1-1 《見つけ屋》の少女たち
営業開始直前の店内に少女たちの明るい声が響いている。
仕事の話。
昨日あった面白い出来事。
他愛もない雑談。
どこの職場にも飛び交っているありふれた話題を、少女たちは実に楽しそうに喋っていた。時折聞こえてくる笑い声には聞いている人の気持ちを明るくする音色がある。
この店で働いているのは全員十代の少女である。下は十二歳から上は十八歳まで。一番多いのはミドルティーンだ。女の子しかいないのにはもちろんそれなりの理由があった。
「みんな、そろそろオープンの時間よ。今日も元気に頑張りましょう」
最年長、十八歳の少女がみんなに声を掛けると店内の空気がきゅっと引き締まった。くすみのない長い金髪を頭の後ろでまとめた、落ち着いた顔立ちの美人だ。彼女の名前はリシテア・ミュデット。このお店の店長である。
「あ、わたし、立て看板出してきますね」
エララ・クークはそう言って足取りも軽やかに玄関へ向かった。
十五歳、なめらかな雪肌とピンク色の瞳をした愛らしい顔立ちの少女だった。豊かに波打つロングヘアは綺麗な亜麻色。前髪を分けておでこを出しているのは、おでこの形にちょっぴり自信があるからだ。
エララは玄関の中に置いてある立て看板を持ち上げる。
立て看板には、
【ミュデットの見つけ屋 10:00~17:00】
と書かれていた。
その店名が示す通り、ここは失せもの捜し専門店であった。
あなたが失くした大切なもの 必ず見つけます
このお店はそんなキャッチフレーズを掲げて日々営業していた。
お客さんはそんなに多くはないけれど、評判は上々。市内だけじゃなくて、評判を聞きつけた人々が全国各地からやって来る。この国の大多数を占めるアウェ教の敬虔な信者の中には、うちの店を異端者の巣窟と非難する人もいるけれど、そんなのはいちいち気にしていられない。
立て看板を小脇に抱えドアを押し開けようとしたそのとき、外側から勢いよくドアが引っ張られた。
「――わ!」
勢い余ってつんのめり、とっとっと……、と玄関先に転がり出たとき、ずごん! とおでこに衝撃を受けた。
「痛っ――!」
あまりの痛みにおでこを押さえてその場にうずくまる。これ、絶対たんこぶになったよ……。
目に涙を滲ませながら顔を上げると、すぐ目の前に、エララと同じくおでこを押さえてうずくまる女の子がいた。
エララと同い年だろうか。髪は癖のない黒のロングヘアで瞳は宝石みたいな紫色。「綺麗」と「凛々しい」のいいとこ取りをしたような美人さんだ。ほっそりとしていて手足が長く背も高い。その華奢な骨格やストレートの黒髪は東方系の人種に見られる特徴だ。服装はよれよれのパーカーとくたくたのジーンズ、それに黒い手袋。
どうやら、その子と同時にドアを開けたせいで、ドアに引っ張られてその子にぶつかってしまったらしい。
「わっ、ごめんね。まさかすぐ外に人がいると思わなかったよお。大丈夫? 痛くない?」
エララは立ち上がりその子へと手を差し出す。少女がその手を取って立ち上がった。
「平気、気にしないで。急にドアを開けたあたしも悪いんだから。…………痛っ」
「あ、今、痛いって言った。うん、やっぱり痛いよね。おでことおでこがぶつかったんだから」
「い、痛くないって言ってるでしょ。――っっ!」
「……ほら、痛いんだ」
「平気だってば!」
少女はむきになってエララを睨んでくる。でも、本当に痛かったらしく目の端にはちょっぴり涙が浮かんでいた。
「ごめんね、今、何か冷やすものを持ってくるから中で待ってて」
「や、別にいいって――」
「いいから、ほら」
強引に少女の手を引いて店内に入ると、事務所にいたリシテアが心配そうな顔で受付カウンターに出てきた。
「ねえ、ララ、今大きな音がしたけど何かあったのかしら?」
「あ、うっかりお客様にぶつかっちゃって……」
「あら、大変。お客様、お怪我はありませんか?」
「……別にこのくらい平気だし」
少女は赤くなったおでこを隠しながら素っ気なく言う。
少女にカウンター前で待ってもらって、その奥の事務所に入った。給湯室でハンカチを軽く濡らしてから、自分のデスクに置いてあるレザーケースを手にカウンターに戻る。
「はい、これ、どうぞ」
少女へハンカチを差し出す。
「だから、痛くないってば」
「いいからいいから」
意地を張る少女に半ば押し付けるようにハンカチを渡すと、少女は少し迷ってから、
「……そんなに言うんだったら、まあ……、折角用意してくれたんだし、使わせてもらう……」
と言って、ハンカチをおでこにぺたりと当てた。その仕草が可愛いらしくて、エララは思わず頬を緩ませた。
「そんなことより、この店、捜しものを見つけてくれるんでしょ? 話を聞いてほしんだけど」
「うん、もちろんだよ。それじゃあ、こちらにどうぞっ」
少女を伴いカウンターの横手の廊下から個室に向かう。他の客や店員に話を聞かれたくないという依頼人も多いので、依頼は個室で聞くのだ。
個室は丸テーブルを挟んで椅子が二脚置かれ、壁際にハンガーと荷物入れの籠が置いてあるだけの狭い部屋だった。丸テーブルの前に少女を座らせ、エララはその向かいに腰を下ろす。
今から一年前、長きに渡って続いていた隣国との戦争が終わった。勝敗はなく、両国が疲弊の限界を迎え休戦協定が結ばれたのだ。
エララがこのお店で働きはじめたのはそれから三か月くらい経ってからだから、社歴は九カ月になる。見つけ屋としてはまだ全然未熟かもしれないけれど、自分なりに頑張っているし、依頼の成功率だってなかなかのものだ。
(絶対にこの子の力になってあげるんだから!)
エララは心の中でそう自分に言い聞かせた。依頼主が同い年くらいの少女だから、いつもに増して気合が入る。
「あっ、そうそう。自己紹介をしてなかったよね。わたしはエララ・クーク。あなたのお名前は?」
「……シオン」
「よろしくね、シオン。それじゃあ早速お話を聞かせてもらえる?」
「その前に……、お金ってどれくらい掛かるの?」
「料金かあ。うーん、依頼の内容によって変わるから何とも言えないんだけど……、そうだね、簡単なものだったら一万マルくらいかなあ。でも、人捜しみたいに時間と費用が掛かるものだったら、前金十万マルと必要経費と成功報酬を合わせて……、大体五十万マルくらいになることもあるかなあ」
「ご、五十万……!」
シオンはハンカチをテーブルの上に置くと、ポケットからくたくたになった財布を取り出して中身を覗き、そっとテーブルに突っ伏してしまった。
「ど、どうしたの?」
「絶望した……」
「えっ、何に?」
「お金のない自分に……」
「あっ、えっと、今のはあくまで人捜しの場合これくらい掛かることもありますよお、っていう例だから、絶対五十万マル掛かるとは限らないよ。簡単に見つかればもっと安く済むこともあるから、そんなに落ち込まないで」
「――二万三千三百四十一マル」
シオンは顔を上げ縋るようにエララを見た。
「へっ、何が?」
「お金、それしか持ってないの。足りない分は時間が掛かるかもしれないけど絶対に……、絶対に用意して払うから。だからお願い、捜しものを見つけて!」
まだこの仕事を初めて日は浅いが、エララにはその人が本当にこのお店を必要としているか、目を見れば何となく分かるようになっていた。
真顔でも笑顔でも怒っていても――どんな表情をしていても――本当に捜してほしいものがある人の目の奥には必ず、不安に揺れる光が宿っていた。
シオンの目の奥の光は、胸が締め付けられるくらい強くて、だけど、見ていられないくらいに弱々しかった。
何を捜しているのか分からないけれど、間違いなく、シオンは一縷の望みをかけてこの店にやってきのだ。きっとこの子にはもう、この店以外に頼れるものがない。
「そんなに思いつめないで、シオン。料金も依頼内容で全然変わってくるから、もしかしたら十分足りるかもしれないよ。まずは話してみて。ね?」
「分かった。あたしが捜してほしいのはね……」
「うん」
「故郷、なんだけど」
「………………………………………………こ、故郷?」
「このお店、失せもの捜しの専門店なんだよね……? それなら、あたしの故郷も捜してくれるよね。そうだよねっ!」
「えっと、あの……」
思いもよらぬ依頼にエララは困惑する。
故郷を捜すってどういうこと?
捜してほしいってことは、なくしたってこと……だよね?
一応、「故郷をなくす」っていう言葉はある。でもそれは戦争とか災害で故郷を追われて、故郷に戻ることができなくなったときに使う言葉だ。決して故郷そのものがどこかへ消えたり無くなったりするわけじゃない。
だから、ポケットに入れたはずなのにいつの間にか落とちゃった、みたいな感じで捜してほしいと言われても困ってしまう。
「……えっと、一応確認なんだけど、シオンの故郷を捜してほしい……ってことだよね?」
「うん、そう」
「それってもしかして……、自分の故郷がどこか分からないってこと?」
「そうだよ」
「えっと……、気を悪くしたらごめんね。普通、自分の故郷が分からなくなることってあんまりないと思うんだけど……」
「でも、分からなくなったんだ」
シオンはそこで一度言葉を切って、悲しそうに目を伏せた。
そして、消え入りそうな声で続ける。
「だって、あたし、記憶がないから……」