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第1話 特異魔法

 アレクシア王国、魔法科学の研究と「魔鉱石」のエネルギー利用によって発展したこの国を支えるのは、才能ある魔法使いの存在だ。


 彼らの養成所として国が設立したのが、王立セントラル魔法科学研究院。近隣諸国と比較しても最大規模の魔法研究機関であり、同時に教育機関でもある。




 この国に限らず、世界で活躍する多くの魔法使いがここに在籍していた経歴をもつ。しかし、セントラルで優秀な成績を修めた者が必ずしも魔法の道を歩み続けるとは限らない。





 アレクシアの城下町の外れにある小さな大衆酒場。そこにセントラル創立からの歴史をもってして、「不世出」の名を欲しいままにした1人の魔法使いが暮らしている。彼女の名は、ラナンキュラス。






「――ラナさんは空を飛べたりするんですか?」




 酒場は昼食目当てのお客の波が退き、日没までは店を閉める予定となっていた。店内では、店主のラナンキュラスと、共に働くスガワラが後片付けをしているところだ。




「ボクがお空を……、ですか?」




 ラナンキュラスは、左手の人差し指を立てて唇に軽く当てている。考え事をする際の彼女の癖のようだ。食器洗いをしている最中で、洗剤の泡が少し口に付いてしまっていた。




「ええ……、私の故郷では、おとぎ話の中で魔法使いが箒に乗って空を飛んでいる姿で出てくるんです」




 スガワラは、自分の顔を指差して彼女の顔に付いた泡の位置を伝えながら話を続けている。その仕草をする彼の手もまた泡まみれだった。




 ラナンキュラスは近くの布巾で自分の顔の口元を軽く拭った後、その手で彼の顔に付いた泡も拭いてあげるのだった。




「うーん……、鳥さんみたいに()()()かというとできないですね? ()()()じゃなくて、飛ばすならできそうですけど……?」




 彼女は、風を操る魔法の話をしてみせた。ただ、それはあくまで持続的な「飛行」ではなく、「吹っ飛ばす」に近い意味合いだ。




「私は、魔法使いはみんな空を飛べるんだと思っていました。ですが、どこを見上げてもその姿を見かけないので、おかしいな? と思っていたんです」




 スガワラはそう言ってラナンキュラスの顔から手元にある洗いかけの食器に視線を戻した。彼のなかで今の話は一区切りしたようだ。





「――ボクにはできませんが、ひょっとしたら空を飛べる魔法使いもいるかもしれませんよ?」




 ラナンキュラスは、口角を上げて笑みを浮かべながら続きを話し始めた。彼女は食器を洗い終わり、スガワラの左へ周って彼の洗った食器を丁寧に布巾で拭き始めた。




「ボクの使う魔法は、『標準魔法』と呼ばれています。火・水・雷・風・土の精霊の力を借りるもっとも基本的な魔法の種類です」




 ラナンキュラスの魔法使いとしての才覚は、どんな形容を用いようとも表しきれないほどに秀でている。ただし、扱っている魔法の「種類」という意味では「普通」なのだ。




「でも、ボクが扱えないような魔法もこの世にはたくさんあるんです。それらは総称して『特異魔法』と呼ばれています。スガさんの言葉の魔法もそれに当たると思いますよ?」




 ここにいるスガワラは、無意識に他人の話す言葉を自身が理解できる言語……、すなわち日本語に変換する能力をもっている。また、逆に話す言葉を相手に伝わる言語に変換できる力もあるのだ。ラナンキュラスはこれを、極めて特殊な魔法の一種と語った。





「『特異魔法』はまだまだ未開拓の分野なんです。ひょっとしたら空を舞える魔法があってもおかしくないと思うんですよ?」




 ラナンキュラスとスガワラは肘と肘がぶつかりそうな距離で立っている。スガワラはここ数日でようやく彼女との、この距離感に慣れ始めていた。わずかに人肌の温もりを感じるこの距離で、彼ら2人は優しい笑みを浮かべながら少しの間無言で洗いものを続けていた。

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