後、尾形の隊に転属。池田屋事変当日に脱走。


彼等3人に山野と文久3年4月に入隊した先輩・佐々木 愛次郎を加えて美男五人衆と呼ぶ。




「佐々木はん“も”尾形はんの隊やったなぁ」

「“が”だ崎さん。元々私の担当は佐々木さん一人であった筈」

尾形が恨めしげな声で山崎に反論する。おお珍しいと佐倉は思った。二人の過去の関係を意外に思う。

「コイツは美人探知器やねん。山野はんは勿論、楠はんも馬詰はんも、皆尾形はんの処に行きはった」

「其等は貴方の回しものであろう。そういった類のものははや懲り懲りゆえ。今後金輪際御免(こうむ)る」

そう言うと、尾形は佐倉の方を向いた。

「―――ああいう類は厄介事ばかりを引き込んで来る」

ああいう類とは、と佐倉は考えた。尾形は自身に対してその言葉を放っている様に聞える。


「あ、逆なんですよ」


と、佐倉は突然思いついた様に言った。


「沖田先生の隊にずっと居られる山野さん以外、皆何らかの形で脱退されているんですよね?副長あの性格なので、厄介な方々こそ尾形先生の処に纏めたのではないでしょうか。尾形先生も疑われていた訳ですし、何かあれば、纏めて潰せる様に」

佐倉の突然の思いつきに、尾形は極めて愚鈍な反応を示した。何せ、表情が見えない。

「其は・・・今となってはそう思えようが」

だが声は驚いていた。尾形の佐倉に対する態度はすぐにけんもほろろになる。(しか)(なが)

「―――話の早い事は助かるが、話すべき時宜(タイミング)を誤れば貴方自身の首を絞める事になる。時には解らぬ振りをする事も重要だ」

と、(やや)忠告めいた事を言った。若くして文学師範になったからならではの背伸びであろう。

「崎さん・・・・・・」

と、今度は非難する様な声を山崎に宛てる。

「使える子やろ」

「はらはらする」

佐倉は、尾形と自身の接点が少ない理由が分った気がした。避けられているのだ。

この時点で、美人は厄介事を連れてくるという尾形の偏見を他ならぬ自分自身が強固なものにして仕舞っている事に佐倉は気づいていない。


同時に。


「佐倉さんの説を採るなれば、昔も今も土方副長は一貫して変った御趣味をお持ちという事ですな」

佐倉は鬼畜副長土方に会話の内容を報告する使命を帯びている。佐倉の分析を逆手に取って繰り出してきた本音に、ど、どう報告しよう・・・とたじろいだ。報告の仕様に依っては佐倉に鬼副長の雷が落ちる。

「・・・まぁ、他の美男五人衆が山野はんに(あこが)れとったのは本当(ほんま)の事やで」

「えッ。山野さんに憧れる程の何かありました??」

反応の一つ一つに忙しく、えげつない返し方をする佐倉。山崎は控えめに笑い乍ら

「―――壬生浪時代は、今より隊士の程度がもっと低かったんや」

と、答えた。



壬生浪時代は本当に弱肉強食だった。強きものが頂点に立ち、弱きものは強きものに従う。



「何せ当時の筆頭局長は近藤先生やのうて水戸派芹沢 鴨、その上文久3年5オレらの一期後に入隊した某武田はんの御蔭で衆道が大流行(おおはやり)や。勝った(もん)は何をやっても許される。負けた者はパシリか、念弟やな、美人なら」

念・・・!?と佐倉は頬を引きつらせた。念弟とは、衆道の相手の事である。

「美男五人衆にとって負ける事は操の危機でもあるねん。な、聞くだけでもおもろい話やろ?」

山崎が堪え切れずに口の端から笑みを漏らし乍ら言った。尾形が隣でほぅ、と溜息を吐く。

「・・・なれど、八十は勝った」

尾形はその言葉のみ引き継いだ。その後は再び山崎が続ける。

「せえやんな。だから、憬れとった(ハズ)やで。美男五人衆でもあの芹沢一派に敵う事を証明した訳や。只見目がいいだけやのうて強い事も判ったから、隊士の見る眼も変ったしな」


「芹沢・・・」


佐倉は山野の武勇伝より、露骨に其方(そちら)の名前に引き摺られている。

視線は合わないが、尾形が佐倉の方をじっと見つめている。

山崎は無視している。



「せや。だから、芹沢一派が居る内は、誰も山野はんに容易に手は出せんかった。某武田を除いてはな。

でもな・・・逆も()るんや。詰り、見目も実力も落ち零れた最下層の人間がな」



佐倉は尾形の方を見る。尾形が露骨に身を反したからだ。尾形の放つ険呑な空気と共に、佐倉は言葉を呑み込んだ。

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